49 創造神はトラブルメーカー
少し遅れてしまいましたが、更新です。
俺が目覚めた、という一報はすぐにエルクゥの元に届いた。
届いた、というのは語弊があるか。ゲームで例えなくとも、プレイヤーや神という視点で俺の事をずっと見守っているんだから気付いたんだろう。
リーディアがエルクゥを呼びに行こうと立ち上がったタイミングで、勢いよく扉を開けて飛び込んできたのが彼女で。
その後ろから、慌てて追いかけてきたであろうミネルバとアルカナの姿が。
そして、その二人が見たのが、俺を絞め殺さんばかりに抱きしめている自分の母親だった……というのも、なんだかおかしな話だよな。
いや実際、痛さで本当に死にかけたけど。
でも、仕方ないよな。
あんな一方的な別れ方をした上に、一時的ではあるけど生死不明になってたわけだし。
俺としては、ビンタや怒鳴り声の1つや2つは覚悟してたんだけどさ。
「……あんな別れ方、二度としないで下さいね……ッ!」
ポロポロと泣いていた顔を娘達に見せまいと、子供みたいにグリグリと頭を胸に押し付けられたんじゃあ……普通に殴られたり怒鳴られたりするよりも、心がズキリと痛む。
計算してやったわけじゃないんだろうけど、その光景は罪悪感を覚えるには充分だ。
「……約束は出来ないぞ」
「そこは『しない』と言い切ってくださいよぉ!」
脇腹をつねり、鳩尾を狙って頭突きを繰り返してくる女神様に、俺は痛みをこらえながらも苦笑いで答える事しか出来ない。
付き合いの長い彼女も、分かっているんだと思う。
俺が約束した事に対して覚えが悪い事を。
それでも、こうして友人として付き合ってくれているんだから、彼女には感謝しないといけないな。
「母よ、そうやって抱擁を楽しんでいるのはいいが、伝えなければいけないことがあるのだろう?」
「……そうね、忘れそうになってたわ」
ミネルバの言葉に、エルクゥは俺の服で涙を拭うようにしてから身体を起こす。
目元が赤いし微妙に鼻声になっているから、ミネルバ達も気付いてはいるんだろうけど……そこは、気付いていない振りをしてくれているらしい。
「伝えないといけないこと?」
「あぁ。これは君にちゃんと伝えておかないといけないことだからな」
そう言うミネルバの表情は、どこか楽しそうだ。
よく見れば、リーディアもアルカナも笑っているようにも見える。
「ナナキさん、今後の旅には私達も同行することにしました」
「そっか」
「驚かないの?」
「何となく、そうするだろうなって予感はあったんだよ」
リーディアに言われたからではなく、エルクゥだったらするだろう、という予測はしていた。
そうでなくとも、エルクゥから監視役として誰かが付けられるであろうことは以前から考えていたのもある。
それがたまたま、今回の事と重なっただけだ。
「エルクゥは分かるとして、リーディア達も?」
「そうだよっ!」
「君といれば、母が書いたシナリオよりも面白いことが起きるだろうからな」
「起きるのは確定なのかよ」
まぁ、ウィルマキアに召喚した時には、俺に「幸せだった」と言わせるためにある程度の筋書きを創ったシナリオを用意していたようだから、仕方ないのかもしれない。
それに沿わされている可能性は否めないが、エルクゥの言葉を借りれば「俺のシナリオはフリーシナリオになっている」らしい。
また、こんな風にイベントが頻発しているのは「シナリオを改変するだけの何かが働いているから」らしい、とも言っていたが。
「ちなみに、私達はナナキさんが旅の途中で助けた事のある冒険者一家、という設定になってますのでよろしくお願いします」
「ん、分かった。とりあえず後でその設定を詳しく聞かせて」
「はい。これが、伝えたい事の一つ目ですね」
「一つ目ってことは、まだあるのか」
「もちろんだ。逆に聞きたいこともあるが、それはまた別の機会にする」
聞きたいこと、というのは俺の中に居る『心の闇』のことだろうか。
根掘り葉掘り聞かれるんだろうな……覚悟しておこう。
「二つ目は?」
「貴方が入れ替わっている時に出会った、魔族についてです」
あの竜の仮面の魔族か。
俺の中のアイツですら居合いの太刀筋が見えず、戦っても勝つ事が出来るか分からない相手であり、爵位を持っていて強硬派と呼ばれる組織と対立しているであろうことしか情報がない。
些細な情報でも構わないから、今の俺としては入手しておきたいところではあった。
「彼の名前は、セルシュ=ヴァルゴ=ローザリア。魔族にして小国を治める侯爵貴族の領主だ」
「小国持ち?!」
「それだけ、彼の一族は魔族の中で権威を持っていた、という事だ」
礼儀正しい話し方や隙も乱れもない立ち振る舞い、そして爵位持ちということから貴族だというのは予想していたが、まさか、小さいながらも国を統治しているとは。
魔族の中枢人物に近しい一族の出身であれば、あの強さも納得だ。
「……ちょっと待ってくれ。権威を『持っていた』とはどういうことだ?」
だからこそ、ミネルバが過去形にして言った言葉が気になる。
強硬派だのなんだのと言っていたのは、もしかしてそれが原因なのか?
