プロローグ4 チート前提なキャラシート作り
「……とりあえず、まずはこの外見をどうにかしたい」
深く考えるまでもなく、最初に口を突いて出たのは自分の容姿に関してだ。
ひょろりとした細身の体躯に、様々な仕事や作業を経験して荒れ果てた四肢。
その上、深く刻まれたであろう目の隈と人を睨み殺すような鋭い目つきは、俺の歩んできた暗い人生を象徴しているかのような代物でもある。
どんなに贔屓目に見ても「格好良い」とはいえない自分の風貌だ。
嫌いではないとしても、好きかと聞かれれば首を縦には振れない。どうでもいい、というのが本音だ。
――良くて平均。悪くて不細工。悪意を込めれば殺人鬼――
そして、学生時代に親しかったかつての友人が、俺の顔を故事に準えてこう言い表したのを思い出す。
あまりにもそれが的確過ぎるものだから、悪口と捉えてもおかしくなかったのに苦笑いを浮かべる事しか出来なかった訳だが。
「どんなのが要望です?」
「そうだな……醜くなければなんでもいいと言われても困るだろうから、これで頼めるか?」
携帯を取り出し、以前に撮ったゲームのスクリーンショットを表示させる。
そこには、敵の陣地から様々な資源を奪い合いながら自分に課せられた任務をこなしていく、という立体機動的アクション要素の強いゲームで作成した自分のキャラクターがそこに映し出されていた。
その世界での自分自身ともいえるキャラクターで、見た目を反映する身体的なデータは最初に設定した時のままだ。
服装はそれこそ着せ替え人形のように色々と試しはしたが、身体的な数値やデータは変更せずにそのまま貫いてプレイしてきた。
変に弄ろうとも思わなかったし、最初に設定したときにこれ以外の調整が思い浮かばなかったのもある。
「あぁ、あのゲームの。もしかして愛着があります?」
「そのゲーム機で初めて買ったゲームだからな。ビジュアルガイドブックとか公式設定資料集とかも買ったし」
「それだけ思い入れがあれば、その世界に行ってもいいんじゃないです?」
「娯楽のない牢獄みたいな世界で延々と無償の奉仕活動なんて、よほどの理由がない限りは御免だね」
「それは確かにそうですね」
相手からの理解も得られたところで、外見に関しての問題は解決した。
さぁ、次は何を願おうか。
ある程度の線引きがあるとはいえ、好きなだけ願いが叶えられるというのは本当にチート以外の何物でもない。
だが、それにズルズルと甘える訳にはいかないのも事実だ。
チートは確かに不正行為だが、言い換えれば『切り札』であり『奥の手』でもある。
そんなものをポンポンと使ってはいられないし、道具であればそれは尚更だ。
使っている事が当然になってしまえば、それが失われた時に何も出来ないような人間になってしまうだろう。それだけは避けなければいけない。
「次は……俺が得たり持ってたりする知識を、技能や能力として習得出来るようにして欲しい」
「見たり受けたりした技を習得する『ラーニング』とか、倒した相手の力を奪う『能力簒奪』とか、その辺りですか?」
「それも能力としては欲しいとは思うけど、今はちょっと違うかな。俺が言ってるのは、知識を元に再現したり偶然の動きから技を編み出したりする『閃き』の方が表現としては近いと思う」
確かに、相手の能力や技能を自分のものとして手に入れる力は欲しい。
しかし、それは正しく使わなければ自分自身すらも振り回しかねない『諸刃の剣』でもある。
今の俺が手にしたとしたら、その能力に溺れてしまうだろう、という予測にも近い自信があるのだから尚更だ。
その能力に溺れないだけの精神が身につけば、能力としては欲しいと思うけども……それはいつの事になるのだか。
「もちろん、それらが全部出来るとは思ってない。試行錯誤の上に出来ればいいし、それ相応の鍛錬や訓練も必要だと思ってる」
