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異世界にてぶん回す!  作者: 窟古ロゼ
プロローグ
3/9

ナイトウルフと冒険者

「ッッッ………………!」



 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!


 殺される、マジ殺される!

 

 コイツ今本気で俺を殺そうとした。喰おうとした!


 いやマジかオイ、ふざけんなクソッ!


 転生直後に喰われるとかどんなクソゲーだよ!



 そう、ゲームだ。


 転生だのステータスだのファンタジーな展開のせいで、俺の頭はすっかりゲーム感覚になってしまってた。


 だけど違う。ここはゆるふわほのぼの系ファンタジー世界じゃなく、リアルハード系ファンタジー世界だったんだ…。


 なんでだよ神様。どうせ転生させるならもっと楽しくて優しくてロリカワでエロエロな世界にしてくれよ!



 ああどうする。死にたくない。生きたい。せっかく生き返れたのにいきなり殺されてたまるか!!!


 生まれて初めて向けられた本気の殺意に、脳味噌がぐるぐる回って気持ち悪くなってきた。


 一方の巨大狼は、俺が狼狽している間も微動だにしない。


 真っ赤な瞳でこちらを見据える巨大狼と、その視線から目を逸らせずに震える俺。そんな構図が暫く続いた。



 10秒、20秒…。一瞬で食い殺されるかと思いきや、何故か巨大狼は動かなかった。


『あれ?どしたコイツ。なんでさっきみたいに襲いかかって来ないの?』


 混乱する思考の中で、そんな疑問が過る。

 睨み合ってもうけっこう経っているのに、巨大狼には動く気配がない。

 とはいえ臨戦態勢を解くでもなく、殺気を放ち続けている。


『よくぞ我の牙を避けてみせた。気に入ったぞ人間。我の力を貸してやろう!』なんて展開を一瞬期待してしまったけど、コイツの殺意に漲る目を見るに、そんな甘い展開は無さそうだ……。



 あ、そうか。

 たぶんコイツは警戒してるんだ。

 偶然とはいえさっき一度攻撃を避けたからな。避けたというか転んだんだけど。

 コイツの目には俺が油断のならない敵に映ってるのかもしれない。

 でかい図体のわりにはけっこう臆病なヤツだな。いや、慎重なだけか。どっちでもいいか。

 どっちにしろマズい。震えて怯えている今の状態はマズい。

 はったりでもなんでも、とにかく俺が手強い相手だと思わせないと。


 恐怖心を胸の奥に押し込んで顔を引き締める。

 それからゆっくりと立ちあがると中腰に。なんとなく忍者っぽい構えを取ってみました。

 もちろん俺に武術の心得なんてものはないから、アニメや映画の見様見真似でしかないけれど。


 すると、動かなかった巨大狼がほんの僅かに後ずさった。


 ビンゴ!

 やっぱりコイツ、俺のことを相当警戒してるな、よしよし。

 もう少しはったり利かせれば勝手に逃げて行きそうな気がしなくもないけど……。

 いや、ここは慎重に行こう。

 なんせ目の前から消える様な速さで移動する異世界基準の化物狼だ。

 もし間違って戦闘にでもなったら100%死ぬ。

 どうやったって勝てる相手じゃない。

 とるべき行動は逃げの一択のみ。

 だけど、焦りは禁物だぞ俺。

 テレビなんかで聞き齧った知識によると、野生の獣は視線を逸らすと襲って来る、とか言ってた気がする。

 ここは相手の目を見たままゆっくりと後ろに下がって距離をとるのがベストか?

 それで追い掛けて来ないようならば良し。徐々に離れて行きそのままサヨナラだ。

 もし距離を詰めてくるようなら……、その時考えよう、うん。


 ていうか追い掛けて来るなよマジで。頼むよ。頼んだぞ。お願いします!


