46 囚われの双子姉妹と英雄の帰還
障害となっていた魔族が一掃され、目指すは最上階。
サーチマップで隔離されたように壁で仕切られている「謎の空間」を確かめるために、階段をひたすらに駆け上がる。
……時間的に、俺が表層に出ていられる限界が近い、というのもあるんだが。
駆け上がる最中、通り過ぎる通路の壁に備え付けられた採光用の窓から見える、東の空。
深い群青色の層が薄れて、少しずつ白の色合いが混ざって朝焼けの橙色と薄い空色が増え出している。
太陽が本格的に顔を出して、地平線から完全に抜け出るまでが勝負だろうな。
それまでに、ここでやっておくべきことは済ませてしまいたいんだが……っ!?
「――っと!」
本格的にやばいのか、段差も何もない廊下の真ん中で足をもつれさせて転びかけた。
とっさに柔道の前回り受身の要領で転がって、その勢いのまま立ち上がると走り出す。
こんなところで時間をかけてはいられないんだよ……ッ!
そして、その勢いのままに最上階へ。
領主が使う執務室に入り、ここから壁に仕切られた「謎の空間」に入るための手がかりを探す。
「スキル発動――【透視による精密調査】ッ!」
本当は執務室を色々と探ってみたくはあったが……今は時間がない。
残された時間を有効に使うためにも、スキルを使って怪しいところを徹底的に調べるのが先だ。
蒼く僅かに光る本棚の一部を探り、本に見えるように細工されたスイッチを奥へ押し込んでみる。
すると、本棚ごと奥の空間に押し込まれるように移動し、隠されていた空間へ続く扉がその奥から現れた。
「こういう隠し方は、定番だよな……」
施錠されているだろうから、解錠用の魔術を詠唱する。
加えて、立て続けにスキルと魔術を使用した事で早まったタイムリミットを考え、あの女神様に通信を繋げておく。
(聞こえてるか、創造神様)
――聞こえてるわ。状況は良く分からないけど、今から向かえばいいの?
(あぁ、頼むわ。限界が近くて、今にも意識が吹っ飛びそうだ)
――意識が飛んだらあなたが死ぬって事はない?
(主導権が変わって、俺からアイツに戻るってだけさ。ただ、前に伝えた通りに消耗してる状態だから、何かしらのフォローがいる状態なのは間違いねぇ。知らない奴にアレコレされるよりも、アイツが気を許してるあんたらの方がまだマシだろって訳さ)
――信用はされてる、と思っていいのかしら?
(さぁな。そいつは本人に聞きな)
そう言って、俺は通信を切る。
アイツが創造神様を信じるに値する人物だと評価して信用しているのか、頼ってもいいと思えるくらいに信頼しているのかは、正直な所を言うと分からない。
だが、アイツは何だかんだで人を視ているし、一度嫌った相手とは一線を引く性質がある。
そんなアイツが、数年も変わらず友人として付き合っている相手だ。
数度しか言葉を交わしていない俺でも、信用出来る相手だと思えるさ。
「……よし」
魔術が正常に発動し、鍵が開けられた音が響く。
その音に気付いたのか、扉の向こうからジャラリと鎖の鳴る音が聞こえた。
地下牢のエトワイト卿のように、ここにも鎖で繋いでいる誰かがいるのかよ……!
