35 男奴隷の扱いなんてそんなものだ
案内されるがままに、正面ホールから地下へと続く階段を降りていく。
石で作られた階段に踏み下ろした足音が反響し、想像以上に音が鳴り響いた。威嚇や逃亡防止の意味合いもあるかもしれないが、ただ見に行くだけの俺としては、この音は邪魔でしかない。
そんな階段を黙って下りていくと、地上の館を支える丘の中に作られた地下牢が並ぶ光景が見えてきた。
地下牢といっても、空気は澱んではいない。
天井を見上げてみると様々な所に穴が出来ていて、そこから空気が出入りしているようだ。町中からこの丘を見上げた時に見えていた黒い穴のようなものは、この換気口の為の穴なのかもしれない。
「凄い広さだな……」
「隣国との戦争があった当時は、ここは捕虜や敗北兵を入れておく為の場所だったそうです。それでも、今は全体の半分も使えていないのですが」
「これで、まだ半分だと?」
それだけの収容数が必要だった時代があった、という事なのだろう。
それが今、戦犯ではない奴隷を収容する為に使われているのだから、皮肉なものである。
「……奴隷を見て廻ってみても?」
「えぇ、どうぞ。気になる奴隷がいましたら、上に戻る時にでも仰って下さい」
階段横に作られた詰所らしき場所で休憩を取るのか、商人風の男は座るなり、アレコレと看守役の兵士に指示を飛ばしている。
こちらの方に意識は向けていないようで、試しに手を振ってみても反応はない。
(だったら、好きにさせてもらうか)
こちらを気にしていないのであれば、怪しまれない範囲でチートスキルを使ってしまおう。
まずはサーチマップを確認し、この地下牢の広さを確認する。
広さを確認出来たところで、次のスキルだ。厳密に言うとこれはスキルではなく拡張機能に当たるし、いつの間にか覚えていた事からエルクゥがまた勝手にやったんだろうが……とにかく、これで情報を視覚的にも分かりやすく把握させる。
(……視点情報の追加を開始)
拡張機能を導入した瞬間、目の前の光景に変化が起きた。
今までのサーチマップで分かるのは、真上から見下ろす事で知りえる情報だけだ。
以前に説明した通りに、これは『上空からのマップナビケーション』だと思ってくれればいい。
そして、今回の拡張機能……エルクゥが勝手に追加していたプラグインのようなものは、サーチマップで得られた情報に加えて、俺の視点から得られた地形情報も加味して『情報の立体化』を促すものだ。
難しく言っていると思うが、要は一人者視点――ゲームのシステムでいうところの『FPV』を視覚情報として取り込んだ、という事である。
ストリートビューと同じようなものだと思えば、分かりやすいかもしれない。
これによって、俺の目の前には『地下牢を立体化した』縮図のようなものが半透明で浮かび上がっている。
もちろん、それを知覚出来ているのは、この場においては俺だけのようだが。
(……相変わらず、とんでもない機能だよなぁ)
念じる事で拡大も縮小も可能だし、回転させて全体的に見る事も可能だ。
それによって、この地下牢は『通風孔として外と繋がっている』事が判明した。
崖側から侵入する事は厳しいだろうから、そのルートは使わないが……少なくとも、この地下牢は『生活空間としての機能』は最低限ではあるが保たれているらしい。
それに、特筆しておかなければいけないのは……牢に入れられている奴隷達の扱いだ。
ギルド公認の奴隷市場は、種族も年齢も配慮された上でそれぞれに個室を与えられているというのに、ここでは年齢や種族は関係なく、とにかく詰め込んだという表現が似合うくらいの雑さ加減だ。
加えて、奴隷達の目に生気がない。
身体には鞭や棒で叩かれる事で付けられたであろう痣や傷が多く、着ている服もボロボロの貫頭衣ばかり。
まともな扱いをされているとは到底思えない。
奴らは、金を稼げる道具としか思っていないのだろうか。
