可憐な殺意
眩い日差し。
木々を巡る西風。
寂れた小屋に小さき黒。
『キミ』は気がついた時から何もわからなかった。
床の隙間から生えた草に触れ、隙間から流れる生温い風を理解しようともがいた。
違う、理解すら未経験なのだ。
『生まれた』のか『あった』のか。
もちろんキミにそんな哲学的な弁を構想する知能は併せ持ってない。それより生物であるので生きる術を身につけなくてはならないのだ。
本能に身を委ねるもいい。その経験から何かを得るのだから。
「……誰か……そこにいるの?」
草を踏み近づく音に警戒せず、何者かの侵入を許してしまった。
仕方ない、そもそも他の生物がいると思うこともキミには高度な発想なのだ。
人間。
あれらはそういう生物で、この世界を統べる種。
もしかしたら、キミはあれらに近いかもしれないね。
今は何もわからなくていい、どうもがいて行動してもいい、あれはキミにとってとても、とてもとてもとても大事な存在なのだから。
だから、
「!? ……そっか、あなたは『可哀想』な子なんですね……」
その目を、決して逸らすな。
「大丈夫、今……楽にしてあげますから!!」
彼女が取り出したのは紋様の入った小さな紙。キミは襲われることも知らないので、ただ彼女の攻撃を受け入れた。彼女は二本指挟んだ紙でキミの額(にあたる部分)に貼り付ける。
『紙』は描かれた紋様に光を放ち、キミの『黒』を吸い上げるように糾弾しているようだ。そうして一つの黒は剥がれ、紙は光るように燃えて消える。
彼女の顔には殺意が満ち溢れていた。そしてその黒が消える様を何度も何度も見てきたのだろう。次第にその殺伐とした表情に笑みが
「あれ?」
どうして?なんで?こんなことありえない。そんな苦笑いが浮かんでいた。
「えっえっ? そんなはず、だって今消してやったのに!?」
キミはただじっと、その黒の体を動せず彼女の成り行きを観察している。
しかしそんな君の様子が彼女には納得出来ないようだ。
「だったら……もう一度!!」
彼女はキミが何もしてこないのを理解したのだろう。初めの警戒心を少し解いてキミの前に座り込んでは何枚も紙を貼り付ける。それもまた、先と同じように輝いては燃え、発光しては灰となり、何枚も、何度も、何回でも。
しかし何重にもを決行した時だろうか。
「えっ……」
彼女はゾッとしたようだ。熟練した腕を持ってして、まるで経験のない様を見せる。
「反応しなくなった……? そんな! だってまだ『呪い』が消えてないのに!? こんな事って……!!」
手を口に当ててそのまま後ずさる。自分の手に負えない。自らの無力さを嘆くのと同時に、どうやらキミは未知の危険と決めつけられ、瞬間的にかろうじて発揮した本能により身を守ろうと図っているようだ。
キミはというと、もちろんジッと彼女を見据えている。
が、眺めているだけでは無かった。君は遂に、まねぶ事を知るに至る。そしてモゴモゴと、キミにもある彼女と同じ部分を使い、
「……!? それって……」
手。そう思われる自分の体を、口。と考えた場所に当てた。彼女が怪訝に眺めてくるのを眺め返した。その姿はまるで鏡、逆に探りを入れた彼女の動きの意味を探ろうとキミは何度も何度も何度も何度も模倣し、自分のものにしようとしているのだ。
「……ハッ! そうじゃなくてあなた、『カースド』なのにどうして平気でいられるんですか!? それに、確実にカースドを消し去る2か月分の『アミュレット』を全て使っても全然効いてないですし! それにカースドなのに何で襲う気ないんですか!? よくよく考えたら依頼された話と全然違いますし!! 子供ですし!! 私の真似ばっかりですし!! なんなんですか可愛いんですか!?」
フードに包んだ頭に右手、法衣を見せびらかすように左手、(恐らく彼女が考える限りの)女性が最もセクシーに見せる足取りをして突然顔を赤らめながらキミにまくし立てる。その様子もキミは完全にコピーしながら、さながら、彼女も少し考えるぶりをして、一息つく。
「……敵意も悪意もない。私のアミュレットをすべて使っても効果なし……ううん、『足りない』? まさか、この子のカースドって……」
思いついたように彼女は、一つの提案をキミに声かける。
「『従属化』を使わせてもらいます」
と、言われても言葉を全く理解できないキミ。しかし首を傾げる様子をものともせずに彼女は掲げた右手と詠唱を止めなかった。そして詠唱の合間、キミに再び声をかけたのだった。
「カースドである以上、私のような『エクス』に何度も狙われるでしょう。……中にはとんでもない思想のエクスもいます。過激派なエクスがあなたを見つけたら何をするのか分かりません。いいですか? これはあなたを守るためです。私を信じ、自分を信じなさい。必ずその『カース』を取り除く術を見つけてみせますから。ねっ?」
その可憐な笑顔に、しかし確かな『殺意』を向けながら、
「『リア・アルクェイド』の名に於いて汝に刻むーーー『サーヴァント』!!」
そう叫びキミに従属化という『術式』を施した。
黒の体に輝き巻き付かれる鎖、鎖、鎖。一つは体動を制限するように腰に、一つは散り散りになって手首に足首に、そして一つは命を左右するかのように首に……。だがそのどれにも番目がない。巻き終えた先はだらんと切れていて、ぶらぶらとジャラジャラとしているだけだ。
「さあ、行きましょう。この小屋ともしばらくお別れですが、カースを取り除いてから再び帰ってきましょう。まずは依頼された街に戻りましょう。そういえば家族の方はいらっしゃらないのですか? ……あれ、そういえばこの小屋確か管理人さんが鍵をかけたって……」