表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

白昼夢の再会


 コンビニで待っていると、瀬川は軽自動車に乗ってやって来た。

 髪を染め、少し日焼けしている。東京の短大に行った瀬川は、どことなく垢抜けた印象があった。


「散らかっててごめん。これ、家の車だから」


 後部座席には、チャイルドシートが備え付けられ、オモチャやウェットティッシュが置かれている。明らかに子供のいる家の車だろう。


「いや、いいけど、車で来るとは思わなかった。どこ行くんだ?」

「兄さんの家」


 慣れた様子でハンドルを握る瀬川は、運転しながら、詳しい話を始めた。


「いなくなった三花さんは、アタシの義理の姉さんなんだ」


 瀬川には、年の離れた兄がいる。その兄の結婚相手が、瀬川三花(せがわみか)さんで、いなくなった、義理の姉だ。今は、隣の市に住んでいるらしい。


「三花さんがいなくなったのは一週間くらい前で。兄さんが朝起きたら、もういなかったらしい」

「その言い方だと、三花さんは自分の意思で、出てったのか?」

「多分ね……鞄とか財布とかはなかった」


 大の大人がいなくなった。何かの事件に巻き込まれたのか、自ら失踪したのか。今のところ、後者の可能性が高い。


「けどさ……、三花さんが、子供を置いて出かけるとは思えないんだ」

「子供? でも、電話では亡くなったって……」

「あ、息子が二人いるんだ。亡くなったのはお兄ちゃんの優也(ゆうや)くん。弟の和也(かずや)くんは、4歳」


 亡くなった優也くんは、6歳だったという。タチの悪い病気にかかっており、病気が発覚してからはあっという間だったそうだ。

 瀬川は、甥っ子を亡くした時のことを思い出したのか、ちょっと鼻をすすった。


「……三花さんは相当落ち込んでた。でも、兄さんにも何も言わないで一週間もいなくなるなんて、絶対何かあったんだよ」


 話すうちに、瀬川のお兄さんのマンションについた。瀬川は勝手知ったる様子で、合鍵を使って中に入る。


「いいのか? 勝手に入って」

「大丈夫。和也くんは昼間、うちで預かってて、お迎えは私がしてるんだ。家のことも多少手伝ってる」


 瀬川がどんどん上がり込むので、俺も仕方なく続く。

 玄関に家族写真が飾ってあった。母親らしい女性と、男の子が二人、写っている。撮影者は父親だろうか。

 写真に写る女性が三花さんかと聞けば、瀬川は頷いた。長い黒髪の、ほっそりした女性だ。


「まあ、大体、状況は分かったけど……しかし、どうするかな」


 捜すといっても、どこを捜したものか。心当たりのある場所は、瀬川のお兄さんやご家族が既に当たっているだろうし。


「え? ここからあの水晶の振り子で、三花さんの行ったルートを辿っていけないの?」

「俺は犬か」


 そんなのは無理だ。

 水晶の振り子は、あくまで俺の感覚に反応する。俺が、無意識下のうちに、五感で知覚したものが、微かな腕の振動を伝わって、振り子の動きに表れるのだ。

 だから、あまりに遠くにあるものを捜し出すことはできないわけで――三花さんがよほど近くにいない限り、俺の振り子は反応しないだろう。

 とはいえ、何もしないまま帰るわけにもいかない。


「部屋の中を見てもいいか? 手がかりを探してみる」

「わかった。好きに見ていいよ」


 瀬川の立ち会いのもと、振り子を出して、ゆっくりと、部屋の中を歩いていく。

 リビングに入ると、線香の香りがした。仏壇があり、男の子の写真がある。遺影に映った男の子は、母親似で、おとなしそうな印象を受けた。


 静かに、静かに部屋を進んでいくと――パソコンデスクの前で、振り子がピクリと揺れた。俺がパソコンの前に立つと、瀬川は腕を組んだ。


「パソコンかあ……これの中身は、さすがに兄さんがいないと見れないかも」

「いや」


 確かに、パソコンを調べれば、三花さんが失踪前に行き先に関する何かを検索した履歴など、手がかりはあるかもしれない。

 だが、俺が注目したのは、パソコンの横に置かれたメモ帳だった。一枚ずつはがせるようになっているタイプのメモ帳の、一番上の紙に、引っ掻いたような跡がある。


「瀬川、鉛筆あるか」

「ペンならそこに引っ掛かってるよ」

「いや、鉛筆がいい」


 瀬川は、子供部屋から鉛筆を出してきた。借りた鉛筆を、メモ帳の上に、弱い力でこするようにする。


「前の紙に書いた時の跡が、下の紙に残ったんだ。こうして弱く塗れば、へこんだ部分が浮き出てくる……」

「へえ……」


 そして、浮き出てきた文字を見て、俺はぎょっとした。


「……『裏野ドリームランド』?」


 少し焦ったような、走り書きの文字。なぜ、この場所の名前がここに――。

 俺の背筋に嫌な汗がつたい、思わず首元に手をやった。


 これは勘でしかないが、俺の感覚が警鐘を鳴らしているのが、はっきりわかる。


「……ここに行こう」


 ■■■


 メリーゴーランドの横で動いたのは、地面に倒れていた女性だった。金髪に派手なメイク、肌を大きく露出した格好は、かなり若いように見えた。

 どうやら、自分の声に反応して気がついたらしい。体を起こして頭を振り、怪訝で不快そうな顔をしている。


 廃園になった遊園地という、本来誰もいない場所で、まさか倒れている人間を見つけるとは思わなかった。彼女は一瞬ぎょっとしたが、すぐに倒れていた女性に近付き、声をかける。


