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60 苦楽は等しく、苦悩は少なく

更新速度はいつものようにまちまちですかま、ご応援頂けると幸いです


「……私に稽古をつけて欲しい?」



 そんな、意外そうな内容に驚いたミネルバの声が響いたのは、エルクゥをお仕置きした後。

 ルティア達も呼び集めて、同じ席で食事をしている時の事だ。



「君は母の加護を受けているから、そんな事をしなくても大丈夫だと思うのだが……」


「能力的には、そうだろうね。でも、実戦経験は無いに等しいんだ」


「あれだけ、魔族相手に大立ち回りを演じておいて?」


「……アレは本当に運がよかっただけだよ」



 今は俺の中で眠りについている『アイツ』の力がなければ、俺は馴れない戦場の空気に飲まれて。

 そして、立ち向かった魔族達との力量の差に絶望して、あの場で死んでいただろう。


 それが分かるくらいには、少ないながらもこちらで戦いの経験は積んできている。


 ……そう。

 経験を積んだからこそ――分かってしまった事も、あるのだ。



「エルクゥからも聞いてるんだろ? 元の世界に居た頃の俺は、実戦経験もなければそういった武術の修練経験もない……戦いとは無縁の環境の中で生活していたって事を」


「そういえば、そうだよね」


「確かに、戦う事に関しては素人当然だったな」



 その日暮らしを余儀なくされている紛争地帯と比べ。

 それなりに恵まれ、表面的には争いもなく、命の危機に晒されない環境で俺はのうのうと生活を送っていた。


 確かに、漫画や小説などで心躍るような冒険譚や心臓を昂らせるようなバトルアクションは見た事はある。

 その中の技を真似して遊んでいたこともある。


 だが、それだけだ。

 実際に戦った経験なんてない。

 戦う事が嫌い、という訳じゃない。理由も無ければ、必要性もなかったからだ。



「それにしては、かなり積極的に動けていたようだが?」


「それは、元の世界でそういう『知識があった』から。それに、魔族と戦ったのは『あの時が最初じゃない』からだよ」



 もっとも、あの時の戦いも自分の実力で戦ってはいない。

 自分の生命力を暴走させて繰り出した、一種の裏技のようなもので状況を引っくり返しただけでしかない。



「基本的に俺は、知識だけで経験が身体に身に付いていないようなものなんだ。エルクゥの加護やスキルのおかげで戦えてるだけだよ」


「だから、ちゃんと戦えるように稽古をつけて欲しい?」


「魔族にも目を付けられた可能性がある以上、手を打っておかないと危険だないからね……」



 ステータスを伸ばす事は、確かに大事だろう。

 だが、それよりも重要なのは「戦いの経験を積む」という事だ。


 チートに物を言わせて魔族という大物食いを重ねた結果、駆け足でレベルを上げてしまった俺には、本来積み重ねるべきだった戦いの経験が抜けてしまっている。

 もちろん、それが悪い事だとは、俺は思わない。


 でも、それは「ゲームなどの仮想空間の中であれば」の話だ。


 俺が置かれている状況は、間違いなく「現実」だ。


 一歩間違えれば、弱小相手でも簡単に死んでしまう。

 それが冒険者というものだし、これはどの世界であっても変わらない。共通する、世界の理だ。


 様々なゲームを触れてきたのだから、それは俺も理解している。


 だからこそ、経験不足というのは致命的になる。

 戦いで活きるのは、知恵や鍛錬を含めた「経験」の積み重ねなのだから。



「しかし、今のナナキは……」


「消耗状態なのは知ってる。無理をしないように誰かが見張ってればいいだろ?」


「それ、自分で言っちゃう?」


「言っておかないと、忘れて無茶するからな。俺が」


「ですねー。それで私が何回、動けなくなったナナキさんの面倒を見たか……」


「はいはい、あの時は悪かったって」



 エルクゥはしみじみと頷き、アルカナは苦笑。

 言い方こそアレだが、これは事実。


 これならいけるだろ、と高を括っていると後で手酷くしっぺ返しをくらうのだ。自分が。



「だからこうして、前もって釘刺してるんじゃないか」


「釘刺しておいても無茶してぶっ倒れたのは、どこの誰でしたかー?」


「……誰だったかなー」


「全く……」



 明後日の方を向いてごまかす俺に、エルクゥは呆れ顔だ。

 ……だが、これ自体は何度も繰り返してきた事でもあるので、特に気にしていない、と言いたげに視線を次女に。



