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プロローグ2 召喚の理由は



「――と、いう事です」


「……なるほど」



 体感的には10分くらいだろうか。

 静かに説明を受け続け、理解出来た事をネットの掲示板で言うところの『今北産業』で纏めてしまうと。



 始に、俺自身は生きている。


 次に、目の前にいる女性は、俺が今いるこの場所……というか『異世界を造った』創造神。


 最後に、その創造神が俺の願いを叶えようとしている。



 そんなところであり、俺が居た世界からこの異世界へと召喚して呼び寄せたのが彼女だという。

 それを聞いた上で、思う事は一つ。



「エルクゥって、本当に神様だったんだな」


「あはは……そういう反応ですよねぇ、普通は」



 そう思われていなかった事に対しての怒りはなく、むしろ当然だとばかりに、実は『異世界の創造神』であった俺の友人――エルクゥは苦笑を浮かべた。


 彼女には悪いかもしれないが、それも仕方ないのかもしれない。

 彼女と初めて出会った場所は、ゲームやアニメの登場人物に合わせた服装を着て楽しむような場所……つまりは同人イベントにおけるコスプレ会場であり、そこに参加者の一人としてエルクゥは『今の格好で』参加していたのだ。


 もちろん、それを知っているという事は『俺もその場に居た』という事でもあるのだが。



「本物の神様が正装でコスプレ会場に来てるなんて、誰も思わないだろ」


「確かに、狭山さん以外の人は私の事を見てなかったですからね」


「見ていなかったというよりも、居る事にすら気付いていなかった気もするんだがな……どうしてだ?」



 今になって思い返せば、その状況は確かに『異常』だった。

 こうして何気なく会話をしている俺でさえ、初めて彼女を目にした時には畏れや畏敬の念といった『神の威光』といえるものを感じたのだから。


 それだけの存在感を放っていながらも――周りの人達は彼女に気付いていないどころか、そもそも『ここには誰も居ない』といった感じで、彼女の周りを通り過ぎていくのである。


 傍から見れば、俺は誰もいない空間に向かって話しかけている変人に見えただろう。

 とっさに携帯電話を取り出して誰かと話しているフリをした、当時の自分を褒めてやりたい。



「私達には『神としての姿を容易に見せてはならない』という約束があるんですよ。私達の姿を見る事が出来るのは、神々の試練を潜り抜ける事の出来た『英雄たる素質のある人間』か『神が直接選んだ人間』である事が多いですから」



 確かに、神話に語られる神々が姿を現す時は、英雄となる人物の前か、有象無象の中から選び出された存在の前でしかない。

 そうだとしたら、俺に彼女の姿が見えたのは何故なのだろうか。


 神の試練なんてものを受けた覚えがなければ、神に選ばれたと自惚れた事を思っている訳でもない。

 むしろその逆で、神には見向きもされていないんじゃないか、とさえ思ってもいる。



「他にも、神の姿を見る事が出来るとしたら……その人物が既に『普通という枠から離れた存在になっている』か、でしょうか」


「……普通という枠から、ね」



 普通という枠から離れた存在、となると、それなりの名声を得た存在だろうか。

 オンラインのリアルタイム式なブラウザゲームでいうならば、そこには『剣聖』や『神託の巫女』といった、最上位職や政治的な意味でも要職となる存在が当てはまるはずだ。

 確かに、それくらいの地位と名誉を得たのであれば英雄と見なされていてもおかしくはないだろう。


 ……だが、俺はそんな地位や名誉から縁遠い、一介の一般人だ。


 普通という枠から外れた、という点であれば心当たりはあるが……それは今、関係ない事だろうし。



「まぁ、それについては置いとくとして。始めに確認しておきたい事があるんだが、いいか?」


「えぇ、どうぞ」


「どうして、俺をこの世界に召喚したんだ?」



 湧き上がった疑問や不安を隠す事無く、俺は正直に打ち明ける。



「他に適任な奴がいたと思うし、自分で言うのもアレだが……俺は色々と中途半端な存在だぞ? そんな奴が異世界に降り立った所で、その世界のために何か出来るのか?」



 戦闘で役立つような優れた技能を持っていなければ、特に目立った特徴もない。

 かといって、力自慢でもなければ、野営が出来るほどに卓越した生存術を身に付けているほど博識でもない。

 オタク的な物事の知識はあるかもしれないが、そういう意味では俺は非力な存在でしかない。


 残念ながら、俺はTRPGでいう所の『キャラメイクで1ゾロを出しまくって出来てしまった、期待値を下回る最低の能力値のキャラクター』だと悲しい事に胸を張って言えてしまえるのだ。


 世間一般的に言えば、俺の役割はRPGでいう所の「村人A」みたいなもの。

 しかも、完成された社会から逃げ出そうとしている社会不適合者、という点を見れば、村人よりも囚人の方が近いだろう。


 そんな俺に、魔王を倒して世界を救う勇者になってほしいとか、荒れ果てた国を立て直すために国の王として民を導いてほしいなどと言われても、無理難題というレベルを超えている。


 精々が、別にいる主人公の引き立て役になる事くらいが限界だ。

 謙遜だと思われるかもしれないが、これは自分を客観的に見た、まぎれもない事実だと思っている。


 だからこそ、知りたい。

 それでも俺を召喚した理由に繋がる――彼女がそうしたいと思うに到った『目的』が。



「大丈夫です。狭山さんに、この世界に対してやってもらいたい事は特にありませんから」


「えっ」



 しかし、返ってきたのは意外すぎる返事。


 尋ねた質問は、まるで道案内をするかのような気軽さで答えられてしまった。

 その呆気なさに、尋ねた俺自身が逆に言葉を失ってしまう。


 しかも、対価を求めていないとか意味が分からない。


 ……じゃあ、なんで俺はこの世界に召喚されたんだ?