「……グスッ……」
苛立たしさを覚えつつも先に進んでいくと、牢に入れられている子供が泣いているのが目に入った。
状況から考えると、この闇市場の人間は人攫いに近い事もしているのかもしれない。
「……大丈夫か?」
「……お兄ちゃんは、誰?」
鼻を啜りながらも、こちらを見てくれる子供の目線に合わせてしゃがみこみ、俺は言い訳を考える。
ここでギルドの事を話してもいいが、それだと何かあった時にこの子供が矢面に立たされてしまうかもしれない。
「俺は、ここに連れてこられた傭兵だ。仕事が終わったら奴隷を買おうと思ってるから見に来た」
ある程度の嘘を交えて、この子にあまり期待を持たせないようにする。
期待を裏切られた時の喪失感は心を折るのに充分だし、こんな小さな子供が世界に絶望するのはあまりにも酷だからな。
俺の言葉を聞いて、子供の表情が諦めに近い色に染まっていくが……こればかりは仕方ないと、今は心を鬼にして割り切る。
「それより、どうして泣いてたんだ。お前は」
「……お母さんと、離れ離れにされたの」
「母親と?」
そういえば、牢の中にいるのは「男」ばかりだ。
労働力、という観点から見れば当然かも知れないが……幼い女の子はもちろん、老婆すら一人もいないというのは少し異常だとしか思えない。
何となくだが……嫌な予感がする。
「私も妻と引き離されてしまいました」
「俺も一緒にいた彼女と無理矢理別れさせられたんだ。結婚の約束もしてたのに……」
「なんか、一ヶ所に集めてるって話を聞いたな。何をするかは分からないけど」
「……そうか」
俺は静かに立ち上がり、サーチマップを睨む。
牢屋に集められ奴隷にされた人達の反応とは別に、一つだけ、遠く離れた位置にポツンと反応する光点が一つ。
その反応を見に行く事は、俺を監視しているであろう兵士達の反応が厳しくなるから出来ないが……恐らく、考えている通りであれば、この光点の主は。
(好き勝手やってくれるよな、全く……)
案内をしてくれた商人風の男と所へ歩いて戻りながら、俺は表情に出ないように心の中で苦々しく怒りを噛み潰す。
ここで単純に暴れてもいいが、その後の対処が俺に出来るかと考えると、無理な事の方が多い。
ならば、ちゃんと手を打って準備を整えてからの方がいい。
「気になる奴隷はいましたか?」
「居なかった訳ではないが……少し気になる事があってね」
手もみをするように俺を出迎えた男に、気付いた事を尋ねる。
「この場所には、女が一人もいないようだが」
「……女の奴隷をお求めですか」
尋ねた瞬間、俺を見る視線の色が変わった。
警戒する色もそうだが……苛立ちや不快感を滲ませている。
もっとも、それを感じ取らせたのは一瞬で、すぐに人のいい商人の「顔」に戻ったのだが。
「可能だったら、この市場の管理をしている者にも会いたいんだが……出来るか?」
「うーむ、それは難しいですね」
「どうしてだ?」
「奴隷の仕入れの為に方々を廻っていますので、こちらに長く滞在する事は稀なのですよ」
「……まぁ、会えたら幸運だと思っているから、そこまで固執はしていないんだが」
奴隷の仕入れの為に方々を廻っている、ね。
果たして、それは本当なんだろうか。
嘘であれば、それは俺を真相から遠ざけるための方便なんだろう。
嘘か本当かは、自分の目で確かめてやればいい。
「それじゃ、女の奴隷を見せてもらえるか?」
「……分かりました」
視線に棘を感じながらも、俺は男の後を付いて地下牢を後にする。
男の扱いがこれなんだ、女の奴隷の扱いも想像がつく。
それでも……俺は直視しなきゃいけない。
ギルドに報告するためでもあるけど――それだけじゃない。
これは、元の世界でも異世界でも起きている『事実』なのだと。
醜い人間の争いにも戦争にも巻き込まれていない、生温い平和の中で生き続けてきた俺の意識をぶち壊す為に。




