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日暮れの赤い空


 俺と瀬川は、電車に乗っていた。瀬川は車を家に返してから、改めて駅で合流、裏野ドリームランドを目指している。

 ボックス席に向かいあって座り、車窓に田舎の風景が流れるローカル線に揺られている様子は、ちょっとした小旅行のように見えるかもしれない。

 だが、俺と瀬川の間に楽しげな雰囲気はなく、それぞれ険しい顔でスマホを睨んでいた。


「廃園になったんだ……ドリームランドなんて、あることも知らなかった」


 瀬川が見ているのは、裏野ドリームランドのホームページだ。今年の夏の始めに、廃園になったとのお知らせが載っている。


「なんで、三花さんがこんな場所に? こんな遠い、しかも、寂れた遊園地に、家族で行ってたことなんか、なさそうだけど」

「さあな。まあ、三花さんがドリームランドにいるって根拠はないが……」


 手がかりは、三花さんが書き残したのかもしれない、メモ帳の痕跡のみ。

 だから、俺達がドリームランドに行ってみるのは、ほぼ直感だ。

 だが――勘は馬鹿にできない。

 それに、何より俺は、ドリームランドが普通の場所でないと知っている。


 俺がネットで見ているのは、ドリームランドにまつわる奇妙な噂だ。まったく、様々な噂がある。曰く、子供の姿が消える。奇妙な生き物の目撃情報。アトラクションで起きた事故。


 俺は、まだドリームランドが営業している時に行ったことがあるが――あの場所は、普通じゃない。おぞましい何かが、あそこには渦巻いている。

 だからこそ、俺はその日のうちに、ドリームランドに向かうことにしたわけだが。


「にしても、遠くない? 最寄り駅からそこまで、バスもないって……」

「タクシー呼ぶか、歩くしかないな。俺は前は歩いたけど……」


 この分だと、向こうにつくのは夕方過ぎ、もしかすれば日没後だ。

 あの遊園地に、暗闇の中に行くのは、できれば避けたいんだが――そう思いながら、俺は窓の外に目をやった。


 ■■■


 三花は、はしゃぐ息子に手を引かれるままに歩いた。


「遊園地なんて、久しぶりね」

「うんっ!」


 下の息子――和也を妊娠し、生まれてからもまだ小さい時は、なかなか遠出することができず、優也を連れてあちこち遊びにいくことはあまりなかった。だから、こうして遊園地に一緒にいられることが嬉しい。

 たとえそれが廃園になって、薄汚れた、全てがお化け屋敷のようになってしまった遊園地だろうと、もはや三花は気にしない――。


「あげはちゃんは、どこに行きたい?」

「…………。」


 小さな女の子は、そっと、遊園地の真ん中にある、お城のような建物を指差した。


「あそこで、おひめさまごっこ……する」

「うん、いいよ!」


 仲の良さそうな子供達の様子に、に三花は微笑んだ。


「お城でお姫様ごっこなんて、ステキね。中には入れるのかしら」

「きっと、大丈夫だよ」


 そうして三人は、城の前まで辿り着く。門の上にかかった看板には、『DREAM CASTLE』と書かれていた。


 鍵などもかかっておらず、城の中にはすんなりと入れた。アトラクションは、動きを止めてしまっているが、ここでおままごとをするくらいであれば、十分遊べるだろう。

 城の中は、意外にもしっかりとした造りになっていた。甲冑や、赤い絨毯、蝋燭のオブジェクトなどが飾られていて、少々小さいことを除けば、本物の西洋の城のようにも見える。