「なるほど。でも、本音のところは?」
「出来ればゲームみたいに楽をしたい」
「自分に正直でよろしいです」
正直に答えたのが好印象だったのか、にっこりと微笑むエルクゥ。
こちらからは見えないウインドウを表示させ、何かを書き込み、チェックを入れたようだが……それを知る術は、今の俺にはない。
「加えて、身体は丈夫であってほしいな。鍛錬や訓練に耐えられないと意味が無いし、病気で何も出来ないっていうのは本当に困る」
「実感がこもってますね」
「青春を謳歌するべき学生の頃に病院で一週間も無意味に過ごせば、そうも思うさ」
その入院の理由が『持病の発作を抑える薬を投薬するため』である。
加えて、自分の病室からは通っている学校が見えるのだ。
自分は外出も許されずにじっとしていなければならない中、学友達が自分を置いて先へと進んでいく。
置いていかれるかもしれないという焦りと、何も出来ないもどかしさを噛みしめるだけの一週間は、健康である事の大事さを思い知らされたものだ。
「そういう訳だから、鍛えれば鍛えた分だけ、使ったら使った分だけ成長する……っていう形には出来るか?」
「出来ますよ。どこかの幻想的なゲームのシステムにありましたね、それ」
「熟練度システムって奴の前身だものな。味方同士で殴り合う様は当人達にとっては恐怖でしかないだろうけど」
その方法を取るつもりはないが、確実に『成長している』という実感が欲しいのは事実だ。
「あとは、魔法が使いたい。満遍なく使えるのが理想だけど、無理なら回復魔法に秀でた感じにして欲しい」
「なぜ攻撃魔法ではなく回復魔法を選んだんです?」
「自分の命に関わる事だから。無一文でも、生きてれば何とかなるもんだよ」
なるほど、と再びチェックが入る。
ゲームのキャラクター達もこうして自分の能力を決められているのかと思うと、彼らに親近感が沸いてくるのだから不思議だ。
自分がリアルに「TRPGのキャラクターになった」とでも言えばいいのだろうか。
唯一の違いは、ダイスの出目によって能力が変わる事はない、というところだが。
「そういえば、俺の職業ってどういう扱いになるんだ?」
「そうですねぇ。30歳まで童貞を貫き通した、という点が強く評価されているのか……魔法使いが一番の適性を示してます」
「褒められている気がしないんだけど」
「まぁ、そもそもがネットスラングですし、正しい使われ方ではないですからねぇ」
錬金術や黒魔術といった魔術関係で、人間の精というものは魔力と直接的に繋がりやすい。
材料でもそうだが、魔術関連の薬で効果が劇的なものの多くに精力に関連する効能や成分を多く含むものが多いのも、当然と言えば当然の事なのかもしれない。
そういう意味であれば納得できるのだが……ここだけは素直に頷きたくない自分もいる。
「要は、女性に声をかけられない臆病者で妄想してばかりの変態、って事じゃないのか?」
「そこまで自分を卑下して言い切りますか。世間的なイメージとしては合ってるかもしれませんけど」
「魔法使い以外に適性はないのか?」
「そうですねぇ。盗賊や忍者、魔物使いと続いて、後は満遍なく、といったところですか」
「子供の頃にアニメや漫画を見て憧れた時期もあったから、間違ってもいないか……」
「でも、私の加護で全ての職業に適性補正をガッツリかけちゃいますけどねー」
「おい」
それじゃ聞いた意味が無いだろ、と突っ込みを入れたのだが、当の本人は右から左へと聞き流してチェックをバシバシ入れていく。
宣言通りに『酷い事を平気でして』くれているエルクゥに、俺としては苦笑いしか浮かばない。
「……まぁ、今に始まった事じゃないからいいけどさ」
以前にも何度となく繰り返したやり取りでもあるから、俺としては『気にした所でどうしようもない』と割り切るしかない。
溜息を付きつつも、俺は次にエルクゥに頼む内容を考え始めた。