幕間1 あなたの子供は元気です
青い緑に溢れる野山。
チョロチョロと音を立てて流れる小川。
辺り一面の水田に、高く聳え立つように築かれた壁の向こうには、潮騒の音。
文明の発展に全力を注いでいるような現代社会において、この場所だけ時間が止まってしまっているかのような感覚を覚えながらも、私は歩いている。
目指すのは、そんな田園風景の中に建つ一軒の家。
ここに、彼……ナナキさんの。狭山さんの母親がいる。
彼に「渡して欲しい」と頼まれたものを持って、私は戸を叩く。
「ごめんください」
「はぁい、どなたですか?」
がらりと開けられた引き戸の先には、彼によく似た顔つきの女性が。
私の顔を見て一瞬、怪訝そうな表情をするが、すぐにその表情を明るく変える。
「……あら、エルちゃんじゃない!」
「はい、お久しぶりです」
「本当ね、よしくんは元気にしてる?」
「えぇ、元気にしてますよ」
ちなみに「よしくん」とは、ナナキさん……狭山さんのことだ。
いつまで経っても、親にとっては子供は子供なんですね。
ついでに言うと、私の事も「エルちゃん」と呼んで、実の娘のように可愛がってくれていたりもする。
「電話でも伝えてたと思いますが、なかなか帰れなくてごめん、と言ってましたよ。正月も怪しいとは言ってましたし」
「んまー、そんな事気にしなくてもいいのに。電話だけでもくれれば充分なのに、あの子は……」
そう言って、朗らかに笑う彼のお母さん。
……でも、本当の彼は、今はこの世界にはいなくて……
「どうしたの? あの子に何かあった?」
「――えっ!? いや、そんな事はありませんよ!?」
「エルちゃんに迷惑かけてない? あの子、変な所で強情っ張りだから」
「あははは……」
やはり母親だ、と思うのはこの勘の良さだ。
彼が何をしているかを知らなくても、何をしたか、というのを感覚で感じ取っている。
その勘の良さに、実際に迷惑をかけられた私としては苦笑いを浮かべるしかない。
「あ、そうだ。彼から「お母さんに届けてくれ」って預かってるものがあります」
ごそごそと鞄を探り、私は封筒を取り出す。
この中に入っているのは、彼が渡してくれたスマホに入っていた写真を現像したものと、母親に宛てた手紙だ。
彼に【神託謁見】を発動させて、その時に預かったものだったりする。
手紙に関しては私も見てないので、何が書かれているかは分からないのだけども。
「……何が書かれてるの?」
「なんて事はない、こっちで元気にしてるよって旨の内容よ」
心配させまいと、嘘の内容を書いているのか。
流石に「異世界にいます」とは書けないから仕方ないのかも。
「こっちの写真は……まぁ綺麗ね! どこで撮ったのかしら?」
「私にも分かりませんね、たまにふらっとどこかに出かけてるみたいで」
素直に「異世界の光景だ」とは言えないので、そこは私の方でもごまかしておく。
「私も、仕事の途中で抜けてきたんで、そろそろ行かないと」
「あらそう? 慌しいのね」
「これでも私、出来る女ですから!」
「そうなの? 私から見ると、ドジっ子みたいな気がするんだけどねぇ」
うぐっ。
やっぱり、狭山さんと同じ血を引いてるだけあって、ズバッと言ってくれますねぇ……!
「……ねぇ、エルちゃん」
「はい、なんですか?」
「もし、向こうに戻ってよしくんに会えたら、言っておいてくれる?」
出ようとすると、急にしんみりとしたお母さんに呼び止められました。
伝言くらいなら別に構いませんけど……?
「私の事は考えなくてもいいから、よしくんは、よしくんが幸せになる事だけを考えなさい――って」
……もしかして。
この人は、なんとなく「気付いて」いらっしゃるんでしょうか。
狭山さんが「この世界にいない」事を。
「……はい。伝えます、必ず」
「えぇ、お願いね。あと、いつでも遊びに来ていいから、顔を見せてちょうだい?」
「もちろんです!」
私の都合で、一方的に彼の人生を奪ってしまったんですから……それくらいは引き受けましょうとも。
だからこそ、こんなところで終わらないで下さいね?
――私達の英雄様。
この話をもって、第一章は終了となります。
途中、駆け足になりましたがまずは一区切り。
来年も彼らの異世界冒険を楽しみにお待ちください。
今年はありがとうございます、そして来年もまたよろしくお願いいたします。