「鋭いな、ナナキ。そして、魔族の中で『穏便派』と『強硬派』に分かれているのも、彼の一族が権威を失った原因でもある」
「……詳しく聞かせてくれ」
やはり、彼は彼なりに戦っているらしい。
強硬派を毛嫌いしていたことから穏便派なのは確かだが……何を理由にして対立しているんだ?
「魔族は今、大きく分けて二つの派閥に分かれている。自分達以外の種族を根絶やしにするべきだと唱える『強硬派』と、過去の対立を糧に共存を目指そうとしている『穏便派』の二つだ」
「彼の一族は穏便派ではありますが、過去の大戦で魔族の繁栄に貢献したため、小国ではありますが自治領を与えられた経緯があるんです」
「その過去の大戦って、この世界の昔話にもなってる「魔大戦」の事だよな」
――魔大戦。
それは、数百年以上も前に、魔族がウィルマキアに住む全ての種族に対して宣戦布告を行い、それによって引き起こされた大戦争。
当時は陸続きで繋がっていた領土がこの大戦による戦闘の結果で大地を削られたり割られたりして、海に沈んで残った領土が、今のフリーデュイス連合の原型となっている。
それだけに、人々は昔話として、教訓として語って継いでいる。世界の各地には当時の傷跡を残す場所が数多く存在していて、霊峰ラケスタもそうして形作られた傷跡の1つだ。
「魔大戦後、魔族は世界の表舞台からは消えたが、それは力を蓄えるためだ。そして今、魔大戦で辛酸を舐めさせられた魔族達の多くが強硬派となって、魔族達を統制している」
「……穏便派の魔族は、魔大戦後に生まれた魔族が多い。彼自身は大戦後の生まれだけど、一族は穏便派。そこを、狙われた」
「魔族は強硬派が占める割合が多く、政敵でもある穏便派の彼の一族は権限を剥奪。貴族としての名前だけが残される形になりましたが、その強さは本物。だから領土は取り上げにならず、今も自治領となった自分の国を守るために奮闘しているようなの」
「そして、強硬派側の魔族は各地で様々な工作を行っているそうだ。ナナキがコルフェ山で遭遇した魔族も、今回の領主に成り代わっていた魔族も、強硬派側の魔族だったようだ」
「だから、人間やそれ以外の種族に対して、色々な形で危害を加えようとしてたのか……」
なるほど。
これで、あの時に倒した小悪魔達の不可解な行動がようやく繋がった。
あの小悪魔達は、子竜を「人間が殺した」と思わせることで、怒りに狂わせたフランディールを暴れさせようとしていたのだろう。
それを、俺がギリギリのところで防ぐ形になった……ということなのか。
加えて、ローザリア卿が言っていたように、領主に成り代わっていた魔族は町や村を襲っては人間以外にも様々な種族を誘拐し、奴隷として売り払っていた。その目的も、人間同士を争わせるため。
……本当、ろくでもない事をしてくれるよな、強硬派の魔族は。
「……今はまだ、ナナキの事を特定されてない。けど、今後はその可能性が高くなる」
「どこで魔族と繋がっているか分からないからな。それだけは覚えておいてくれ」
「分かった、俺も今は魔族に追われたくはないからね」
こうして関わった以上、いつかは相対する可能性はあるだろう。
もしかしたら、あのローザリア卿とも、だ。
けれど、それは今じゃない。
それまでに、俺も力を蓄えておかないと。
「――で、これが最後なんだけど……」
決意を新たにしていると、エルクゥが言いにくそうに頬をかきながら半笑いを浮かべた。
エルクゥがそうやって笑う時は、なにか「とんでもない失敗をやらかした」時だ。
俺も元の世界にいた時に、よくこの笑い方をされて失敗の尻拭いを手伝わされたもんだ。コスプレイベントなのに衣装がまだ出来てないとか、ゲームがクリアできないから代わりにやってとか、結構な回数だったが。
「エルクゥ、今回は何をやらかした」
「あははー……怒らないで聞いてくれる?」
「内容による。さっさと白状しろ」
この状況でとんでもない失敗とか勘弁してくれ。
一体、なにをやらかしたんだ?
「えーとね。その……あの奴隷だった二人に、私達が神様だってバレちゃった。てへっ」
ぶちっ。
「よし三人とも逃げないように捕獲しろ」
『了解』
「えっ? ちょ、ちょっと待ってなにするの!? 怒らないって言ったじゃんかーッ!」
「内容による、と言っただろうがこの駄女神がぁっ!!」
「ぴぎゃーっ!!」
全身筋肉痛で動けないはずだったのに、この時だけは全力でエルクゥの頭にげんこつを落とせた。
かんじょうのちからってすげー。
次回更新は1週間以内に行えるよう準備いたします