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プロローグ3 英雄の資格とは

 ……どうしてそうだと言えるんだ。


 そう問い返す事は出来たはずなのに、俺は返す事が出来なかった。

 エルクゥの目がそれを許そうとはしていなかったのもあるが、なによりも……それを『聞き返せなかった事』自体が答えだったのかもしれない。



「自分の事も助けられない人間に、他人を助けられるとは思えません。出来たとしても、それはただのエゴです。自己満足です。自分の価値観を相手に押し付けているだけでしかないんです」


「……けど、俺は――」


「そんな不器用な生き方しか出来なかった、ですね?」



 先読みされていた言葉に、反論の言葉を飲み込んで、静かに頷く。


 自分の事なんて二の次にして、守らなければいけないものを守らなければならなかった。

 自分の事は余裕が出来てからやればいいし、自分の事だからどうにでもなると思っていた。



 ……けれど、現実はそうではなかった。



 損をして、相手の良い様に使い回されて、徐々に追い詰められて。

 気付けば、自分の事を気にかける時間すら無くなっていた。


 そんな事の「そん」は『損』だと、誰が言っていただろうか。


 言っていなかったとしても、まさにその通りだろうな、と思うしかない結果が自分には降りかかっていたのだ。


 このまま生き続けていれば、その『損』を取り戻せるだろうか。


 ……恐らく、一生かかっても取り戻す事は出来ないんだろう。

 そんな、確信にも似た想いが俺の中にある。



「そのままでいいんですか? あなたにも、本当はやりたい事があったはずです」



 生き続ける中で、諦めていた事が頭の中を通り過ぎていく。

 確かに、してみたい事はあった。

 やりたい事や叶えたい夢もあった。


 生きていく事に必死で、いつしか、想う事も忘れてしまったそれらを……もう一度、夢見てもいいんだろうか?



「取り戻してみませんか? あなたが得るべきだった幸せを、この異世界で」


「今まで生きていた世界を捨てて、この異世界で……?」



 確かに、異世界であれば一からやり直せるかもしれない。

 けれど、それは今まで築き上げてきた実績や絆といったものからも別れなければいけない、という事だ。


 それは怖い。

 でも、願ってもいいのなら手を伸ばしたい。


 ……けれど、そんな事を自分のわがままでしていいんだろうか。


 逃げ出した先でも嫌になってしまえば、またそこから逃げ出してしまうんじゃないのか?

 そもそも、異世界に来る資格は俺には無いんじゃないか?


 考え始めた途端に頭の中を埋め尽くすのは、自分を否定し、卑下する言葉ばかりだ。



「……狭山さん?」



 そんな事を考え続けていたら、エルクゥに額をぺしりと叩かれた。

 痛くはないが、何かをされたと気付くにはそれだけでも充分だった。



「もしかして、こんな俺が行ったところで何が出来るんだ、とか考えてませんでした?」


「え、あ……」



 そして、近しい事を考えていた事を言い当てられて、返答に困ってしまう。

 それを見たエルクゥは溜息を付き、改善する様子が見えない俺に呆れている。



「……どうしてあなたは。物事を割り切れる潔さがあるのに、そうも自信もなく、二言目には自分を卑下する言葉を吐けるんですかね?」


「だって、事実だろ?」


「事実かもしれませんが、それをそのまま受け入れすぎているのが問題なんですっ!」



 再度、額を叩かれる。

 怒ってますよアピールをされたところで、俺にどうしろと。

 事実を認める事の何が悪いんだ?



