1.再会
遅刻した。ごめん。
中学の時は運動部で坊主に近い短髪だった。髪も黒く、野暮ったくてモテる要素なんてひとかけらもなかった。
高校は公立で締め付けが厳しくないところだったからすぐに髪を染めたり、制服の着方を変えたりした。そうしたら口元のほくろが受けたんだかなんだか、うそのようにモテるようになった。
イメチェンには見えない労力がつきものらしい。全くかまわなかったところをかまったら肌の調子もよくなった。告ってきた子とテキトーに付き合ってテキトーに別れる日々。
専門学校を出てから自動車整備工場に就職した。そこも髪の色ぐらいで文句は言われなかったからメッシュを入れたりといろいろいじった。
そんな時だった、アイツに再会したのは。
「あれ、川中じゃん。久しぶり」
髪は昔と違って長くなっていたが、カラーリングはしていなかったからすぐにわかった。色気のない女で、男友達みたいだった中学時代を思い出す。がさつなわけじゃないけど、話してみると面白くてマンガの貸し借りをしていた仲だった。
「? え? あれ? 小柴?」
本屋のレジでエプロン姿の川中は小首を傾げ、やっと俺を認識したようだった。
「わー! 変わったなぁ、久しぶりー」
この口調も変わらない。
「オマエ変わってないな」
「失礼な!」
と言いながら全然怒ってないのが見てとれた。
「バイト?」
「うん。あと10分ぐらいで上がり」
「飯食いに行くか?」
「今日はごはん用意してもらってるからやめとく。また今度ー」
川中が上がってからメアドと電話番号を交換してその日は別れた。
変わらないその様子に俺はほっとした。
そうして、川中との友人関係が復活した。
川中は大学に通っていた。
バイト上がりに飯を食いに行ったり、休みの日に別の友人も交えてカラオケに行ったり、とにかく楽しかった。
「オマエ大学に友だちいないの?」
「んー、お互い家遠すぎて。バイトもあるし」
川中が通う大学は電車で1時間。友人の家はその反対方向に電車で1時間ぐらいの位置にあるらしい。
「もっと近場の友だち作ればいいじゃん」
「そううまくいかないよ」
「確かに」
こんな軽口を叩きながら遊ぶ日々。
会社で合コンに誘われて行ってみたものの、前より楽しめなかった。お持ち帰り? 面倒だからしなかった。
そんなある日、会社の飲み会の帰りに飲み屋街で川中の姿を見かけた。
同年代と思しき集団が飲み屋の前にいて、邪魔だな、と思って顔を上げたら、あれ? と思った。
見たことがあって、知っている相手なのに一瞬誰だかわからなかった。いつも首の後ろでひっつめられている髪は下ろされ、クリーム色のカットソー、ひらひらとした柄物の膝丈のスカート、淡い色のストッキングに上品な紺色のミュール。
そんな姿の川中は今まで見たことがなかったから、俺は戸惑った。すれ違い、少し離れたところで人を待っているような体で彼らを窺う。
「楽しかったー、また呼んでねー」
「ああ、またなー」
どうやらこれで帰るらしい。俺は安堵した。
けれどその集団の中のある男が川中に声をかけた。
「瑛子、駅まで送るわ」
「えーなに? らしくない」
川中の下の名前はそういえば瑛子だった。駅まで移動するらしい彼らをなんとなく追う。
「俺さー、瑛子のこと、男とか女とか関係なくいい奴って思ってたんだよ」
「なんだそれ」
「なのにさ、久しぶりにあったら瑛子が女に見えてびっくりした」
「はい? ある意味失礼だねー」
「瑛子って女だったんだな」
「失礼すぎるー」
川中はあははははと笑っている。一緒にいる男の目が女を狙うそれになっていることに彼女は気付いていないのだろうか。
「なぁ、瑛子……」
「あ、電車もうすぐ来る! またねー!」
男が意を決して話しかけようとした時、川中はスマホを確認して慌てたような顔をし、駅に向かって走り出した。
あんな格好をしていてもやっぱり川中は川中だった。
そしてそのことにほっとした自分に、俺は首を傾げた。