 祈る様な気持ちを込めて、静かに一歩後ずさってみる。


 その時、




 キュンッッ……




 と、森の奥から小さな音が聞こえた。


「グルァアアアァッ!!」


 突如、巨大狼は顔を顰めて唸り声を上げると、その大きな体ごと後ろを振り返る。


 が、次の瞬間、狼の首は宙を舞った。


 50cmはありそうな大きな首は血を撒き散らしながらくるくると回転し、放物線を描いてドサリと地面に落ちた。


 俺は態勢を崩さないまま、その様子をポカンと見ていた。あまりの光景に本日何度目かの思考停止中です………。


「おい」


 野太い声が聞こえ、反射的に体がビクッとなる。


「さっきの声、お前か?」


 首を失って横たわる巨大狼の側にその男は立っていた。

 

 1m90cmはありそうな、見た目30代半ばぐらいの大男。

 厚手の服に身を包んではいるけれど、その上からでも良く鍛えられた筋肉質な体をしているのが分かる。

 右手には刃渡り40cmぐらいのマチェットの様な形の剣が握られ、刃にべっとりと血が付いていた。どうやらあの剣で巨大狼の首を斬り飛ばしたのは間違い無さそう。

 あの化け物みたいな狼を剣一本で瞬殺するとか。つくづくこの世界の生物は、人も獣も地球の規格とは違うようだと思わず苦笑する。


「おい、質問に応えろ!さっきの声はお前か?」


 半ば放心状態で大男を眺めていると、今度は凄味のある声で問われた。

 なんだか怒ってる様子。


「あ、えっと…すいません」


 スキル『言語理解』が効いているのか、とりあえず言葉は通じるみたいだし、初めての異世界人との遭遇だ。何か喋らないと。

 まずはお礼を言って、あと声がどうとか言ってたか?

 ひょっとしてさっき「異世界キター!」とか叫んじゃったアレか?


「えーっと、声ですよね。はい、たぶん俺です。あの、さっきは危ないところをありがとうござ…」


「この馬鹿がっ!!!」


 大男は俺の言葉を遮るように怒鳴ると、 そのまま乱暴に俺の胸ぐらを掴み上げた。


 こ、怖っ!


「この森がどういうとこか知ってんだろうが!?ナイトウルフの縄張りでデケェ声出すとか、お前死にてぇのかよ!!?」


 ものっそい怒られた!

 ものっそい大声で怒られた!

 いや、知ってんだろって言われても知らないッス。ナイトウルフとか初めて聞きました。たぶんあの巨大狼のことだろうと思うけど。


「こらこらアクセル。君も少し声落として」


 そう言って森の奥からもう1人男が表れた。


 歳は二十歳過ぎぐらいか。こっちの大男とは対称的にすらっと細身のイケメンさんだ。

 2人とも似たような格好をしているが、イケメンさんの方は剣の代わりに弓を持ち、矢筒を背負っている。


 大男はチッと舌打ちをつき乱暴に俺の胸ぐらを振り払うと血の付いた剣を鞘に納め、代わりにサバイバルナイフの様な大きなナイフを抜いた。

 何をされるんだと身構えてしまったけど、彼は踵を返し自ら斬り飛ばした狼の首の元へ向かって行った。


「やあ、怪我は無いかい?」


 大男と入れ替りにイケメンさんが声を掛けてきた。


「あ、だ、大丈夫です。あの、助けて頂いてありがとうございました。おかげで命拾いしました」


 このイケメンさんは人当たり良さそうで良かった。

 とりあえずさっき言い掛けだったお礼を言っとく。


「アハハ、まあ無事なら良かったよ。それにしてもゴメンね。彼、アクセルっていう名前なんだけど、普段はあんなに乱暴じゃないんだよ」


 ほんまかい。

 むしろ見た目通りの性格って感じなんですけど。


「急な依頼があってね。録な準備も出来ずにオドロギの森に入ることになっちゃってさ。それでずっとイライラしてんの。あ、ちなみに僕の名前はアントーラ。アトラって呼んでね」


 イケメンさん改めアトラさん。大男改めアクセルさん。

 

「あ、俺はセイジっていいます。ここオドロギの森ってゆうんですね。もしかして結構危険な場所だったりします?」


 俺は此処ぞとばかりに情報収集に励むことにした。

 2人の口振りから察するに、この森は相当危険な場所な気がする。

 俺はこの世界の危険性をこの森を基準に測ろうとしてしまっていたけれど、それは地球の危険性をアマゾンのジャングルを基準に測ろうとするようなものだったのかもしれないのだ。


「えっ? えっとセイジ君、オドロギの森を知らないの? そういえば君ずいぶん変わった格好してるよね。同業者ってわけでも無さそうだし。ひょっとして外国の人?」


 アトラさんの柔らかい表情が若干警戒心を帯びる。


 まずい。せっかく味方になってくれそうな人と出会えたのに怪しまれてしまった。

 このオドロギの森という場所は、この辺りの地域に住む人間にとっては知ってて当たり前の場所だったのか。

 おまけに今の俺の服装。ジーパンにTシャツにジャケットと日本では極々ありふれた格好だが、この世界の人の目には奇異に映ってもおかしくない。


 ここはセオリーに従って『遠い異国からやって来た常識知らずの田舎者』という設定で通すことにしよう、そうしよう!


