33 奴隷市場
ガタゴトと揺れる馬車が街道を行く。
向かう先は、イシュマにほど近い国境沿いの町、ルコミス。
この町には、とあるギルドの管轄によって運営されている「奴隷市場」がある。
そのギルドの名は『奴隷ギルド』という。
聞き慣れない名前のギルドではあるが、各国の犯罪者の懲罰を引き受けたり、主な活動が奴隷商を行う者の徹底した管理と監視を目的としたものであったりと、元の世界で言う所の『司法権を持った国際警察』に近いものなのだろう。
今回の依頼者の大元は、このギルドから出ているらしい。
この奴隷ギルドの管轄と監視下の元で、この町にある奴隷市場は運営されている。
しかし最近、このギルドの管轄と監視を逃れて行われている『闇市場』が存在しているらしい。
ギルドによる調査の結果、この闇市場の背後に魔族が関与している可能性が出て来たらしく、ギルド本部としてもこれ以上の拡大を防ぐ為にも手を打ちたいところだったという。
そこに、この問題を解決するのに適した『存在』が現れた。
それは、もうすぐDランクとなる冒険者で。
仮に、奴隷を購入しようとしても問題もなく。
魔族を倒したという情報と実力を備えた人物。
……つまりは『俺』に白羽の矢が立ったのである。
俺としては正直な所、厄介な問題を押し付けられたな、と思う。
ギルド本部としては、俺の情報が正しいかどうかを試す「試金石」として、この依頼を宛がった可能性もあるかもしれないのだから。
本当に魔族を倒すだけの実力があるのであれば、それでよし。
情報が嘘で魔族を倒せないのであれば、実力のある冒険者を呼ぶまでの時間稼ぎとして。
悪い言い方だけを選んで言えばそうだが、逆に言えば、これはギルドに恩を作らせるチャンスでもある訳だ。
違うギルドであり、支部ではあるが、これは「ギルドマスター」から直々の指名での依頼。
カタリナからは『成果次第ではDランクとしての昇格もありえるよ』との言葉も貰ってはいるが……あまり期待はしないでおこう。
魔族が関わっている可能性がある以上、絶対に安全だとは言い切れない。
結果も大事だが、自分の命も大事だ。護らなければいけないものの順番だけは、間違えてはいけない。
「……へぇ」
馬車を降り、改めてルコミスの街並みを眺める。
隣国の文化も入り交ざっているからか、イシュマでは見かけないような異国情緒な建物が立ち並ぶ。
だが、町の様々な所に見慣れた意匠があって、ここがエトニア公国の領土内だ、というのを思い出させてくれる。
見る限りでは、国境にある宿場町で商人の行き交いが多く賑やかな場所だ、という感想しか持たないが……
「この町のどこかに、あるんだよな」
奴隷ギルドという存在は【完全適応】で知ってはいたが、実物を見た訳でもないし、この町に奴隷市場があるという事もカタリナに依頼書と共に説明をされなければ、大して気にしてもいなかっただろう。
しかし、理由と経緯はどうあれ、こうして情報を得て探そうとしているのだ。
関わる事はなかっただろう、と思っていただけに、自分が一番驚いている訳だが。
「……あれか」
視線をあちらこちらに動かしていると、探していたものを見つけた。
一見すれば、それは店先のショーウインドウに並んでいるマネキン。
しかし、その首元はファッションとしての「チョーカー」ではなく……奴隷となった者が必ず付けさせられる『隷従の首輪』である事に、気付く者がいるだろう。
……そして、そのまま店の中に入れば、普通のファッションブティックではあるが。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
キッチリと服装を整えた――例えるなら、ホテルのフロントに座っていそうな服装の女性が近付いてくるのを見て、俺は『合い言葉』を言う。
「リードチョーカーを見に来た」
「……もう一つの『お買い物』の方ですね、承知致しました」
合い言葉である「リードチョーカー」は『隷従の首輪』を。
つまりは、奴隷を示す隠語だ。
ファッションとして使われる通常のチョーカーと区別するために使われている言葉でもある。
