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15 夢 のち 女神


(……あぁ。これは夢か)



 そう、自分で酷く納得出来るくらいに落ち着いて、その光景を見ていた。


 それは果たして、いつの記憶なのか。


 見た覚えのある光景が、ものが、人が、波間に漂う漂着物のように浮いては沈み。

 見た記憶のない光景が、ものが、人が、波間を進む水生物のように現れては消え。

 色々な光景や情景が入り混じり、混沌と化した空間を作り上げている。


 ……そもそも、これは本当に「俺の記憶」なのだろうか。


 元の世界には存在しないはずの建築物が立ち並び、聞いた事のない音楽と音色と人の声が遠くから聞こえ、見た事もない人達が聞いた事のない言語で会話をしつつ通り過ぎていく。


 けれど、何となくだがどんな会話をしているかは分かる。


 明日は何処其処の何を食べに行こう、とか。

 これから何某のアレをしにいこうぜ、とか。


 聞こえてくる会話は、楽しそうで。笑顔が溢れていて。未来が輝いていて。



 それを、遠い場所から。

 目に見えない壁で仕切られた先から。

 触れる事も叶わぬ場所から、ただただ眺めているだけ。


 そんな、俺の後ろに広がっている光景は、目の前の光景とは程遠く――――――












 ……て。


 ……お……て。



「……ねぇ。起きて……?」



 どこか、俺を心配するような声と共に、揺り動かされた。

 揺り動かされた事で身体が目覚め、声が耳に届いた事で次第に頭がエンジンをかけたように動き出す。



「ん……」



 ゆっくりと身体を起こす。

 まだ安定域まで回り切っていない頭で状況把握しようと周囲を見渡してみれば、そこは上も下も分からぬ白い空間。


 おかしいな。

 俺は確か、教会で寝ていたはずだから、こんな白い空間に居るはずがないだろ……。


 ……白い、空間?



「――ッ!」



 即座に立ち上がり、距離をとって身構える。


 またエルクゥか、というか本当に眠っている間の時間にまで干渉してきたのかよ!

 流石に今日は虫の居所が悪いんだからな、俺……は?



「……あれ?」



 身構えて辺りを見回してみれば、そこにはエルクゥの姿はなく。

 代わりに、身構えた俺を見てキョトンとしている、見た事もない女性が。


 白色で全体的に緩くウェーブがかった長い髪は、座っているために床――というものがこの場所にあれば、だが――に届いて花が開くように拡がっている。

 こちらを見つめている目は眠そうにしているけど、綺麗に整った顔と小首を傾げているその仕草で、元々そういう雰囲気の人なんだろうな、と理解が及ぶ。

 そして肝心の巫女衣装にも似た服装なんだが……それを、俺はどこかで見ている気がするのだ。


 何処で見たのか、と思い出そうとしていると、今後は逆側に小首を傾げて、



「……起き、た?」


「えーと、うん。起きました、ありがとうございます」


「……そう。それは良かった」



 ほにゃあ、という表現が似合うくらいに眠そうな目はそのままで微笑んでくれる。

 こういう状況ではなく、街中で出会っていたとしたらドキッとしていただろう。



「それですみません、俺はあなたと会った事がありますか?」


「……? いいえ、今が始めて」


「あ、やっぱりそうなんだ」


「……でも、私達の母からあなたの事は聞いてる」


「えっ?」



 私達? それに、母って……?



「えーと、ちょっと待って。今、情報を整理するから」


「……うん、分かった」



 彼女から見れば、突然飛び起きて身構えた挙句にお礼を言い出して、次にうんうん唸り出してる不審者に違いないんだろうけど。

 それでも、こくんと頷いてくれる。


 そんな彼女にじーっと見つめられながら考えていると。



「…………あーっ!」



 パズルのピースが綺麗にはまり込んだ時のように、俺は叫んでいた。


 どこかで見た覚えがあると思っていたけど、そりゃあ、あるはずだよ!

 教会のステンドグラスにも、魔術書を買う時の魔道具屋に置かれていた護符にも『彼女』は描かれていたんだから!




「知識と商業の女神、リーディア!?」




 名を叫ぶと、彼女……リーディアは相変わらずの眠そうな表情で、こくんと頷いてくれた。



「ど、どうして『ウィルマキアの三女神』の一人が、ここに……?」



 俺としてはどういう状況になっているのかが全く分からない。


 寝ていて夢を見ていたと思ったら起こされて。そしたら【神託謁見】が発動したのかさせられたのかは分からないけど、白い空間の真ん中に放り出されていて。

 そこに、知識と商業の女神様が隣に座ってた……なんて、意味が分からなさ過ぎる。



「……私だけじゃない」


「えっ?」


「……あっち。みんな、居る」



 リーディアが指差す先。

 そちらを見ると……こちらの様子を見ていたらしい二人の女性が居た。


 ……いや。

 この場合、俺が見えていなかった、というべきなんだろう。



 戦装束であり、それが正装なのだろう。

 裁判官が着る「法服」にも似た装いの服を身に纏い、こちらを厳格に見つめるのは、裁判と戦の女神ミネルバ。


 その隣、リーディアに手を振る女性。

 元の世界でいえば、日本古来の「天女伝説」にあるような羽衣を身に纏ってこちらに歩いてくるのは、自由と創造の女神アルカナ。



「……『ウィルマキアの三女神』が勢揃いとか、意味が分からん……」



 理由は分からないが、俺が置かれている状況は「かなりヤバイ」というのは手に取るまでもなく伝わってきた。


 ……けれど、どうしてだ?


 彼女達との接点は、俺にはないはずだ。

 加えて……関わるだけの理由も存在しないと思っているのだが。



「……大丈夫。あなたは、何もしてない」



 周りから見て、不安そうにしていたんだろう。

 リーディアは俺の服をそっと摘むと、首を横にフルフルと振った。



「……むしろ、迷惑をかけてごめんなさい」


「……どういう事?」



 状況が俺の理解を超え始めてきた。


 どうして、俺が女神様に謝られているのか。

 身内が俺に何かをしたって言うんだったら分かるが、俺は神様に知り合い……は……



「…………居た、な」



 それも、自由勝手やりたい放題にして、俺にとびっきり迷惑をかけている「神様」が。

 あぁ……そうか。確かに、それなら納得だ……頭が痛いけど。



「……その様子だと、気付かれたようですね」



 厳格にこちらを見つめていたミネルバが、小さく溜息を付く。


 そりゃあ、そうだ。

 身内が引き起こした迷惑問題のアレコレを考えれば、それは厳格とも言えそうな仏頂面をしなくてはならないだろう。



「ごめんねぇ……迷惑だったでしょ?」


「何から何まで全部がそうだった、って訳じゃないけどね……」



 先に謝るアルカナに、俺は彼女達が悪くない事を強調しておく。

 何故なら、彼女達の母親は。



「俺を助けようとやってる事なんだから、気にしてないよ」



 俺をこの世界に導いた、張本人。


 創造神エルクゥ、その人なんだから――――



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