37 そして英雄は凶気に嗤う
館を離れ、町からも少し離れた平原の中。
そこでギルドに向けての報告書を書き上げ、それを封筒に入れて封をする。
すると、ポンッ、という破裂音と共に煙が起こり、煙が晴れるとそこには一匹の鳥が立っていた。
魔法生物の一種で、飛び立てば飛竜便ほどの速度で相手のところまで届けてくれるという代物だ。元の世界でいうところのメールがこの世界にはないので、これが最も速く相手の元に届けられる手紙なのだとか。
ちなみに、立体投影式の幻影を使って遠く離れた人物と話が出来る、テレビ通話のような魔法は存在するらしい。
技術ではなく魔法、という辺りに幻想世界を感じるんだが。
「……頼むぞ」
頭を撫で、両手で掬い上げるようにして鳥を宙に放つ。
この鳥の速度であれば、半日もしないうちにカタリナのところへ届くだろう。
翼を動かしては空を駆け抜けるように速度を上げて消えていった魔法生物を見送って、俺は町へと振り返る。
視線の先は、ルコミスを見下ろすように高台に聳え立つ領主館。
それを見つめ、俺はゆっくりと片手で顔を覆い――
「……ふふ。ふふふふふふ……」
今まで堪えていたものを、解き放つ。
「――フハハハハハハハッ! アーッハッハッハッハッハッハッハ!!」
笑った。
それはもう、人目を気にせず大いに笑った。
悪役みたいな笑い方になったが、それすらも気にしていられないくらいに。
俺自身、最後にこうやって腹を抱えて笑ったのか覚えていないのだ。
それなのに、こうして腹を抱えて笑えている。身体は覚えていた訳だ、以前にそうしていた事を。
そして、ここまで町から離れて笑わなければいけなかった理由は、単純なものだ。
「まさか……あの場に居た奴らが全員『魔族』だったなんてねぇ……」
エルクゥに願い、手に入れた新たな力ーースキル【真実の眼】。
それによって写し出された領主館の奴らは、全員が何らかの魔族だったのだ。
恐らく、あの場所にいる人間は、奴隷として捕まっている人達だけしかいないのだろう。
「けど……そうか」
コレが事実なのなら、俺は『人を殺してしまうかもしれない』という不安から救われた訳だ。
それを喜んでいいのかどうかは、今の俺には分からない。
けれど、たったひとつのシンプルな答えがある。
「……あいつらは、俺を怒らせた」
思い出せば、今でも吐き気がするほどの怒りが胸に渦巻いている。
だが、それを払拭出来るだけの理由が存在する。
だったら、行うだけだ。
「……エルクゥ。聞こえてるか」
ーーはい、聞こえてますよ。
周囲に誰もいない事を確認して、俺はエルクゥとの【神託】を口にする。
「今回は止めてくれるなよ」
ーー止めませんよ。むしろ、私も協力しますから。あんなの見せられてて冷静になっていられませんよ。
エルクゥも腹に据えかねていたんだろう、届く言葉に苛立ちが混ざっている。
ーーそれで、私は何をすればいいんですか?
お望みでしたら何でもやりますよ、と弾んだ声で尋ねるエルクゥに……俺は。
「そうだな、それじゃあ……」
想像通りであれば、PCのモニター越しに。
こちらの世界側の認識であれば、見下ろす形になるであろう空に向かって。
精一杯の笑顔で、エルクゥに告げる。
「これから俺が事を終わらせるまでーー黙って見守っていてくれないか」
ーーえっ? それはどういう……
疑問を口にしようとしたエルクゥの言葉も聞き終えず、俺は「ごめん」と呟きながら【神託】を強制終了させる。
事が終われば、エルクゥからは質問攻めに遭うのは確実だろう。その未来は確実に避けられない。
だが、それでもーー進まなければならないのだ。
(教える事の出来ない『秘密』や、教えたところで理解もされない『過去』の1つや2つは、誰にだってあるんだよ……エルクゥ)
届く事はないだろう呟きを心の中でして。
力を抜き、ゆっくりと目を閉じる。
(……我は望む。現状を打破する力を)
意識を闇へ。
深く、深く、深淵の中に沈めていくように意識を集中する。
今、この時、何が必要なのか。
結果だけではなく、過程も含めて、思考を全力で回転させる。
(……汝は望む。仮初の意思と肉体を)
周囲の音が聞こえなくなるほどの集中と精神統一に、少しずつ自意識が薄れていく。
……そして。
タ ノ ン ダ ヨ 。
口を動かしても言葉にならない呟きを最後に、俺の意識は深く沈む。
「ーー任せておけ」
その呟きに答えたのは、彼自身だ。
しかし、その声と片手で覆い隠した表情はーー凶気に歪み嗤っていて。
ーームミョウ・ナナキの生体反応を確認できません。接続を解除します。
虚空に響き渡るシステムメッセージ。
それを聞き取れるはずの彼の姿はーー平原から一瞬にして消え去っていたのだった。
第一章もそろそろクライマックス。
主人公の『秘密』と『過去』が少しずつ明らかになっていきます。