「ミネルバ、私からもお願いするわ。ナナキを鍛えてあげて」


「母も賛成なのか?」


「正直な所を言えば、大反対よ。全身縛り付けてでも静養させたいですよ?」


「なら、何故……」


「男の子には、たまに見栄を張って無理をしたがる時があるんです」


「……尚更分かりませんが」



 顔に手を当てるミネルバに、説明した本人も苦笑する。

 まぁ、確かに男の子には『そういう事』をしたがる、多感な時もあるが。



「まぁ、本当に無理してそうなら、私の力で無理矢理にでも休ませますよ」


「どうやって?」


「そうですね……ちょうどいい機会ですから実演しちゃいましょう」


「……はい?」



 エルクゥがスッと腕を払うと、半透明のウインドウが表示される。

 そこに何が表示されているのは見えなかったが、エルクゥがウインドウの一部を押すと。



「――なっ!?」



 俺を取り囲むような魔力の流れを感じ取れたのも一瞬で、それが輪となり、俺の身体を拘束したのだ。


 動けない俺は、そのまま床にゴロンと転がる。

 ただ、身体を拘束する魔力の輪が俺を守るかのように大きくなったり衝撃を吸収したりしたので、俺自身にはケガはないが。



「エ、エルクゥ様、流れ人様に何をされたのですか?」


「急に輪が現れて、拘束されたようにも見えますが……」


「創造神の権限を使って、ナナキさんに『拘束の輪』を取り付けましたー」



 驚いて食事の手を止めるルティア達に、エルクゥはさも当然のように話し始める。

 言ってる内容は凄いかも知れないが、被害を受けてるこっちとしてはどうでもいい。


 拘束を解こうとしてもがいてみるが、一向に外れる気配がない。

 むしろ、暴れてもこの輪はスライムのように手ごたえがないし、身体を囲む部分がどんどん広がっていく事で動きが更に制限されていく。


「外そうとしても無駄ですよ、これの解呪は私にしか出来ませんし」


「また変な機能を作りやがって……」


「元々あったんですよ? 本当は使いたくなかったんですけど」



 嘘つけ!

 今の顔、凄く楽しそうに微笑んでるじゃないか!



「とりあえず、ナナキさんはそのまま明日まで寝かせちゃいましょう」


「おい」


「冗談ですって。ちゃんと部屋まで運びますから」


「冗談でも言っていい事と悪い事があるだろ……」



 溜息を付いて、立ち上がろう……として、手足が動かせない現状に気付く。


 ルティア達に視線で助けを求めると、気付いた二人が介護するかのような優しさで身体を起こしてくれた。

 状況から言えば、本当に介護に近いんだけどさ。身体が自由に動かないから。



「それで――ミネルバ、稽古はつけてくれるのか?」



 格好はつかないが、改めてミネルバに問う。

 これでちゃんと回答を貰えなきゃ、ただ縛られに来ただけになる。それだけは避けたいのだ。



「……そうだな。そこの二人も一緒に受けてくれるのであれば、稽古をつけるとしよう」


「「えっ?」」



 思わぬ発言にルティアとレムリアが驚いて、支えを失った俺の身体がまた床に叩きつけられた。

 ベチン、と音が鳴る事でハッとなった二人がまた身体を起こしてくれる。痛くはなかったけど。



「何を驚いている? 奴隷といっても、戦えない訳ではないだろう?」


「確かに、そうですが……」


「私達に出来るでしょうか?」


「そう不安がるな。適性を見て、それを伸ばしていくように稽古をつけようと思う。私だけではなく、姉や妹にも手伝って貰うからな」



 その言葉に、リーディアとアルカナが頷く。

 ミネルバが武術であれば、二人は魔術だろう。バランスは整っている。


 ……しかし、三女神が直々に手解きしてくれるって、この状況だけでもチートだよな。



「エルクゥは何もしてくれないの?」


「私が手を貸しちゃったら、それだけで加護とかチートがバンバン付いちゃいますよ。ナナキさんはそれでいいですか?」


「……やめとく」



 俺でもこのチートは扱いきれてないのに、それが数人になるとか勘弁してくれ。

 そうでもしないと解決が無理な状況が来るなんて、それも困るけどさ。



「――で、これは外してくれないの?」


「ついでですから、そのまま寝てください」



 最後に聞いてみたら、にっこりと笑って拒否。

 俺の扱い、酷くない?


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