開拓の町バルザーク
森を出た瞬間、俺の目に飛び込んできたのは突き抜ける様な大自然だった。
自然。自然。自然。どこを見ても自然だらけ。
「れぇぇぇりごぉぉぉおおおーーーーーー!!!」
思わず腹の底から叫んでしまった。
いいよね?
今はいいよね?
アクセルさんにも怒られないよね?
ああ、こんなに開放的で清々しい気持ちになったのは生まれて初めてだ。
一面に青々と広がる草原。
森に沿って何処までも伸びる街道。
地平線の彼方に連なる山々。
ここに白いワンピースの少女が居たら100点だったな。
コンクリートジャングルで汚染された心が洗われるようです。
抜けるような青空を見上げると、太陽はほぼ真上にあった。
まだあんなに日が高かったのか。焦る必要無かったんだね、テヘヘ。
さ、名残惜しいけど心の洗濯はここまでにしておこう。
なんせ俺は文無しなんだ。早く町に行って仲間を探すなり仕事を探すなりしないと、まともにご飯も食べられない。
《鑑定》を使って食べれる野草や茸を探せば最悪飢え死にする事は無いと思うけど、それはまあ最後の手段。
出来れば其処まで追い込まれる前に何とかしたい。
で、肝心の町だけど実は案外近くに在った。
オドロギの森を背にして左側、2、3kmぐらい先に其れっぽいのが見える。
開拓地と聞いて数百人規模の田舎の集落なんかを想像してたんだけど、なかなかどうして立派な町のようだ。
城壁らしき物が見えるし、街道には何台か馬車の姿もある。
思った以上に賑わってるみたいだ。
これは町に行くのが俄然楽しみになってきたよ。
早る気持ちを抑えて、俺は街道を歩く。
途中馬車とすれ違ったけど、馬は普通の馬だった。
ナイトウルフみたいな化物サイズじゃなくてちょっと安心。
やっぱりアレは普通じゃ無かったんだね。
道中、オドロギの森で適当に収穫した不気味な茸たちを『鑑定』してみたけど、見事に毒ばっかりでした。見た目を裏切らんね。
まあ一応捨てずに取っておく。
薬の材料とかになるかもだし、何とかお金になんないかなぁって事で。
そんなこんなで到着。
ここが開拓の町バルザーク、でいいんだよね。
5、6m程の高さの城壁がぐるっと町を囲んでるみたいで、その上を兵士っぽい人が何人か歩いている。
馬車がすれ違える程度の幅の門があり、その両脇には槍を持った門番らしき人が1人ずつ立っていた。
ふーむ、馬車を見た時も思ったけど、やっぱり中世ヨーロッパ的な文明か。
ナイスです!
あまり門前でニヤニヤしてても怪しまれそうだから、とっとと町に入ろう。
「おい、止まれ!」
と思ったら門番さんに止められた。
なんだ、俺は何もしてないぞ? 俺は無実だ!
「あ、はい。何でしょうか!?」
焦って声が上擦っちゃった。
「何って、身分証だ」
ミブンショウ? ナニソレオイシイノ?
って現実逃避してる場合じゃない。
不味いぞ。身分証の提示なんて聞いてない。
「あー、身分証ですね。そうですよね、えーっと………」
どうしよどうしよ。何か上手い言い訳はないか!?
辺境出身の田舎者でってのは………駄目だ、理由になって無い。
「あーあのぉ……アレなんですよ。魔物なんです!」
これだ!
「そう、魔物に襲われたんです! それで荷物を全部失ってしまいまして」
実際魔物には襲われたし、完全な嘘って訳でもない。
嘘を付く時は一摘みの真実を。これ基本。
「魔物? 魔獣の事か?」
あ、魔物じゃなくて魔獣って呼ぶんだね、この世界では。
俺は首を縦にぶんぶん振って肯定する。
「ほぉお……? それにしちゃ怪我ひとつ無い様に見えるし、身形も随分と綺麗じゃないか?」
ぐぅ、そう簡単に誤魔化されちゃくれないか。
「いや本当ですよ! ナイトウルフっていう巨大狼に襲われて死ぬとこだったんですから! 偶々冒険者の方が居合わせてくれて助かったんですけど」
「ナイトウルフ!? お前まさかオドロギの森に入ったのか? どうしてそんな所に……って、本当かその話? ナイトウルフを狩れる冒険者なんてそうそう居らんぞ」
うん、そっか。あの狼そんなにヤバい相手でしたか………。
やっぱりなー。
「だから本当ですって。助けてくれたのはアトラさんとアクセルさんっていう2人の冒険者です」
「アトラ……あー、あの2人組か。なるほどな」
なんか納得してくれた。アトラさんたちって有名人なのかな?