「いや~、辺境の島国からやって来た者でして、この辺の常識には疎いんですよ。今は適当に世界を旅して回ってるんです」


 よし、オッケー。

 これでおかしな質問をしても田舎者ということで誤魔化せる筈。


「ふぅん、旅をねぇ。ちなみに何ていう国から来たの?」


 あれ?なんだか納得してない様子。


「えっと、日本という国なんですけど…」


「ニホン? んー、聞いたことないなあ。島国ってことはアトラディア群島の人かい? その服装も君の国の民族衣装か何かなの?」


「あ、はい。そんな感じですかね…」


 また知らない単語が出てきた。このままじゃ直ぐにぼろが出てしまいそうなのでちょっと強引にでも話題を変えよう。


「ところでアトラさん。アクセルさんはさっきから何をやってるんですか?」


「ん? ああ、解体だよ。僕等の受けた依頼っていうのがナイトウルフの牙と毛皮の調達でさ。しかも今日中に。今朝、突然ギルドから押し付けられちゃってね、参ったよほんと」


 アトラさんは肩を竦めて溜息をついた。

 その仕草がどことなく芝居がかって見えたのは気のせいかな?


 いや、それよりもギルドだ。

 異世界ってことで期待はしてたけど、本当にあるんだな!

 そしてギルドといえばアレだろ、冒険者ギルドだろ!


「あの、アトラさんたちってやっぱり冒険者というやつなんですか!?」


「うん、そうだけど。どうしてそんなに興奮するの? 冒険者なんて別に珍しくもないだろうに。君の国にはあまり居ないのかい?」


 ぐっ、しまった。また迂闊なこと言っちゃったか。


「あー、いや、その、そうじゃなくて。アレです、憧れなんですよ、冒険者! 将来は冒険者になりたいと思ってまして」


「あー、そういうことか。君、バルザークに向かってるんだよね? ひょっとして冒険者になるためなのかい?」


「そう、そうなんですよ! その途中でこの森に迷い込んじゃいまして。幸先悪いですよねまったく、アハハハ」


 バルザーク、街の名前かな? とりあえずそこに行けば冒険者になれるみたいだ。じゃあ行くしかないな!


「そっか。正直、開拓地での冒険者デビューってあんまりオススメしないけどね。危険だし」


 開拓地?


「だけどそういう事なら、はいこれ」


 そう言ってアトラさんは腰に吊るしていた20cm程のナイフを鞘ごと外し、俺に差し出した。


「安物のナイフだけど、プレゼントするよ。冒険者になるならせめて武器の一つぐらい持ってないとね。見たところ丸腰みたいだし」


「えっ、いいんですか、貰っちゃって!?」


「うん。先輩冒険者から後輩君への餞別だと思ってよ」


 俺はそのナイフを受けとると早速鞘から抜いてみた。

 何て事ない普通のナイフ。デザインも地球にあるモノと大して変わらない極普通のナイフだ。

 だけどよく見ると刃の腹には小さなキズがたくさん付いてて、微かに血の匂いもする。

 きっとアトラさんはこのナイフでいろんな獲物を仕止め、捌いてきたんだろう。


 故にこのナイフは只のナイフではない。

 本物の冒険者が幾多の魔物と闘いを繰り広げ、その勲章を刃へと刻んだ歴戦のナイフなのだ!


