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21 乱


 砂を踏み、握り拳ほどの石を蹴飛ばす。

 いくら登山道として整備された道であったとしても、元の世界のように舗装されている訳じゃない。

 履いている靴もそれほど丈夫ではないのだし、無理に山肌を駆け上ろうとすればすぐに破れてしまうだろう。



「よっと……」



 それでも、進まなければ目的は達成できない。

 認定試験を受け、揃えた準備を手にコルフェ山を登る俺は、足元にも周囲にいるであろう魔物の反応にも気をつけながら登山道を進んでいく。


 目指す月光草の群生地がある三合目までは、国を繋ぐ街道と登山道は一緒だ。

 ただ、群生地に向かうには登山道を進み、四合目に到着する少し手前で折り返すようにしてルートを外れなければならない。そこまでの道のりがちょっと面倒なだけである。



「……にしても、静か過ぎる」



 視界の隅で敵性ソナーを展開しているサーチマップを睨む。

 サーチマップは登山道の道筋と目的地である月光草の群生地を表示しているのだが……それだけだ。


 この一帯に棲み付いているであろう魔物達の反応がサーチマップに対して『一切無い』のが、おかしいのだ。


 まるで、何かに怯えているかのような感じを、この一帯のピリピリとした空気が教えてくれている。



「雲の流れもおかしいからな……何かあったのか?」



 山を登り始めてから感じた違和感だが、肌で感じる風の強さが大雨が振り出す前のように強い。

 それに、黒く渦巻く雲がこの一帯を中心として集まっていて、何らかの異常性を見せている。


 俺の知らないところで、何かが起きているのかもしれない。



「……急ぐか」



 理由は分からないが、嫌な予感がする。

 考え過ぎだとは思いたいが、こういう時の俺の勘は変に当たってくれる。その「当たり方」も選ばせてくれればいいんだが、こればかりは常に悪い方にベクトルを振り切っているらしい。


 その勘が外れてくれればいいな、と思いつつも山道を駆ける。

 駆けつつも、腰の刀はいつでも抜けるように準備をしておく。赤い光点が反応していないからこそ、いつ敵が現れるか分からないのだから。


 体術スキルによって少なからずも強化された身体能力は、この険しい山肌を駆け上がるだけの体力を生み出すのに役立ってくれているらしい。

 一合目から三合目に到るまでの道のりを一息に走り抜け、本格的な登山道に入るまでの時間短縮に繋がった。


 それでも……周囲の状況は変わらない。

 むしろ、時間を増すほどに雲行きは怪しくなり、風が荒れ狂い始める。


 今はまだ立っていられるが、このままこの状況が続いたり悪化したりするのであれば流石に命の危険が頭に過ぎる。下山する事も視野に入れなくてはならない。



「せめて、群生地に辿り着くまでは持ってくれよ……」



 風切音が聞こえる程の狂風の中、俺は登山道をひた走る。

 そして四合目に繋がる道が見えたところで……サーチマップの異変に気付く。



「……光点がある?」



 四合目に繋がる道の方に、五つの光点がある。

 それらは全て、敵を示す赤い光点ではない。


 だが、そのうちの一つは今にも消え入りそうなほどに黄色く点滅を繰り返しているし、残りの四つは禍々しいほどに黒く輝いている。



(…………状況を確認するだけだ。手に負えないようなら、静かに立ち去ればいい)



 この周囲の状況で音は届かないだろうが、それでも息を殺して光点に近付く。

 ちょうど身を隠せそうな岩があったので、そこから覗き込むようにして光点の正体を確かめると――



(……小悪魔か、あれは?)



