54 二人の行方は
更新遅れましたが最新話をお届けします
相方については活動報告にて詳しく説明しています
「Dランクになるって事は……奴隷を購入しても問題ないんだよね?」
「新しいギルドカードを交付してからになるが、そういう事だな」
「なぁに、気になった奴隷の子でもいるの?」
「そういう訳じゃないんですけどね……」
場を取り繕いながらも、俺は気になっていた事を二人に尋ねる。
「俺が助けたあの二人もそうだけど……俺が倒れた後の事ってどうなってるのかな、と思ってさ」
「そうだね、君も関わっている事だから伝えておこう」
カタリナは手元のファイルを開いて、目的の頁を探し出すとそこに書かれていた文章に目を通す。
文章を目にした瞬間、少しだけ顔をしかめるような仕草が見えたのは、俺の気のせいではないはずだ。
「……冒険者ギルドの調査では、発見された帳簿、及びそれ以外の資料、エトワイト卿からの聞き取りからは彼女達二人に関する情報は得られなかった」
「ただ、教会の洗礼を受けている事から、あなたのような「流れ人」ではなく、この世界の住人だという事が分かったのは不幸中の幸いなのよね」
「……つまり?」
「彼女達は第三者による公的な身元証明がない以上、顧客からの信用を重視する奴隷ギルドでは預かる事も出来ないし、冒険者ギルドとしても正式な身分証が発行出来ないために登録する事も出来ない」
「このままだと最低限の物資を手渡すだけの援助しか出来ない、という状態なの」
「強制的に誘拐されたかもしれない被害者なのに?」
「個人的に手は貸せても細々としたものだ。公的に出来る範囲内で手を尽くしてみたが、これがギルド側として出来る精一杯なのだよ」
力なくファイルを閉じ、カタリナは小さく溜息を付く。
彼女も思う所はあるのだろう。それだけに、言葉や態度には表していないが悔しそうな雰囲気を感じ取れる。
「私達としては、打てる手は打った状態なの」
「支部だとはいえ、ギルドマスターという公的な立場にある身だからね。これ以上は権限外となってしまうんだ」
「そうか……」
先に考えたように、ルティア達を自分の奴隷として購入する事は状況から見ると簡単な事だろう。
身元不明なのだから、その辺りはエルクゥに頼めばなんとでもしてくれるだろうし。
しかし、彼女達の将来を考えると、安全な場所で幸せになっていて欲しいのだ。
俺のような、この世界から見れば身元も存在自体も怪しい「異世界からの来訪者」と関わってしまった事は仕方ないとしても、彼女達にはまだ、この世界に帰る場所も生きる場所もある。
その場所に戻るための手助けはしてあげられるが、その先の事なんて俺にも分からない。
少なくとも、この一件で魔族に目を付けられた可能性がある俺と一緒にいるよりは安全だろうから。
……けれど、カタリナの言葉を聞いた俺は、考えを改めた。
このままでは、ルティア達は身元の保証もないただのエルフとして社会に出されてしまう。
こうして関わった以上、目の前で知っている誰かが不幸になるのは勘弁して欲しいのだ。救えるかもしれないのであれば、尚更に。
(……こうしてる事も、実はエルクゥの手の上なのかもな)
そう考えて、自然と口元が自嘲気味に緩む。
リーディアが首を少し傾けて不思議そうに見ている気もするが、それは意識の外に追いやっておく。
今はただ、完全適応した知識を探る。
この状況を打開する情報が、確かあったはずなのだから。
そして――
「……ねぇ、カタリナ」
「なんだね、ナナキ?」
それは、見つかった。
「依頼書を……そう、依頼書だ。俺が、アーテラから引き受けた依頼書を確認したいんだけど、いいかな?」
「依頼書を? 別に構わないが……」
「リーディアは、みんなを呼んできてくれる? あの二人も一緒に」
視界の片隅でリーディアが頷くのを見て、俺は喜色に口元だけに浮かばせる。
俺の考えが。
この世界に完全適応した知識が正しければ。
この状況を打破する、一発逆転の手が残されているんだから……!
