プロローグ6 思えば、チートを強要される異世界転移って一体なんなのか
題名をタグに合わせて修正しました。
「……どうせ生きるんだったら、自分が楽しいと思えるくらいに面白おかしく生きてみたいな」
「あー、前向きでいいですね。いい傾向ですよ、それ」
ポツリと言った俺の言葉に、エルクゥが目を輝かせて反応する。
「そうか? ふと思った事を言っただけなんだけど」
「狭山さんは、その『思った事』が自分の願望や本音だったりするんですよ」
言った俺よりも嬉しそうにするエルクゥを見るとおかしいと思うが、それだけ親身になって心配してくれていた、という事でもあるんだろう。
「だからこの際、自分の望みを思うがままにバーンとォ! 言っちゃってくださいな!」
そして、どこかで聞いた事のあるようなフレーズを言うエルクゥさん。
そういえば、あちらの世界ではそのゲームをシリーズでやりこんでいたっけ。
何周したかは覚えていないが、少なくとも総プレイ時間は四桁に近いと言っていたか。
……でも、異世界の神様がそんなゲームしてていいのだろうか。
ある意味では神殺しのゲームなんだけど、ソレ。
「いいのか?」
「さっきも言ったように、私に遠慮は無用です。どんどん言ってください」
「ゲームで例えれば、シナリオを書き換えて確定イベント起こすようなものだろ、それは」
「えぇ。なので、狭山さんのシナリオだけフリーシナリオにしちゃいます」
それでいいのか、創造神。
正に『ああ言えばこう言う』というのを見せられた気がして、知らず知らずの内に溜息がこぼれる。
……だが、彼女については既に分かりきっていた事だ。
チートを神に強要される異世界転生ってなんだろうなぁ、と思いつつも、とりあえずは思いついたままに口に出してみる。
「それなら、まずは心の許せる友人が欲しい」
「背中を預けられる相棒みたいなものですね、なるほど」
「それと、互いに競い合えるライバルだな」
「冒険活劇の定番ですね」
これらの設定も自由に決められる『チート』であるのなら、自分に都合の良いものの方がいいだろう。
どうせ、この世話焼き好きな神様の事だ。
俺に都合の悪い願いなんて、勝手に書き換えてしまうに違いないのだし。
「あとは、恋人だな」
「あ、やっぱり結婚願望はありますか」
「人並みにはあるよ、出会いも金も無いから諦めてたけどさ」
「だったら婚活すればいいじゃないですか」
「……俺の生活事情を知ってて言ってるのか、アンタ」
「すみませんでした」
禁句だとも言える発言に、俺の視線の温度は急降下。
汚いモノを見るかのような冷たい視線に、エルクゥはその場で土下座するくらいの勢いで頭を下げた。
確かにそういった事に使えるだけの金額があればよかったのだが、残念な事に『雀の涙よりもマシ』といった程度しか残らないのだ。
服は半年に数度、買い物が出来れば良い方。消耗品は個数と価格を秤にかけての取捨選択。
息抜きとしてやるゲームも、発売日の数ヶ月前から倹約をして購入資金を溜める有様だ。
そんな状態なのだから、月額や年会費のかかる結婚相談所などに登録が出来るはずも無く。
誰かを飲みに誘う事もなかったのだから、この歳まで浮いた話の一つも存在しなかったのだけども。
「……でも実際、理想とする女性像はありましたよね」
「あぁ、確かにいるけど……理想が高いっていうのは自覚してるしそれが叶う事は無いのも分かってる」
「二次元のキャラですもんね、相手」
推すほどに好きな異性のキャラクター。
俗に言う「俺の嫁」という奴である。
正確には、その女性キャラを『自分の好きなように改変させた』ものではあるが、その元となったキャラクターも好きだし、二次元の存在だからこそ声を高らかにして好きだなんだと言えているのだ。
それがもし実際に存在しているとなったら、声もかけられない高嶺の花であろう事はヘタレな自分自身が分かりきっている。
そして、その理想とする女性像は、以前にエルクゥにも話してあるのだ。
「確かにそうですよねぇ、こんな女性が居るんだったら見てみたいってもんですよ」
「長い金髪で色白長身のモデル体型、クールビューティーで押しの弱い自分を引っ張ってくれるような芯のある人だけどデレると甘えてくれて可愛い……だもんなぁ」
まさに二次元の要素の塊である。
話した俺でも、そんな女性は現実に存在しないだろ、と分かりきっているくらいだ。
「しかもこれでも、色々と条件を要約してますもんね。要約した条件も付け足したらゲームのし過ぎだって言われますよ。間違いなく」
「言いたい奴には言わせておけばいいさ。理想を抱き掲げて何が悪い」