「誰だって、最初は自信なんてありません。周囲に甘えるのも当然です……というかするべきですし、して当たり前なんです。でも、狭山さんの場合は『甘える』という行為そのものを罪としている。自分だけで解決させるべきものだ、という考えが根底にあり、出来なければ自分で自分を傷つけて卑下に扱って更に貶めて……もはや、異常としか言いようがありません」



 その行動が理解出来ない、というように首を横に振って溜息をつく。



「それだけ自分を否定し、卑下に扱い続けてきたのは、ある意味では才能だとも言えますけどね。よくもまぁ、心が壊れなかったものだと」


「いや、とっくに壊れてるんじゃないか?」


「…………えぇ、そうですね。即答出来るなんて確かに壊れてますよ、頭もおかしい方向に」



 更に深い溜息をこぼし、こちらを見る視線に哀れみの色が見えてきたような気もする。


 だが、こうでもしなければあの世界で生きられなかった不器用な存在なのだ。俺は。



「……けれども、あなたは。そんなに心が壊れてしまっていながらも、不器用なりに真っ直ぐであり続けた」



 そんな俺の肩に手を置き、エルクゥは慈愛に満ちた微笑を浮かべる。



「何度も心を折られ、歪な形に歪んでしまいながらも……それでもあなたはそれを乗り越えて、時には受け入れて『生きる事』を望んだ。どんなに無様で惨めであっても、あなたが望んだもののために、折れてはいけない『芯』だけは――『命』だけは護り続けた。その在り方は、英雄に近いものなのかもしれません」



 ……英雄、だって?


 エルクゥの口からこぼれた言葉に、俺は即座に首を横に振って否定を返す。



「そんな、英雄なんて大それたものじゃない。俺は、俺の理由のためにしか生きてない身勝手な奴だよ」


「えぇ、確かにそうかもしれません。それでも、あなたは歪んだ形であっても『誰かにとっての英雄』に成っていたんです」


「誰かにとっての、英雄に?」



 誰かに仕えて使われて、良いように振り回されて、使えなくなったら捨てられる。

 そんな、石ころのような価値しかないだけの英雄なんて、本当に『生贄』としかいえない。


 名前こそ『英雄』だが、その実態は『奴隷』以外の何物でもない。

 こんなものが、世界に求められるべき存在ではないだろうに。


 ……でも。

 それでも。



「俺は……成れていたんだろうか。誰かにとっての、英雄に」



 そんな俺でも、知らないうちに誰かを救えていたのであれば。


 こんな生き方をしていた事に、少しでも意味があったのであれば。



「えぇ、きっと。英雄の資格なんて、そんなものなんですよ」



 ――そして、それを認めてくれる存在が居てくれるのであれば。


 今まで、無様に生き続けて来た事に、救いがあったんじゃないだろうか。



「だから、私はあなたをこの世界に招くと決めました。そして助けたいんです。あなたを心配する一人の友人としても、名誉も名声も何も無い、無名の英雄を迎える異世界の創造神としても」



 本心からそう思ったからこそ、届けられたであろう言葉。

 そして、それが間違いではない、と確信している純粋な視線。



「それは、いけない事ですか?」


「……その聞き方は、ずるいだろ」



 そんなものを真っ直ぐに向けられて、断るなんて事が出来るかよ。やり辛いだろうが。

 それを分かっていて言っているのか、エルクゥがクスクスと笑う。



「えぇ。ずるいですよー? 私は。あなたから『死ぬ事』以外の望みを言わせるために、これからも酷い事を平気でしちゃいますからね」



 指をくるくると回して、エルクゥは名案を思いついた悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


 ……全く。この世話好きめ。

 俺はとんでもない神様に気に入られてしまったらしい。



「その手始めとして、狭山さんがどんなに悩んでも、私はあなたを元の世界に返すつもりはありません」


「どうしてだ?」


「……この世界では生き続けていく事は出来ない。でも、異世界なら自分のために生きられるかもしれない」



 酒の席でこぼした愚痴を、彼女の口から改めて聞く。

 その言葉は、酒の勢いを借りたとはいえ、心の中にずっとあったものだ。


 正しいかどうかなんて、今も分からない。

 ただ、それが正解だとしか思えない自分がそこにいた、というだけだ。



「こんな言葉を簡単に言ってしまえるような人を、放っておける訳がないじゃないですか」



 ニコッと慈愛に満ちた笑みを浮かべる、異世界の創造神にして、世話好きの友人でもあるエルクゥ。

 その笑みを見て……俺は『断る』という選択肢が既にない事を知った。



「ちなみに、拒否は」


「させません♪」


「だろうな……」



 それでも一応聞いてみたが、笑顔で即答。

 ばっさりと切り捨てられたが、いっそ清々しいくらいだ。



「そして、あなたが心の底から『幸せだ』と笑って言えるようにする事。それが、私の目的です」


「それがエルクゥの目的と、俺を召喚した理由か?」


「えぇ。簡単でしょう?」


「……簡単か、それ?」


「狭山さんには難しいでしょうね。だって、あなたは少しでも目を離せば、自分で自分を殺そうとするくらいに追い詰めてしまうような自己犠牲や自己破壊精神の塊なんですから」