 小さなお城の中を、小さなお姫様と、小さな王子様は走り回った。三花は、微笑ましく思いながら、そんな二人を見ている。


 城の中を探検しながら遊ぶ二人を追って、三花は城の二階に上がる。バルコニーのようになった部分から、ふと外を眺めると、いつの間にか日が暮れていた。

 夕焼けの空は、真っ赤だった。まるで、今自分の立っている絨毯のようだ。


「――……あら?」


 美しい空に一瞬見とれていた三花が振り返ると、さっきまで近くにいた、優也とあげはの姿が見えなくなっていた。


「優ちゃん?」


 返事がない。

 さっと血の気が引き、三花は駆け出した。


「優ちゃん、優ちゃん、どこなの!? 優ちゃん――!」


 必死に息子の名前を呼び、城を捜し回る。二階には見当たらず、階段を駆け下りた。


「ねえ、どこ、どこっ!?」


 息を切らして走る。走り回っているうちに、三花は、地下に続く階段を見つけた。さっきまで、こんなものあっただろうか。

 奥が見えない暗い階段に、踏み出そうとした時――


「ママ?」


 後ろから、優也が声をかけた。はっとして振り返り、三花は慌てて、その場に膝をついて優也を抱き締めた。


「どこに行ってたの? ママ、急にいなくなったから心配して――」

「ごめんなさい……途中から、あげはちゃんと、ここで隠れんぼしてた」


 ここ、隠れるところたくさんあったから――と、申し訳なさそうに言う息子を、三花は離すまいと抱きしめる。


「もうどこにも行かないで、ママはずっと、ずっと優ちゃんと一緒にいたいの」

「ママ……!」


 優也の顔が喜びに輝く。

 だが、三花の後ろに見えたものに――優也ははっとして、叫んだ。


「だめっ!」


 三花は、急に鋭い声をあげた優也の視線を追って、優也を腕に抱いたまま振り返った。そこにいたものを見て、三花は呆ける。地下に続く階段から、うさぎの着ぐるみが、ゆっくりとやってきたからだ。


 遊園地のキャラクターだ。見覚えがある。確か、この遊園地の入り口近くのパネルにも描いてあったはずだ。

 ピンク色の毛並みは薄汚れ、ところどころほつれている。縫い付けられた顔は笑っているのに、暗がりにいるからだろうか、顔に影ができ、妙な威圧感がある。

 アトラクションは止まっているのに、着ぐるみは動くのは、電気が要らないからかしら、と三花は変なところで、着ぐるみの存在を受け入れた。

 ゆっくりと振りかざされる、その手には、キラリと光るものがあって――


「やめて! ママは――」


 優也は、三花の手を引っ張って、走り出す。何がなんだか分からないままに、三花はドリームキャッスルを出た。


「ちょ、ちょっと、優ちゃん?」

「だめなんだ、だめなんだ……」


 優也は繰り返した。前を走る優也の顔は見えないが、聞き間違いでなければ、泣きそうな声だ。

 三花は走りながら後ろを振り返るが、うさぎの着ぐるみは、追いかけてはこないようだった。


「優ちゃん? さっきのって……」

「ママ、ここはね、悪い気持ちがたくさん集まる場所なんだ」

「悪い気持ち?」

「かなしいとか、くやしい、とか……」


 悪い気持ち――負の感情。

 悲しい。悔しい。嫌い。憎い。

 そんな思いが、たくさん集まる場所。


「さっき、の……」

「僕が……僕がいけないんだ、僕が」


 三花が見た、うさぎの手には、見間違いでなければ、大きな包丁が握られていた。

 血のように真っ赤な空の下、三花は優也に引っ張られ、誰もいない遊園地をただ走る。


 ■■■


「…………。」


 小さな女の子が、城のバルコニーから、走っていく二人を見下ろしていた。

 一見、無表情だが――その目には、じっとりと暗い羨望の光が宿っていた。


「うさぎさん……」


 あげはは、自分の後ろに立っていた着ぐるみに、呟いた。


「あげはも、ママと一緒にいたい」


 着ぐるみは、ほつれかけた手を、俯く幼女に差し出す。あげはは、うさぎに連れられ、階段を下り、暗い廊下を進み――闇に包まれた地下室への階段を下りていった。


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