「ふむ………、まあいいだろう。ついて来い」
そう言って連れて行かれたのは門のすぐ脇にあった兵士の詰所みたいな所。
そこで色々質問された。
名前、年齢、職業、出身地、町に来た目的、等々。
一応全部正直に答えた。何度か怪訝な顔もされたけど。
下手に誤魔化すと後で余計な問題が起きかねないと判断した。
門番さんには名前と顔を覚えられてしまったけど、俺は犯罪者じゃないし今後犯罪を犯すつもりも無いから別に構わんだろ。
「言っておくが、件の冒険者には後で確認を取らせて貰うからな」
そう言って一時滞在証という手の平サイズの板を渡された。
身分証を持たない者や特殊な事情の者に対して、一定期間町への滞在を保証する物と説明された。
特殊な事情というのが何なのかは知らないけどね。
ちなみにこの滞在証、滞在期限内に詰所に返しに来なきゃいけないらしい。その際、身分証を提示する事で正式に町への滞在が許可される。
もし身分証を用意出来なければ当然町には居られないし、期限内に返しに来ないと不法滞在者扱いとなる。
俺に許された滞在期間は5日間。
結構短いけど、実は問題無い。
なんでもギルドに登録するとギルド証という物が発行されて、それがそのまま身分証として使えるらしく、手続きをしてすぐその場で貰えるんだとか。
どうせこの後直ぐに冒険者ギルドに行くつもりだから1日あれば十分だろう。
門番さんに一言お礼を言うと詰所から出た。
はぁ~、やっと解放されたよ。娑婆の空気がやけに美味いぜ。
さて、滞在期間に余裕はあっても懐事情に余裕は無い。異世界の町並を堪能したいのは山々だけど、ここは真っ直ぐ冒険者ギルドに向かうとしますか。
門から伸びる大通りに出ると沢山の露店が建ち並び、結構な数の人が行き交っていた。日本で言うと夕方の商店街ぐらい。
誰も彼も中世ヨーロッパ風味の服装に身を包んでいて、非常に心が踊ります。
開拓の町という事で冒険者だらけかと思いきや、意外にも其れっぽい人は少ない。殆どが普通の町民って感じだ。
まあ冒険者だけじゃあ町として機能しないか。
門番さんが言うにはこの町は十字を切る様に2本の大通りが走っていて、冒険者ギルドはそのちょうどクロスした部分、町のど真ん中に位置しているらしい。
という事で10分くらい大通りをてくてく歩いて辿り着いた町の中心、そこは只の十字路ではなく円形の広場になっていた。
ざっと見渡すと、商業ギルドや工業ギルドなどと書かれた建物が確認出来る。
ちなみに文字は読めます。書くことは出来ないけどね。
神様あざす!
そして肝心の冒険者ギルドは………あった!
この広場の中で一際大きい建物。大きな袋を担いだ冒険者っぽい人の出入りも見える。
遂に俺はやって来たんだな。全オタクの聖地へと………。
悪いな同士達、一番乗りはこの俺が頂くぜ。
いざ、突撃ぃぃぃ!!!
なんて事は勿論しないよ?
俺みたいなガキが空気も読まずに浮かれていたら、怖ぁい先輩方に体育館裏へ連れて行かれるのがオチだからね。
いくらテンション上がってるとは言え、自ら敵を作るような迂闊な真似は流石にしませんよ。
ここは存在感を消しながらこっそりと入るのが正解だろう。
俺はなるべく音を立てないようゆっくりと扉を開け中へと入った。
オゥ、イエス………。
まさに俺が求めていた通りの光景がそこに。
一見すると西部劇に出てくる酒場の様な雰囲気。
正面には横長のカウンターがあり、受付らしい人が1人。
向かって左には別のカウンターがあり、ご丁寧に『買い取り』と書かれている。
右側は飲食スペースだろうか。木製の丸テーブルと椅子が沢山置かれていて、何人かの冒険者っぽい人が飲み食いしながら談笑に更ける姿が。差詰め命知らず共の社交場ってとこですか?
あぁいいなー。
俺もこの空間の一員になるんだと思うとワクワクするなー。
ただ残念な事に受付の人はグラマーなお姉さんではなく、厳ついオジサンだった。
ちょっとぉ、そこはきちんとセオリー守って下さいよぉ。
いや実際大事な事なんだよ?
受付は企業の顔。やって来たお客様の第一印象を左右する重要なポジション。故に受付嬢は、能力よりもまず見た目で選ばれる事が多いのだ。
なんてね。昔テレビで言ってただけです。
「すいません。冒険者登録したいんですけど」
「ああぁ?」
うわぁ、態度悪いなこのオッサン。
チェンジだチェンジ。グラマーなお姉さんプリーズ!
「や、冒険者への登録を………」
「……………帰れ。ここはお前みたいなガキの来るとこじゃねぇよ」
いや、帰れってなんだ帰れって。ある程度の新人いびりは覚悟してたけどそれ以前の問題だよ。
「ちょっと待って下さいよ。12歳以上なら誰でも登録出来る筈でしょう。俺は15歳だから問題無い筈です!」
これは門番さん情報。故に正義は我にあり。
「………手ぇ見せろ」
そう言って右手を出してきたので、俺もおっかなびっくり左手を出す。
オッサンは俺の手をガシッと乱暴に掴んだ。
痛たたたっ!
すげぇ力だなこのオッサン。もうちょい優しくして。
「傷も節くれもタコもねぇ、綺麗なもんだ。お前、剣どころか鍬すら握ったことねぇだろ。んなヤツが冒険者んなって何しようってんだ? 自殺したいなら他所でやれ」
まさに取り付く島も無しだな。
だが退かん。ここは退いちゃいかんとこだろ。勇気を奮い立たせろ、俺!
「無茶はしませんから、せめて登録だけでもお願いしますよ。俺、身分証を持ってなくて、登録出来ないと町を追い出されちゃうんですよ!」
「だったら農業ギルドにでも行きゃあいいだろうが。その方が似合いだ」
なんで異世界に来て畑を耕さなきゃならんのだ!
異世界スローライフなんて糞食らえなんだよ!!
「駄目です! 俺は冒険者として生きたいんです! 危険は覚悟の上ですから!」
ここはもう意地だ。
制度上は問題無いんだから、後はこの俺の熱い思いを伝えればきっとこの頑固なオッサンだって納得してくれる筈だ!
「ねぇちょっと、いつまでやってんのそれ?」
俺が一世一代の覚悟でオッサンを説得しようとしている最中、突然背後から声をかけられた。
随分な言い方に俺は自分の覚悟を侮辱された気がして、思わずムッとしながら振り返る。
そこには、なんとも冷たい顔の少女が居た。