「うぐっ」



 言葉こそ過激だが、今までの経験上、それを否定出来ない自分もいて物悲しくなる。


 だからといって、それを止められるか、と聞かれると首を横に振る現状しかない。人生の大半を共に過ごしてきた思考は、そう簡単に剥がれたり変わったりしてくれるものではないのだから。



「なので、狭山さんを徹底的に祝福しようと思います」


「祝福っていうと、異世界転生……この場合は転移か。それにお約束の『チート』って奴?」


「その通りです」


「それはそれでありがたいが……先に言っとくけど、ステータスカンストとかは止めてくれよ?」



 ゲームでは良くあるチートかもしれないが、それを実際に自分で体験するとなると、面倒事しか起きない未来しか見えない。

 大国すら傾けかねない一騎当千のバランスブレイカーが存在すると知れ渡った瞬間、命を狙われるか、国の総力をかけて囲い込みをされるかの二つしか待ち構えていないだろう。


 第三の選択肢として「それらを排除しながら生きる」というのもあるが……それをしたら、大国共通の敵として認知される未来しか見えない。


 自己犠牲だ自己破壊精神の塊だと言われはしたが、自分から厄介事の中心にはなりたくないのだ。



「えぇ、それはもちろん。カンストチートをやった後の作業感ってむなしいですからねぇ」


「確かにな。やるにしても、それは最終手段だよ」



 やるな、とは言わないが、その代価は払うべきだと思う。

 物語がつまらなく感じたり、達成感や満足感が得られなかったり、その代価はそれぞれだ。

 楽しんでやるべきもので、楽をしようとして自分から楽しみを捨てる……なんて、本末転倒もいい所だけどな。



「エルクゥでも不可能な事ってあるのか?」


「この世界の創造神ですから、出来ない事はありませんよ」


「それこそ公式チートじゃねぇか」



 改めて、俺は友人の規格外さを思い知る。

 確かに異世界を一から創り出した神であれば、出来ない事がなくても不思議じゃない。



「でも、出来ないではなくて『やりたくない』のは不老不死くらいですかね。狭山さんには幸せにはなってほしいですが、それ以上に不幸になってほしくありませんから」


「分かってる。俺もそんなものは望んじゃいないし」



 戦乱の世を駆け抜けて生き抜いた果てに、苦楽を共にした仲間達との永遠の別離を一人で取り残されながら見届け続けなければならない。

 同じ時間で生きる事の出来ない苦しみは、様々なものから見聞を広げてきた俺には痛いほどに分かる。

 先に逝く方も、残される方も、ただただ辛いだけでしかないのだから。



「ちなみに、願いの数に制限はあるのか?」


「えぇ、それはもう好きなだけ言っちゃってください。創造神からの加護なんて、世界を救う勇者でもなかなか貰えないんですから」


「貰えるものなら貰っておくけど、そう言われると逆にありがたみがないような気がする……」



 願いを叶える球を七つ集める漫画のように願いを安売りするなと言いたいのだが、これは彼女の方から望んでいる事なのだ。

 ここで遠慮をしたところで「いやいや、まだあるでしょう。ほらほら言ってください!」と言ってくるのが予想出来るのだから、彼女が言うように素直に甘えてしまった方がよさそうである。


 それに、異世界で生きる事はこの時点で確定しているのだ。

 どうせなら楽しみたい、という気持ちもある。



「……少しくらいは無茶を言ってもいいか?」


「無理なら無理、とはっきり言いますからどうぞ」



 それはありがたい。


 ならば、と俺は思考を回転させて、自分に許されるであろう異世界での恩恵を考え始めた。



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