 とか想像していると妙にテンション上がってきた。


「あ、ありがとうございます。大切にします!」


「い、いや本当に安物だからね…? だけどまあそんなに喜んで貰えるなら贈ったかいがあったというものだよ」


 アトラさんは嬉しそうに笑った。

 いやぁ良い人。アトラさんめっちゃ良い人。


「それじゃあ僕たちはまだ仕事があるけど、向こうに真っ直ぐ行けば30分ぐらいで森を抜けられるから」


 そう言って森の奥を指差す。


「分かりました。いろいろありがとうございました」


「うん。気を付けてね」


 正直、1人で森を行くのは怖いので町まで送っていってほしいなぁと思うとこだけど、何となく言外に「そこまで面倒は見ないよ」と言われた気がしたので、素直にお礼を言って別れた。


 大丈夫。

 今の俺にはこの歴戦のナイフがある。

 たかがナイフ一本とはいえ、戦える武器を持ってるとなんだか勇気が湧いて来るな。

 改めてアトラさんには感謝だ。いや、アクセルさんにも感謝してるけどね。怖いけど……。


 さて、とりあえず最初の目的地は決まった。

 目指すは開拓地バルザーク。俺はそこで冒険者になるんだ!




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



「アクセル。どう思った? 彼」


 アトラはナイトウルフの後ろ足に突き刺さっている矢を掴むと、勢い良く引っこ抜いた。

 先ほど自ら放ったモノだ。


「どうって言われてもなぁ。まあ、怪しいとしか」


 アクセルは然程興味も無さそうに適当に返事を返す。


「うん。怪しいよね、明らかに」


 そう言って皮袋から予備のナイフを取り出すと、ナイトウルフの胴体を慣れた手つきで解体し始めた。


「多分、言ってる事はほとんど出鱈目だ。何かを誤魔化す為にその場しのぎの嘘をついてるって感じ」


「そんなに気にする様なことか? 大方どこぞの町で犯罪でも犯して逃げてきたんじゃねぇの?」


「犯罪者に見えた?」


「ん、まぁ、悪人には見えなかったかな。バカには見えたけど」


「かと言って旅人でもない。手ぶらの旅人なんてあり得ないしね。野盗か魔獣に襲われて荷物を放り出したんだとしても、ご丁寧に武器まで捨てていく間抜けはいない」


 話ながらもアトラは解体の手を止めず、どんどん皮を剥いでいく。その手際は精密だが、それ以上に迅速だ。


 ナイトウルフはその名の通り、夜に狩りを行う。

 昼間は巣に籠り、若い個体が数匹縄張りを巡回するのみだが、夜になると闇に溶けた数十匹の群がチームワークで獲物を追う。

 その危険性は昼間の比ではなく、ベテランの冒険者とてまず生きては帰れない。

 故に何としても日が暮れる前に仕事を終えて森を出る必要があった。


「それに、本当に他国からやって来た人間だったとしてもだ、流石にモノを知らなすぎる。この森やナイトウルフのことだけじゃなく、アトラディア群島やバルザークのことまで知らなかったんじゃないかなぁ、彼の反応を見るに」


「なんだそりゃ。産まれてからずっとどっかに監禁でもされてたってのか?」


 冗談目かして言うアクセルに対して、アトラは真面目な表情を崩さずに返す。


「いや、まさにそう。今まで隔離されてて突然外の世界に放り出された様な、そんな風に見えた。それなのに悲壮感や絶望感なんかは無くて、子供みたいに目を輝かせてるんだから。全く持って不思議だよね。謎だよ彼は」


「そんな怪しい野郎になんでナイフなんぞくれてやったんだお前は。ちと無用心が過ぎんじゃねぇか?」


「んー……、勘かな。彼に恩を売っておけば後でいい事がありそうな気がしたの」


 そこで初めてアクセルは解体の手を止めアトラの方へ顔を向けると、大袈裟に溜め息を吐いてみせた。


「まぁたソレかよ…。お前の勘を信じたせいで、今こんな辺境の地で冒険者なんぞに身を窶してるってちゃんと分かってるか?」


「辺境の地で冒険者に身を窶しながらもなんとか生き延びることが出来てるんだから、僕の勘を信じて正解だったじゃないか」


 得意顔で視線を向けてくるアトラに対し諦めた顔でもう一つ溜め息をつくと、再びアクセルは解体作業へと戻った。


「まあ何れにしても、彼が悪人じゃ無さそうってのは僕も同意見さ。なら、売れる恩は売れるだけ売っておけばいい。ナイフ1本で売れるなら安いもんさ」


「仇で返って来なきゃいいけどな」


 アクセルの嫌味を、アトラはククッと笑って返すのだった。



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