「ナナキさん、呼びましたか?」
「あぁ、呼んだよ。みんなで確認しておきたい事があってね」
リーディアと呼ばれて来たエルクゥ達が執務室に入り、関係者が全員揃った所で、俺は視線をカタリナに向けた。
彼女の手には、俺が今回引き受けた依頼の書類が握られている。
「カタリナ。今回の依頼の内容を、全員に聞こえるように読み上げて貰っていいかな?」
「あぁ、分かった」
頷き、カタリナは依頼書を読み上げ始めた。
「……隣国との国境都市、ルコミスにて奴隷ギルドの管轄と監視を逃れて違法運営されている奴隷市場がある、との情報がギルド本部に届けられた。この情報の真偽の確認、及びこの情報が真実であれば調査し、情報を持ち帰る事を最優先とした潜入調査を依頼とする」
前文を読み上げるカタリナの様子に変化はない。
「なお、この違法運営されている奴隷市場は魔族が関与している可能性があるため、魔族を討伐した経験があり、即座に潜入調査が可能で、偽装のために奴隷購入の意思を示す事が出来る者を対象とする。なお、条件を満たしていれば対象者はDランク未満でも構わないものとする」
この部分を見て、カタリナは俺に依頼を頼んだんだろう。
確かにイシュマの町では、すぐに動けそうで、魔族を退けた実績がありそうな冒険者は俺しかいなかったのだから。
「潜入調査により得られた情報は、可能な限り迅速にギルドへと届ける事を義務とする。また、市場運営に魔族が関与していた場合、可能であれば討伐を望むものである」
そして、最後の一文を、カタリナが読み上げる。
「……なお、この潜入調査の折に入手した調査対象以外の物品は、全て『この依頼を受注した冒険者の取得物とする』事を認める……!?」
瞬間、室内がざわめいた。
何が起きたか分からないといった感じで顔を見合わせるルティアとレムリア。
ほぅ、と感心したように微笑むリーディアとミネルバ。
エルクゥとアルカナは小さく頷いているから、どういう事なのか分かっているんだろう。
ただ、カタリナとアーテラは驚いた表情のまま、一字一句、食い入るように依頼書を見直している。
「……まさか。ナナキ、君は」
「二人の考えてる通りだと思うよ?」
「…………なるほど。カタリナ、あなたの言った通りに彼はとんでもない洞察眼の持ち主ですわ」
アーテラが「してやられた」といった表情で手で顔を覆い。
しかし、心の底からおかしそうに笑っている。
「確かに、その二人を「彼の取得物」とすれば「流れ人」である「ムミョウ=ナナキ」という第三者からの公的な身元証明が取れるだけではなく、ギルドに対しての登録も可能だとは……考えましたね」
「揚げ足取りみたいで気を悪くしたらすみません」
「いや、確かにこの書面通りの事実なんだ。君が謝る事ではないさ」
カタリナも合点がいったのか、言葉に覇気が戻ってくる。
その証拠に、彼女の表情は今にも笑い出しそうなくらいに微笑んでいた。
「つまり……」
「どういう事なんです?」
「君達二人の身元保証は、ナナキがしてくれる、という事だ。彼の保証があれば二人には身分証を作れるし、便宜上ではあるが奴隷ギルドへの登録をする事が出来る。無一文で放り出される、という事はなくなったんだよ」
それを聞いて自分達が置かれた状況を理解出来たのか、ルティアとレムリアの二人はお互いに抱き合って喜んだ。
……そうだよな。
恐らく、俺には言わなかっただろうけど不安だったのは彼女達だったんだ。
それがこんな形で解決したんだから、喜んでも当然だろうな。
「手続きを済ませた上で、君達がどうするかは自由だ。本調子になるまで静養する間、じっくり考えるといい」
そう言って微笑むカタリナの声は、俺達にとても優しく耳に届いたのだった。