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48 偽善の代償は

ひとまず投稿だけ。

章設定は後程。


 ……感覚が酷く曖昧だ。


 例えるなら「全自動洗濯機の中で廻されている洗濯物」とでも言えばいいのか。


 上を向いているのか、下を向いているのか。

 そもそも自分が立っているのか、寝転がっているのかすらも分からない。


 身体も動かないのではなく、動かせない。

 型通りに成型された人形のように、指先1つも動かせないのだ。


 加えて、自分という存在が曖昧なものになっている。

 自分を構成している枠組みが解けて、中身が流れ出して溶けているような気もする。


 そんな状況に陥っていながらも――俺の頭は、自然と落ち着いていた。

 いつかはこうなるであろう、と予測していたのかもしれない。



 ……だからこそ、思うことがある。



(俺は……何者なんだろうな)



 自問自答しても、明確な答えは返ってこない。

 ただ、遠くから聞き覚えのある声が、嘲ったように笑って答えたのだ。



 そんなもんはさっさと起きて、自分で見つけやがれ――と。















 水の中から浮上するように、ゆっくりと意識が戻ってきた。

 目覚めたばかりでまどろんだ感覚は抜けていないが、それも楽しんでいる暇もなく去っていくのだろう。


 意識が戻る間際に聞いた、俺を嘲り笑いながらも背中を押したあの声。


 その声の主に思い当たる節がありすぎて、自然と苦笑いが浮かぶ。



「全く……優しくねぇよな。普通の事だけどさ」



 身体を起こし、顔に手を当てて頭を振りたいところではあったが……全身が鉛のように重いのだから仕方ない。

 とりあえず、手足は動かせるし四肢は繋がっているのだから、これ以上の贅沢は言わないでおこう。


 今はひたすら寝転がっているだけしか出来ないのだから、これを好機としてゆっくり休んでしまおう。


 そんな風に考えていると、パシャンと何かがこぼれたような音が。

 物音に驚いてそちらの方向を見ると、中身の水とタオルらしい物体を投げ出した洗面器のようなものが。



「……あ」



 そして、その物音を立てた人物と目が合ってしまう。


 見間違いでなければ、その人物は、以前に俺の寝顔を見ていた人物なのだが。



「え……リーディア? というか、え?」



 また【神託謁見】でも発動させられたのか、とログを見るも、目覚めたばかりで漁るほどの情報は出来ていない。

 それに、見渡す限りの白い空間ではなく、人の雑踏や話し声、窓から差し込んでくる日の光といった「日常の光景」が視覚情報として入ってきているのだ。

 加えて、俺自身が宿屋に置かれているようなベッドに寝かされているのだし。


 状況的には、意識不明だった人物が奇跡的に目を覚ましたドラマの展開、みたいなことになっているんだろう。


 洗面器を落としたリーディアは、自分の足元が濡れているのも気付いていない感じで、今にも走り出しそうな勢いでこちらに歩み寄ってくる。

 そして、身体を無理矢理起こされるとギュッと強く抱きつかれた。


 全身を走る筋肉痛のような痛みも辛かったのだが、普段は眠たそうに目を細めて穏やかにしている彼女が目に涙を溜めていたのを見ると、これくらいのことは黙って受け入れろ、と言われているようでならない。


 実際、抱きしめている彼女の腕にはかなりの力が込められていた訳だから。



「……ナナキ、だよね?」


「そうだよ」


「……本当に、ムミョウ・ナナキだよね?」


「リーディアの目には、俺がどう見えてる?」


「……うん。その口調、本当にナナキだ」



 そう言って、ほにゃあ、と花が咲いたように微笑む知識と商業の女神様。

 微笑んだ拍子に目から涙がこぼれたが、それだけ彼女に心配させてしまったのだろう。


 ……全く、困ったもんだよな。

 こんな風に微笑まれたら、邪険に出来ないというかなんというか。



「ところで、ここはウィルマキアだよな? いつもの白い空間じゃないよな? どうしてリーディアがここにいるんだ?」


「……ナナキ、質問は1つずつして。一気には答えられないわ」


「あ、そか。ごめん」



 聞きたいことを尋ねたら、むぅ、と頬を膨らませてたしなめられた。

 確かにその通りだとは思うけど、気になるんだから仕方ないだろー?



「……とりあえず、色々と聞きたいことはあると思う。でも、まずはみんなに伝えないと」


「みんな? 他にも誰か来てるのか?」


「……母も、ミネルバも、アルカナも。みんな、あなたを心配してこちらに来てる」


「マジか」



 さらっと告げられた、創造神とその娘達の地上顕現、という事実。

 こんなことが世界に知れたらとんでもないパニックになるに決まっている。



「別に、俺みたいな奴のためにそんなことをしなくてもいいだろうに」


「……ナナキと入れ替わってた『彼』に頼まれたから。こうなった時のフォローを頼むって」


「あんのやろう……」



 苦虫を噛み潰したような表情で、今頃は腹を抱えて笑っているであろう「アイツ」のことを思い浮かべる。


 いつかは決着を付けなくては。ある意味では俺自身だけども。



「……それに、忘れてるかもしれないけど、ナナキは母が選んで加護を与えた英雄。その英雄の危機に応えない神なんていない」


「あー……」



 自分でも忘れていたが、エルクゥの加護がある、ということはそういうことなのだ。

 まぁ、元の世界の神様は過剰な接触を避けるために「加護を与えたら死ぬまで放ったらかし」というのが多いのだが。


 エルクゥの場合は「俺と現実的な意味での友人である」という繋がりもあるから、それも仕方ないのかもしれない。



「エルクゥ、怒ってる?」


「……覚悟しておいた方がいいと思う」



 神妙な顔で頷かれ、俺は天を仰ぎたくてーーそれが出来ない状況に、深いため息を付くしかなかった。


 恐らく、過保護なあの神様のことだ。

 これをきっかけにパーティに入り込んで、離脱させないようにあらゆる手を使ってくるだろう。



「……腹、くくるしかないかぁ」



 もう少し一人旅を楽しんでいたかったが、これも自業自得だと諦めるしかないのだろう。

 裁判の審議を待つ罪人のような気分で落ち込む俺を見て、リーディアはクスクスと笑っていたのだった。

 


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