「私は狭山さんの愚痴を聞いて、それに対して『応えただけ』ですから」


「それが、理由……なのか?」


「はい。私は、狭山さんに幸せになって欲しいんです」



 呆然としている俺に、エルクゥはにっこりと微笑む。



 ……確かに、俺は以前に心の内を酒の席で吐き出し、彼女に二つの愚痴をこぼした事がある。



 ――この世界で、俺は生き続けていく事は出来ない。

 ――可能なら、異世界に行って自分のために生きたい。



 この二つの愚痴を、彼女は覚えていたのか。

 そして、異世界への召喚、という形の行動として、これに応えてくれたのだろう。



 ……でも、なぜそんな事を?



 エルクゥとの付き合いはそれなりに長いから、その言葉や行動が嘘や冗談ではない事も分かる。

 だからこそ、理解が追いつかない。

 どうして、異世界に俺を召喚する事が、俺の幸せに繋がるんだろうか。



「もしかしなくても、疑ってます?」


「そりゃあ、ね。いきなりそんな事を言われても納得出来ないだろ」



 言葉と理由が線で繋がらず、俺は難しい顔をしているんだろう。

 そんな俺に、エルクゥは泣き笑いにも近い、見ているこちらの方が辛くなるような笑みを浮かべる。



「最初は『頭がおかしいな』と思ったんですよ? 初めて頼ってくれて、そうして吐いてくれた弱音が『この世界から逃げたい』だなんて」


「……まぁ、普通はそう思うよな」



 客観的に見れば、自分から「私は人間失格です」と公言しているようなものだ。

 酒の勢いで言ったとはいえ、冷静になって考えてみるとそうだと思われても仕方ないだろう。



「でも、そんな愚痴を言うあなたの目は……世界に対しての希望がありませんでした。生きる事に対しての理由はあっても目的を叶える方法が見つからず、今にも存在自体が壊れてしまいそうな雰囲気を漂わせていたんです」



 エルクゥから「飲みに行こう」と誘われた頃は、色々と人生に疲れていた頃だったと思う。

 普段だったら、酒の勢いがあっても弱音を口にする事はなかったのだから。


 誘われた酒の席である事。

 そして、相手が仕事とは関係ない友人だった事。


 それが上手い具合に重なった結果、俺は愚痴をこぼしたんだろう。


 彼女に、逃げたい、と。



「あなたが何を思ってそう言ったのかは、私には分かりません。けれど、それだけの弱音を口にするだけの何かがあったんだろう、という事ぐらいは分かります。だからこそ思うんです……あなたは幸せになるべきだ、と」



 こちらを真っ直ぐに見つめるエルクゥの表情は、心から心配してくれた友人のものでもあり、神託を告げる神のものでもあった。

 彼女の揺るぐ事がない意志を感じながら、俺は彼女の言葉に耳を傾ける。



「それに、あなたの生き方は自分の事を顧みていないんです。付き合いの短い私でも分かるほどに、あなたの行動はあまりにも『自己犠牲』の気が強すぎます。それはまるで、自分の命そのものを削る事でしか自分に価値を作り出せない『生贄』だとしか言えないほどに」



 そっと握られたエルクゥの手を払い除ける事は出来たはずなのに――俺は、それが出来なかった。

 力をかける事もなく、添えられただけの手ではあったが。


 まるで鉛のように重く感じてしまったのだ。



「生贄だから壊れてしまっても構わない、感情も意思も宿る必要がない。加えて、特筆すべき能力もない有象無象の一部だと自分を定義してしまっている。だからこそ、結果として自分自身が壊れてしまう事も『当然の事』だと思っている……その考え自体がそもそも『間違い』なんです」



 こちらを見る視線に俺を責める色はなく。

 正しい道へと導いていくよう、語りかける優しさがあった。



「あなたは数打ちや複製の出来る『人形』ではなく、たった一人の『人間』です。この世に世界に二人といない『唯一無二の存在』で、代わりとなる存在なんてありません。それが当たり前の事なんですよ」


「俺が、唯一無二の存在、ね……」



 呟いて、エルクゥの言葉を噛み締める。

 そんな事を考えた事は、ない訳ではない。


 ただ、俺にはその資格はないと。

 与えられてはいけないとさえ、思っていた。



「確かに、あなたよりも先に救われるべき人はたくさんいるかもしれません。でも、自分の目の前で助けを求めている人すら救えないあなたに、それが出来るとは思えません」


「そんなの分かってるさ、それが出来る力もないって事は」


「……私が言いたいのはそういう事ではありません。あなたには、まず最初に助けなければいけない人が見えていないんです」


「最初に助けなければいけない人……?」



 それは誰だろうか、と考えて。

 すぐに答えが頭に浮かび上がる。



「自分の親か」


「違います」


「じゃあ、友人か?」


「それも違います」


「だったら、一体――」



 誰なんだ、と言おうとした俺の眼前に。

 エルクゥの厳しい視線と指先が突きつけられる。




「狭山さん。あなたが最初に救わなければいけないのは、まぎれもない――『あなた自身』なんですよ?」





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