「……あの、大丈夫ですか?」

「あ? ……頭痛い。何よココ。アンタ誰?」


 睨みながら、矢継ぎ早に質問してくる。意外と強い口調だったことに驚き、ギャルのような女性の質問に、彼女は素直に答えていた。


「私……は、瀬川三花です。ここは、裏野ドリームランドという遊園地ですが」

「何それ。知らないんだけど」


 ギャル風の女性は、ふん、と鼻を鳴らした。知らないというのはどちらに対してだろうか。少なくとも三花は、この女性を知らないし、ドリームランドという、廃園に遊園地のことも、調べるまで知らなかったが。


「てか、遊園地っぽいけど、誰もいなくない?」

「……ここは、少し前に廃園になったので」


 三花が、ドリームランドの場所を簡単に説明すると、女性は、はあ!? と大きな声をあげた。


「何それ、意味わかんない! なんでそんな場所にいるわけ!?」


 どうやら彼女は、ここに自分が来た経緯も覚えていないらしい。財布も携帯も、何の荷物も持っていないことを知ると、苛立った様子で喚き出す。


「ちょっと、携帯貸してよ!」


 まるで、自分がここにいるのは三花のせいだと言わんばかりの口調だ。

 仕方なく三花は自分の携帯を出したが、しかし、画面に「圏外」と表示されているのを見て、三花は固まった。


「え? まさか、そんな……?」


 確かに田舎だが、並外れて山奥というわけでもない。電波が入らないなど、あるものだろうか。

 ふと、辺りを見渡して、空を見上げると――さっきまで、目に痛いような青空だった空は、いつの間にか雲で覆われ、嵐の前のような、奇妙な空の色をしていた。太陽の前に色ガラスを重ねてしまったかのようだ。


 携帯の電波が入らないことを示すと、女性はますます癇癪を起こした。


「じゃあ、金、貸して」


 さすがに三花も躊躇うが、帰る手段がない彼女も食い下がる。


「ちゃんと返せばいいでしょ。私の名前、河野芹香(こうのせりか)。アンタの名前と連絡先聞いておけば十分でしょ?」

「はあ……」

「てか、アンタだって何でこんなとこにいるわけ?」


 そこで、三花は自分がここに来た理由を思い出す。こんな話をしている場合ではない。この妙な女性のことは、適当にお金を渡して、追い払おう。

 そうして、三花が鞄に手を入れた時だった。


 ――ママ。


 その声に、はっと三花は振り返る。突然動いた三花に、芹香もぎょっとして、三花の向いた方を見た。


「優ちゃん……?」


 そこには――三花の死んだ息子が、生きていた時と変わらない姿でそこにいた。

 自分を見つめ、手を伸ばしている。


「ママ……っ!」

「優ちゃん!」


 三花は、何もかもを放り出し、息子に駆け寄り抱きしめる。


「優ちゃん、優ちゃん!」

「来てくれたんだね、ママ」


 涙を流しながら、三花は必死に頷く。やっぱりあの夢は――優也が自分を呼んでいたのだ。


「――ひ、ひゃあああっ! 幽霊っ!!」


 芹香は、悲鳴をあげてその場から走り出していった。三花はその言葉に、息子は死んだのだと突きつけられた思いがしたが――すぐに、自分の腕の中に優也がいる、それでいいと思い直した。

 優也は、三花から少し離れると、嬉しそうな笑顔で、三花を見上げて話す。


「あのね、ママ、僕、ここにいたら、苦しくないんだ。それにね、友達もできたんだよ」

「お友達?」

「うん、あげはちゃん」


 言われて、三花は始めて、優也の後ろに隠れるように立っていた女の子に気がついた。いつからいたのだろうか。三花には、優也しか見えていなかったから、最初からいても気付かなかったかもしれない。

 年は優也より少し下か。俯いて、痩せた体つきをしている。


「あげはちゃんも、僕と同じなんだよ」


 僕と同じ――つまりは、もう、亡くなっているということなのか。

 三花は、まだ幼くして死んだ、小さな女の子がいとおしくなって微笑みかけたが、女の子は怯えたように、優也の服の袖をつかんだ。優也は、ちょっと困ったような顔で、照れくさそうにしながら、三花とあげは、二人とそれぞれ手を繋ぐ。


「ねえ、ママ、ここで一緒に遊ぼう、ずっとずっと、一緒にいて」

「優也……」


 三花は、こみ上げるものを堪え、頷いた。


「ええ。ずっと一緒よ」


 息子の手は、柔らかいが、どこかひんやりとしていた。しかし、自らの手も冷たくなってきていた三花は、それに気付かなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