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36 逆転の一手

誤字と文章の修正を少々行いました

 男達が集められていた地下牢とは逆に、館内部を上に進んでいく。

 物理的に階層も分けられているのは、顔を合わせられると困る理由でもあるからなんだろうか。


 そして、明らかに地下とは環境が違う。

 上流階級の事をあまり知らない俺でも分かるくらいに、廊下や壁、照明などに高価な装飾品が使われているのだ。


 その横を通って進んでいけば、サーチマップでも反応があるように、奴隷となった女性達が集められているらしい部屋の前へと辿り着く。



「この中にいるのか?」


「えぇ。ですが、あまりジロジロと見られませんように」


「どうしてだ?」


「この部屋に居るのは、まだ奴隷としては半人前……商品としてはまだ未完成のものばかりなのです。そのようなものを客に見せるのは、こちらとしては不本意なのです」



 なるほど、と頷いてはみるものの、ギルド公認の奴隷市場を見た後では『その言葉には裏があるのではないか』と勘ぐってしまう。


 加えて、地下牢にいた男達の証言だ。

 元々は一緒に居たところを「無理矢理」引き離している、という話を考えると……この商人の話はどうにも胡散臭く感じられる。


 こちらを見る視線も、少しではあるが怪しんでいる節もある訳だし。



「それなら、少しだけ見せてもらうぞ」



 一呼吸置いて、扉を開ける。

 その音で中からざわついたような声が聞こえてくるが、それを無視して部屋の中へ。


 そして、部屋の中にいる奴隷に視線を向けて……俺は言葉を失う。



(……マジかよ)



 そういう風にして反抗の意思を殺ぐ、という話は聞いてはいたが、実際に目にするとは思ってもいなかった。

 そういう意味では俺も覚悟は出来ていなかったのだが、それは俺に裸を見られた女性もそうだったのだと思う。


 申し訳程度に配られているらしい布切れで自分の身体を隠し、羞恥に顔を背けたり泣き出していたりする女性奴隷達を目の当たりにして、俺は何も出来ない歯痒さと今すぐ解決できない力の無さを感じる。



「……責任者は席を外している、といったな」


「はい。奴隷の仕入れの為に方々を廻っているので、こちらに長く滞在する事は稀です」


「じゃあ、この奴隷を管理している人物は何処にいる」


「それは、こちらの運営に関わる事ですのでお教えできません」



 ……だろうな。

 恐らく、実際には『ここにいる』んだろう。


 だが、仲間でもなければ顧客でもない俺にそこまで教える義理はない、というところか。


 俺を監視している兵士の様子も物々しくなっている。

 何か怪しい素振りでもしてみれば、すぐに周りを取り囲まれるはずだ。



「……すまない。奴隷を買う事に慣れていなくて少し取り乱した」


「そうでしたか。では、そろそろ部屋を出ていただけますか。奴隷に悪い影響を与えるといけませんので」


「……あぁ」



 ここは従うままに部屋を出るとしよう。

 警戒を強められて自由に動けなくなるのも嫌だが、変に奴隷達に何かをされるのも避けたい。


 今のところは、女性達が何かをされている様子はないが……それも時間の問題か。



「それで、お気に召した奴隷はいましたか?」


「何人かは、な。実際の金額はまだ秘密なのだろう?」


「まだ商品としては完成しておりませんからな。これから『教育』を施すところです」



 教育、か。

 男の奴隷はただ売り払うだけなのに、女の奴隷には手間をかけるのか。


 ……分かってはいたが、本当に『闇市場』なんだな。二つの意味でも。



「その『教育』が終わるのは?」


「一週間、といった所ですね。それまでにご用意出来そうですか?」


「努力してみよう」



 出来るとは言わないが、約束するとも言わない。

 そもそも、この闇市場の人間は信用が出来ないのだから当然だとも言えるのだが。










 階を降り、中央ホールへ。

 そこで偶然にも、新しく「仕入れ」てきたらしい奴隷の列を見る事が出来た。


 この段階で既に男女で分けられているらしく、親子らしい母親と子供が泣き叫びながら引き離されている光景が繰り広げられている。

 何とかしてやりたいが、奴隷達の事も考えると無闇に動けない。

 看守役の兵士が子供を殴りつけて黙らせ、強引に引きずって階下に去っていくのを、母親がその場に泣き崩れて見送っていた。



(……こんな事が、あっていいのかよ)



 知らずに握り締めていた拳が震えていた。

 元の世界でも知らないうちに繰り広げられていたであろう光景が、目の前で生々しく行われている。


 それを止めるだけの力が、今の俺にはあるのか?


 チートを駆使してでも、それを達成出来るだけの力が――



(……ない、な)



 例え、原理の不明なスキル『ライフ・サクリファイスブースト』を自在に使えたとしても、この状況をひっくり返せるだけの力を持っているとはいえない。

 それは、どんなに贔屓目で楽観的に見ようとしても、だ。

 仮にそれが出来たとしても、それは自分の命を完全に投げ出しての成果でしかない。


 第三者からの客観的な視点で、あるがままの事実を見る。


 元の世界で培ってきた処世術であり、かつての自分を構成してきた考え方であるからこそ――その解答に、間違いはないのだろう。


 だからこそ――歯痒い。


 何も出来ず、ただここで悔しさに身を震わせて見送っている事しか出来ない、自分が。

 情けなくて情けなくて、仕方ないのだ。



(せめて……何か手がかりでも手に入れられないのか!)



 そう思い、俺はスキル欄を確認し直す。

 何も出来ないなら、出来ないなりに闇市場の奴らに一泡噴かせられないかと。


 そして、俺は思い出す。


 俺が最初に与えられたチートスキルの『真骨頂』を。




(……そうか。これがあったんだ、俺には)




 焦って澱んでいた思考が、波の無い透き通った湖面のように静まっていく。


 ……そう。


 俺には、とんでもなく世話焼きで、勝手にチートスキルを与えてくるような、とんでもない神様がついているじゃないか――!



(エルクゥ、聞こえるかッ!)


 ――はいはい、お呼びですかっ?



 【神託】での呼びかけに聞こえたエルクゥの声は弾んでいる。

 それもそうか。今までの俺はエルクゥの事を煙たく思っていたのだから、それも仕方ないと思う。


 けれど、今回ばかりは本当にエルクゥの存在が神のように思えるぞ。

 いや実際、この世界を創った創造神だけども。



(スキル【創造神の加護】の恩恵を使わせてもらう!)


 ――えぇ、その言葉をお持ちしてました! どんな力をお望みですか!



 「スキル」ではなく「力」ときたか。

 ここで「大国を一人で攻め落とせるだけの力」を望めば、エルクゥは遠慮なく与えてくれるだろう。


 けれど、俺が得たいのは「それ」じゃない。

 いつかは欲しいと願うかもしれないが、今、この状況に最も適した力は――




(――どんな隠蔽を施されていても、真実を見破る力を!)




 


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