 蝙蝠の翼に三叉の槍。

 鏃のように尖った尻尾をくねらせ、この荒れ狂う風の中でも問題ないのか、ふわふわと宙に浮いている。

 そんな、ある意味でテンプレ通りな姿の、魔族の中では最も低級でダンジョンでも見かける事のある魔物である。


 本来の出現地域ではない「この場所」にいる事がおかしいのだが、それは今、横に置いておく。

 そのイレギュラーが四体で、何かを追い詰めて取り囲むように槍を構えているのだ。


 それでは、何を取り囲んでいるのか。


 更に奥へと視線をずらすと、小型犬くらいの大きさしかない子供の竜がその場でうずくまるようにして倒れている。

 全体が見えていないのでどんな竜なのかも分からないが、少なくとも、こんな所で見かけていいようなレベルの魔物でもないのは確かだ。


 ……だが。

 並の武器では傷付かないであろうその身体からは、いくつもの傷口が見えて。

 取り囲む小悪魔が持つ槍の先端は――少しだけ、赤く濡れていた。



「……ッ!」



 それを認識した瞬間。

 身を隠していた岩から飛び出し、雄叫びを上げながら俺は走り出していた。

 後ろから突然現れた乱入者に、小悪魔達は驚いて包囲網を崩す。その崩れた隙間を突っ切って、俺は倒れた子竜の元に向かう。


 近付いて見てみれば、子竜の傷の状態は酷い。

 随分といたぶられたのか、全身に切り傷や擦り傷が出来ている。血が出るほどの深さの傷もあって、少しだけ血溜まりが出来ている。こちらを警戒するように唸り声を上げているが、その声も弱々しい。


 手早く、効果的に治療をしてやらないとこのままでは死んでしまうだろう。



「待ってろ。すぐに楽にしてやるから」



 人間の言葉が分かるかどうかは知らないが、安心させるように微笑んでその頭を撫でる。

 ぐぅ、と唸り声を上げたのは、頷いたのか命を諦めたからなのか。

 前者だろうと好意的に取って、俺は包囲網を立て直した小悪魔達に振り返る。



「……おいテメェら」



 理知的な仮面はかなぐり捨てて。

 身を覆う「怒り」という感情に任せて、思うがままに言葉を吐き捨てる。


 ガチン、と劇鉄が落とされたような音が内側で響く。


 システムメッセージが何かを言っているようだが、それどころじゃない。聞き流して、表示されたウインドウすらも無視して文字通りに払い除けて、射殺すような視線を目の前の敵に投げつける。



「どうせ言葉は理解出来ねぇんだろうから、勝手に言わせて貰うけどよ――」



 子竜の姿を見た瞬間に浮かび上がったのは、過去の自分。


 自分の身を守る力も無く。誰からも救われる事もなく。

 ただただ、理不尽に取り囲まれては逃げる事も出来ずに暴力を受け続けていた、あの頃の無力な子供の自分だ。


 そんな光景を客観的に見せられて、ぞわりと全身の毛が逆立つような感覚が全身を襲った。

 意識は冷静なのに、内側から込み上げてくる黒い感情が本能的に身体を動かすのだ。



「嫌なもんを思い出させてくれた『礼』をしてやる」



 刀に手をかけ、身を沈める。

 剣術の「居合い」の構えを取りながらも、視線は目の前の敵に固定する。

 どんな些細な動きすらも見逃してやるものか。


 その下品な笑いが気に入らない。

 いたぶって楽しんでる事が気に食わない。

 こちらが弱いと驕りきってる、その態度が気に入らない。


 だから、死ね。




 ……警告音なのか、アラートがうるさい。

 黙れ、俺の邪魔をするな。


 荒れ狂う周囲の風に魔力を『繋げ』て、本来『必要とするスキル』の代わりにする。

 鳴り響く警告音が耳障りだ。無視する。


 習得可能なステータスを『限定的』に『書き換え』て、使用可能にする。

 システムウインドウが邪魔だ。払い除ける。


 本来『使えないスキル』を『限定的』に『解除』して、使用可能にする。

 音が邪魔だ。黙れ。



 鳴り響くエラーが。

 警告音が。

 ウィンドウが。

 メッセージがうるさい。


 ――いい加減に黙りやがれッ!


 オレは『        』んだからいいんだよッ!!




「ウァアアアアアアアアアアアアアッ!!」



 抜き放った居合いが暴風を巻き込み、目に見えない烈風の刃と化した。

 その刃は小悪魔達を抱え込み、身を切り刻み、殺戮の宴に血の花と悲鳴の楽曲を添える。


 それは、今の俺には『扱えるはずのない剣技』だ。


 そして、細切れになった小悪魔達は何が起きたのか分からない表情のまま――事切れたのだった。


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