「そのまま溺死しろ、と返した方がいいです?」
「そういう返しが出来るエルクゥもゲームのし過ぎだろ」
理想を果たせぬまま死んでしまう可能性もあるのだが、それはそれ、だ。
妥協するところは妥協するが、真に自分が求めているものくらいは死の直前まで手放したくはない。
「他に、何かありますか?」
「自分の事に関しては、とりあえずは」
「欲がありませんねぇ。もっと言っても大丈夫なのに」
「俺としては貰い過ぎなくらいだって。後から増えたりはしそうだけどさ」
「でしたら、現状はこれでよし、という事で。あとは細かい調整を残すのみですね」
そう言って、先程までチェックを入れていたウインドウに指を滑らせるエルクゥ。
カタカタとキーボードを打ち込むような音が辺りに響き、ゲームでいうところのプロローグが終了に近付いているのが雰囲気で分かる。
「……俺はこの後、どうなるんだ?」
「そうですねぇ。この付近に町がありますので、その近くに転生した姿の状態で降り立って貰う形になります」
黙っているのもつまらないので、風景を眺めながら何とはなしに尋ねてみた。
エルクゥも作業をしながらだが、俺の呟きに答えてくれる。
「となると、この姿で居られるのはそれまでって事か」
「寂しいです?」
「なんだかんだで愛着は湧いてたからな」
頼んだゲームのキャラクターの姿に転生してしまえば、この姿は二度と見られない。
それはつまり、完全に元の世界との繋がりを絶つ事を意味してもいる。
見た目が変わる事に関しては、特に思い入れもないし割り切った事なのだから何とも思わないのだが。
「……せめて、親に別れぐらいは伝えておきたかったな」
遠く離れた地元に住んでいる、母親に一言くらいは伝えたくなる。
「そういえば片親でしたね、狭山さんは。母親でしたっけ?」
「あぁ。色々と迷惑はかけたけど、長生きはして欲しいよ。可能なら、孫の顔も見せてやりたいし」
「でしたら、メッセンジャーくらいなら引き受けますよ」
「いいのか?」
「ある意味、私のわがままに付き合わせたようなものですからね。それくらいで帳消しになる訳じゃないですけど」
こちらが望んだとはいえ、一人の人生を改変する事に罪悪感を感じているらしい。
その気持ちは分かるし、俺がエルクゥの立場だったらずっと気に病んでいるかもしれないだろう。
……だが、決めたのはこちらだ。
さっきのお返しとばかりに、俺は悩んでいるであろうその頭をぺしんと叩く。
「な、なにをするんですか、急に!?」
「結果はどうあれ、最後には俺が自分で決めた事なんだ。エルクゥが悩む必要はないだろ? いつもみたいに笑っててくれ」
「…………」
これが今生での別れって訳でもないのだから、辛気臭い顔をされるとこっちが困る。
それが分かったのか、ポカンと呆けていたエルクゥの顔がほにゃっと柔らかくなる。
「……そうですね。別に、二度と会えなくなるって訳でもないですし」
「だろ? エルクゥも見送る時くらいは笑ってくれ」
「前向きですねぇ」
「そうさせたのはあんただろ」
言い合って、クククと声を殺して笑い合う。
相手が異性だと分かっていても、異性としてみる必要もなく、気負う必要のない安心出来る距離感を保っていてくれた。
そんなエルクゥだからこそ、長く付き合っていられたのだ。
なら、これくらいは言ってもバチは当たらないだろう。
「……エルクゥ」
「なんですか?」
「ありがとうな、色々と」
「……死亡フラグですよ、それ?」
「そんなつもりはないんだけどなぁ」
でもありがとうございます、と笑顔で答えられる。
神に感謝されるなんて珍しい事だよな、と思っていると……ポゥ、と足元に魔法陣が刻まれて青白い光に包まれる。
同時にキーボードでの入力が終わったらしく、エルクゥがこちらを向いて立ち上がる。
「どうやら、転生と転移の準備が出来たようですね」
「そうなのか。実感は無いけど」
「大体はそんなものですよ。では、最後に友人としても。異世界の創造神としての私からも、一言だけ」
身体が浮き上がっていくような浮遊感に意識が薄れながらも、これから旅立つ俺を見送る彼女の言葉を聞く。
「名も無き英雄であるあなたを、異世界『ウィルマキア』は歓迎致します。どうか、これからのあなたの人生に幸が多からん事を……そして、いってらっしゃい。狭山さん」
あぁ、行ってくる。
そう、彼女に返事を返せたかどうか。
掠れていく意識の中、手を振る彼女に手を振り返すのが精一杯だったような気がしながらも――俺は、魔法陣の光に包まれて消えていった。
プロローグはここまで。
次話から第一章が始まります。