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逢魔時の悔悛


 俺と瀬川は、電車を乗り換えた。各停のローカル線は、じれったくなるほどゆっくり進み、思っていたよりも時間がかかる。あと数駅で、ドリームランドの最寄り駅になる頃、瀬川は電話をかけた。


「うん……そう、和也くんは今日はお母さんが預かるよ。ううん、じゃあ……」


 車両は俺達だけで貸し切りのような状態で、電話を見咎める人もいない。電話を切ると、瀬川はため息をついた。


「お兄さんか?」

「そう。今日は私が、和也くんを送っていけないから」


 瀬川のお兄さん――いなくなった三花さんの旦那さんは、幼い息子の世話を、実家に頼んでいる。日中に仕事をしているからなのかと思ったが、どうやら、お兄さんは、毎日三花さんを探して駆けずり回っているらしい。


「正直、兄さんも和也くんも見てられないよ、立て続けにこんな……」


 瀬川は肩を落とす。瀬川自身も、かなり疲れた様子だった。

 日は傾いてきており、真っすぐ車窓に入ってくるオレンジの光が、目に眩しい。


「……ねえ、……三花さんまで、死んだりしないよね?」


 瀬川は、窓ガラスに頭をもたせかけて、夕焼けの空を見てこぼした。


「優也くんのお葬式の時――三花さんね、すごく取り乱してた。ごめんね、ごめんねって、棺から泣きすがって離れないの」


 幼い息子を失った母親の心境は、察するに余りある。葬儀の場で、半狂乱になって泣き叫ぶこともあるだろう。

 だが、ごめんね、というのは――。


「優也くんって、おとなしくて、いい子で……手のかからない子だったんだ。比べて、弟の和也くんは、活発で……まだ小さいこともあって、どうしても三花さん、和也くんにかかりきりになっちゃったみたいで」


 それは仕方ないことだろう。俺自身は兄弟がいないから、想像するしかないが、下の子が生まれたら、上の子は何かと我慢を強いられるのはやむを得ない。


「だから、優也くんが死んだ時、三花さん、すごく自分を責めていて。別に、三花さんが優也くんを放っていたから、病気に気付かなかったとかじゃないんだけど、でも……」


 三花さんは、後悔の念に苛まれながら、日に日にやつれていったという。だから、瀬川も、お兄さんも、必死に三花さんを捜すのだ。

 ――彼女が、自殺している可能性を恐れて。


「……不吉なこと、言わない方がいい。……そうだ、なくしものが見つかるコツ、教えてやろうか?」

「え、何。水落が言うと説得力ある」

「単純だぜ。絶対に見つかるって信じて探すだけだ」

「は?」


 瀬川は、頭をガラス窓にくっつけたままこちらを見た。


「本当だって。よく、『ない、ない!』とか言いながら物を探してる人いるだろ。ないって思い込みながら捜してたら、目の前にあっても見つからない。あるって思って捜せば見つかるんだよ」


 ただし、これは単純であっても、簡単ではないのだが。

 気持ちを持つということは存外難しいが――それも含めて、ダウザーの訓練のうちだ。可能だと信じていなければ、自分の能力など発揮できない。


「そうだね……三花さんを絶対に見つけるんだ。兄さんや、和也くんや……優也くんの為にも」


 瀬川は小さく、ありがと、と呟いた。


 ■■■


 河野芹香は、走って逃げていた――つもりだった。


(何なのよ、何なのよ、ここはっ!?)


 全力で、遊園地の外に向かって走っているはずなのに、まったく出口が近付かない。体は重く、泥に漬かっているように自由にならない。

 まるで、夢の中にいるようだ。体は寝ぼけてベッドの上にいるのに、夢の中で必死にもがく時のような。


 まさしく悪夢だ。

 気が付いたら知らない場所にいて、幽霊が自分の目の前に現れた。逃げようにも逃げられない――


 もがく芹香の肩に、ふわりとしたものが触れた。


「――っ!」


 声にならない悲鳴をあげ、振り払う。そこにいたのは、二足歩行のうさぎの着ぐるみ。

 本来なら可愛らしいそれは、埃で薄汚れたせいか、笑う顔に陰があり、怯える芹香には、ひどくおぞましい顔に見える。


 うさぎは無言で――フライパンを見せた。まるで、子供の絵本の登場人物のようだ。――フライパンを、勢いよく芹香に降り下ろさなければ。


 ゴッ、という音と共に、芹香は気を失って倒れた。血が数滴、うさぎの目の上に跳ねたが、うさぎは気にせず、ずるずると芹香を引きずり、遊園地の中央にある城――ドリームキャッスルまで運んでいった。