「おい、大丈夫か――ッ!?」
そして、急いで開けた先に広がっていた光景に、俺は言葉を飲み込んだ。
天井から伸びる鎖と手枷に繋げられて、部屋の中央で吊るされていた人影の正体。
扉を開けたと同時に、窓から差し込んできた朝焼けの光で照らし出されたのは……二人のエルフの女性だった。
一人は、床まで届きそうな長さで金糸のように日の光を受けて輝くブロンドヘアーに、肌の下の血管まで透けて見えてしまいそうな透明感のある白い肌をしていた。中世に創られたという大理石の女神像のように調えられたその肢体と美貌は、長い幽閉期間であっただろう日々を経ても失われてはいないようだ。
同じように吊るされているもう一人のエルフも、同じように女性として魅力的な肢体と美貌の持ち主だが……日の光を受けると白く輝く銀色の髪に日焼けをしたかのような褐色の肌……と、髪と肌の色の違いを除けば、まるで鏡写しのようである。
そんな二人が着せられているのは、地下にいた奴隷達と同じように傷みの激しい布切れだけ。
まともに身体を覆い隠せていない状態である二人を見て、俺は真っ先に執務室にあったクローゼットを開け放つ。
「少しはまともな服を着せろよな、お約束だとしてもよぉ……!」
適当に服を引っつかみ、それを持って再度二人の所へ。
二人はあの偽者の領主のお気に入りだったのだろうか、この隠し部屋の床はそれなりに清掃されていて汚れてはいない。
そこに持ち込んだ服をぶちまけて、何をしているのか分からずにキョトンとしている二人の視線などお構い無しに、視線を二人の手首に付けられた手枷に向ける。
……それほど難しい構造のものじゃないな。
「今からその手枷を外す。少し待ってくれ」
「え……あ、はい」
返事を聞いてから、俺は椅子を引き寄せて二人の足場を作る。
そして、解錠魔術を唱えるとカチャリと音を立てて手枷が外れた。手枷を付けられていた二人の手首に傷がないかが不安だったが、どうやらその心配は無用だったようだ。
「えっと……その、ありがとう」
「でも、どうして……? そもそも、貴方は誰なの?」
「……ギルドの依頼で来た、ただの冒険者だよ。助けたのは、自分がそうしたいと思ったからだ」
嘘は言っていないし、助けたいと思ったのは本当だ。
後ろで服を着ようとしている布擦れの音を聞きながら、俺はそっと部屋を出る。
……そして、確認を取るために女神様と通信を繋げる。
(おい、どういうことだ)
――まだ意識はあったのね。というか、何が?
(前に言ってた、恋人候補って奴……俺の後ろにいるあのエルフで間違いないのか)
――そうだけど?
(俺もアイツも『二人もいる』とは聞いちゃいねぇぞッ! アイツ、俺の中でパニクってるんだがッ!?)
――そりゃあ、言ってないもの。ふふん、驚いたでしょ?
驚いたに決まってるだろうがッ!
俺の中で入れ替わろうと起きてたアイツがあの現状を見て、ネコとネズミのアニメーションみたいな驚き方してぶっ倒れてるんだぞ!?
(……これでアイツがお前らに不信感持っても知らねぇからな)
――えぇー!? ちょっとぉ、それは困るんだけd
……ブツッ。
文句を俺に言われても困るので、こっちから通信を切った。
そういう、勝手な事をするから「たまに付き合いきれない」って拗ねるんだよ、アイツが。分かってるのかね、あの女神様は。
それに、サーチマップにあの女神様達の反応が見えた。
全員でお越しになってるらしい。どれだけ好かれてるんだろうな、コイツは……羨ましい事だ。
「さて、と……」
執務室のソファーに座り込み、今にも飛んでしまいそうな意識を何とかしがみ付いて止める。
正直に言うと、これ以上の行動は無理だ。
身体から力が抜けて限界に来ているし、視界も歪んで色を失い始めてる。
死ぬ訳じゃあないが、脳が無理矢理にでも機能停止させて休息を求めてる状態に近い。
それでも……ちゃんとケジメはつけておかないとな。
(頼まれた通りに『仕事』は終わらせたぜ、あとはお前に任せる)
「……うん。ありがとう」
耳に届いたのは、この身体が聞き慣れた優しい声。
暗殺者めいた気配が霧のように溶け、最初から存在していなかったかのように消えていく。
「――お待たせッ!」
「ナナキさん、大丈夫ッ!?」
扉を開け、飛び込んできたらしい女神達の声を薄れる意識の中で聞きながら。
手を上げて反応しようにもピクリとも動かせない自分の身体に呆れた笑いを浮かべながらも。
――ムミョウ・ナナキの生体反応を確認しました。接続を再開します。
女神達と彼にだけ聞こえるシステムメッセージが、招かれた英雄である「彼」の帰還を告げていた――。
次話で第一章のエピローグとなります。