それを口にした瞬間、女性の表情が営業用の笑顔から商売人の目付きへと変化する。
必要最低限の動きで、俺の事を上から下まで舐め回すように見ているんだろう。
実際、第三者からの視点から見れば、俺はそれほど裕福ではないように見える訳だしな。
「お客様のお気に召すものがあるかは、分かりませんよ?」
「なかったらなかったで、これも社会勉強だと思うさ」
俺の返答に納得する部分があったのか、女性は小さく頷いて、店舗の奥へと進むように促す。
先導するように歩く彼女の後ろに付いて歩いていくと、表向きの店舗であるファッションブティックの倉庫を通り過ぎ、更に建物の奥へと進んでいく。
進むにつれて、壁が建造物から少しずつ自然物が含まれたものになっていく。
具体的には、坑道のように掘り進められた穴を補強する木枠と柱だったり、削られたり切り崩された岩盤だったりと、明らかに「何かの中に入り込んでいる」状況なのだ。
町に到着する前に読んだ地図とサーチマップを照らし合わせてみれば、今の自分が進んでいる位置は、国境の境となる場所にある山の中になっている。
……なるほど。町の中で見つかるはずがない訳だ。
奴隷市場は、山中をくりぬいて作られた空間の中に存在しているのだから。
そして、奥に進むごとに人の喧騒が聞こえてくる。
一帯、どれだけの人がその空間に集まっているのだろうか。
「到着致しました。ごゆるりとご見学下さい」
一礼をして、女性が通路の奥に設置されていた扉を開く。
その瞬間、魔力灯で照らされていただけの通路が白く染まる程の光が雪崩れ込んでくる。
「くっ……!」
眩しさに目をかばい、光に目が慣れるのを待つ。
そして、目が馴染んできた頃に扉を潜り抜けると……そこには、驚きの光景が出来ていた。
「これが……『奴隷市場』なのか?」
俺のイメージしていた奴隷市場は、奴隷が一人ずつ牢屋のような部屋に入れられ、鎖に繋がれ、逆らう事がないように制約をかけられた上で売られている「陰鬱としたもの」だった。
しかしここは――そんなイメージを払拭するほどの活気に溢れていた。
購入をしに来ているであろう人物と奴隷を取り扱う商人以外は、全て奴隷なのだろう。
誰も彼もが首に『隷従の首輪』を付けていながらも、個人の責任の及ぶ範囲で自由で振舞っている。
魔法を使える者は魔法を唱えて見せて自分の有能さをアピールしているし、武芸に長けた者は大道芸のように自分の武術をこれでもかと宣伝している。
奴隷という立場にありながらも、彼らの目は活力に満ち溢れていた。
「驚かれましたか?」
「うん、驚いた」
素直な感想を漏らすと、女性はクスリと笑う。
ここにいる奴隷達は、自信に満ち溢れていて生きる事に絶望していない。
その事に驚きながら……羨ましくもある。
あれだけの活き活きとした表情は、元の世界にいた頃でも見かけた事はあっただろうか。
だからこそ――眩しい。
元の世界と決別をしてこの世界に来た俺には、到底手も届きそうもない。触れられもしない。
「…………」
だからこそ、気になる。
全ての奴隷市場が「こう」だとは思わないが……少なくとも、この場所はこのまま残されていくべきだ。
それなのに、この町には闇市場が存在する。
恐らくは、どうしても早急に売らなければいけない『後ろめたい理由の存在する』奴隷市場なのだろう。
必要悪なのかもしれないが――それは、赦してはいけないと思う。
魔族が関わっているのであれば、尚更だ。
「……よろしかったですか?」
俺の表情を見て何かを感じたのか、女性が尋ねてくる。
元々、奴隷を買おうにもランクも手持ちも足りていないのだから無理な話なんだけど。
「はい、また来ます」
この場所は、尊い。
だからこそ、何らかの形で関わる事が出来て、護る事が出来るのであれば……それで充分ではないだろうか。
そのためにも、この依頼は果たさなければ。
「またのお越しをお待ちしております」
女性は腰まで曲げるような綺麗な礼をして、帰ろうとする俺を見送る。
それを見て、俺はその心配りと礼に応えたいと、気持ちを新たにしたのだった。