 次に芹香が気がついた時には、暗い場所で、両手と両足をガムテープで縛られて、床に寝かされていた。タオルを口の中に押し込まれた上で、両端を頭の後ろで結ばれており、声を出すこともできない。


「――っ、ん――!」


 もがきながら、自分の状況を確認しようと、周りを見る。暗闇に目が慣れてきて、その部屋にあるものがわかった時、芹香は息を飲んだ。


 ギロチンや、棘のついた棺桶のような拷問器具が壁に並び、人を吊るすための首輪が天井から垂れ下がる。壁や床がところどころ、どす黒いのは、まさか。

 芹香には何がなんだか分からなかったが、とにかく異常な場所から逃げようと、芋虫のように這っていこうとするが――その芹香の髪が、ぐいと掴まれ、引っ張られた。


「っ!」


 芹香をここに拉致したうさぎの着ぐるみだった。頭が千切れそうに痛い。やめて、とくぐもった声で言う芹香の前に――小さな女の子が表れた。

 その子を見て、再度芹香は悲鳴をあげた。


「……ママ」


 女の子――あげはは、芹香を暗い瞳でそう呼んだ。



 最初、メリーゴーランドの前で、芹香が幽霊、と声をあげて逃げ出した時――三花は、死んだ自分の息子の優也を見て彼女がそう言ったのだと思った。しかし、実際は違う。


 三花が芹香に対して面識がないように、芹香もまた、瀬川親子のことを知らない。従って、生前と変わらない姿で現れた優也のことを、芹香には幽霊と判断できない。


 芹香が見た幽霊とは、「自分の知っている死者」――あげはのことだ。



 芹香は青ざめてがくがくと震えた。あげはの伸ばす手を、避けるように、身を捩る。許して、助けて、と必死に繰り返すが、それは声にならない。


「ママ、ママ……」

「――うっ」


 来ないで、と芹香は目で訴える。拒まれていることが分かったあげはは、悲しそうな顔で、うさぎを見て――こくん、と頷いた。

 うさぎは、芹香を床に叩きつける。そして、どこからか持ち出したヤカンで、熱い湯を芹香の体にかけた。


 熱い。痛い。必死に抵抗するも、むなしく――次に、うさぎは足で、容赦なく芹香を蹴りつけた。くぐもった悲鳴をあげ、のたうつ芹香を、あげははじっと見つめている。


(痛い、痛い、やめて――!?)


 だが、芹香は、この暴力が決して止まないことも理解していた。

 何故なら、それは芹香が、泣き叫ぶあげはにしたことだから。


 騒いでうるさかったから口を塞いだ。走り回ったから縛りつけた。泣きわめいたからおとなしくなるまで蹴った。熱湯をかけた。


 うさぎは、芹香がしたものと同じ暴力を振るい続ける。腹を蹴られてえずき、口にくわえるタオルには赤いものが滲む。

 苦痛に苦しみながら、芹香は、こちらを見つめる娘を見た。


(これは――復讐、なの?)


 芹香の意識は沈んでいくが、うさぎは暴力を止めない。そして、あげははただ待っていた。

 ママが――死ぬのを。


 幼いあげはは、人がどうすれば死ぬのかを知らない――死の概念すらも曖昧だ。ただ、自分がされたことが原因で、『こうなった』ことは、ぼんやりと理解している。


 だから、あげはは、自分がされたことを芹香にすることを望んだ。

 そうすれば、そうすれば――ずっと、一緒にいられる。


 ■■■


「ずっと、ママと一緒にいたかった」


 泣きじゃくる優也を、三花は優しく撫でた。


「大丈夫、ママはずっと一緒よ」


 優也はそれでも、首を振る。


 『この場所』が教えてくれた、永遠に大好きなママといる方法。

 とても甘美な誘惑だった。だけど――それは、ママの死を望むことだから。


「パパや和也だって、きっとママの帰りを待ってるから」


 その名前を聞いて、三花の心は大きく揺れる。優也は、振り切るように告げた。


「大好き、ママ。ねえ、最後に……あれ、一緒に乗って」


 そうしたら、さよなら、だから。


 優也が指差したのは、誰も乗っていないのに、金色の光を溢しながら回る、メリーゴーランドだった。


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