9 交渉
サブタイトルの番号を修正。
あと、地味に加筆してあったり。
「ただいまー」
「はい、おかえりなさいナナキさん」
イシュマに戻り、ギルドに向かう前に教会へ立ち寄った。
無事に戻った事の報告をしつつ、用意してくれていた昼食を食べる。フィオに礼を言うと「私がしたくてしている事ですから」と笑って答えられ、何だか至れり尽くせりだな、と思いつつもこの後の行動を思案する。
まずは、ギルドで依頼書の報告を済ませなければ。
総額でいくらになるかは分からないが、それで装備や道具を整えたいし、可能なら魔術書の一つも見繕いたい。相場も分からないから、狸の皮算用だというのは分かっているけども。
その余りを使って、寝食させて貰っているお礼……という訳ではないが、教会に献金するとしよう。もちろん、献金以外にフィオにお礼を返す方法はあるんだろうけど、手っ取り早い方法として、だ。
「ごちそうさまです。それじゃ、ギルドに報告行ってきます」
「分かりました。ナナキさん、いってらっしゃい」
道具袋を背負い直して、冒険者ギルドへ。
最低限の読み書きをどこで覚えようか、と考えながら扉を開けると……
「あっ、ナナキさんっ!」
こちらの顔を見てパッと顔を輝かせたのは……登録の時に対応をしてくれた受付嬢の人か?
俺を見つけるなり「ダダダッ」と走り駆け寄ってきたのに驚いたし、周りの冒険者達を見ると「またか」といった感じの呆れたり微笑ましいものを見るような表情をしている。
……こりゃ、なにかあったのか?
「えーと、何か問題でもありました?」
「そういう訳じゃないんだけどね……ちょっと、付いてきてもらっていい?」
尋ねてみれば言葉を濁され、手を引かれるままについて行けばカウンターの奥にある扉の前に。
……なんだろう。
俺は悪くないはずなのに、何かをしたんじゃないかと思ってしまうような何かが湧き出てきた。
「例の冒険者をお連れしました」
「そうか、入れ」
受付嬢の人が中にいるであろう人物に伝えると、その言葉と共に扉が少しだけ開く。魔法で制御しているんだろうか、鍵を開けるような物音は全くしなかった。
その扉を開けて中に入ってみれば、特にこれといった特徴の無い個室だ。
しかし、特に豪華な調度品も装飾も無いこの部屋で執務用の卓に腰掛けていた女性は、明らかに「只者ではない」という風格を放っている。
「――君が、流れ人のムミョウ・ナナキ君だね?」
緑色の絹のような髪を開け放った窓から入る風で揺らしながら、その女性は俺に尋ねた。
その手には、俺が先日ギルドで書いた登録用紙が握られている。
「そうですけど……あなたは? なんとなくですが、このギルドで最も偉い人だと思うんですけど」
場の雰囲気や事態の流れに気付きながらも、俺はその女性を真正面から見つめる。
服装は、受付嬢の人よりも上質なものか。胸元で光る勲章は確か、ギルド内で最も位の高い人物が付けられる物だと知識に入っている。
という事は、だ。
深く考えずとも、この女性はこのギルドに置ける重要人物なのだろう。
「その通り。私は、この冒険者ギルドのイシュマ支部でギルド長をしている」
「……そのギルド長が、登録したての冒険者に何か用でしょうか?」
「あぁ、そこまで固くならなくてもいいよ」
思いも寄らず要職の人物と出会った事に緊張していたのか、いつの間にか身構えていたんだろう。
そんな俺の肩を軽く叩き、ギルド長はクスクスと笑う。
「むしろ、私達としては君に謝罪をしなくてはならないんだけどね」
「……謝罪?」
どういう事だろうかと思っていると、ギルド長は俺を連れてきた受付嬢の耳を「ギリィッ!」と掴んだ。
掴んだ上で捻りあげ、しかも爪を立てているという三連コンボを見るとそれほどの事らしい。
「アンナちゃ~ん? 何か変わった事があったら『す・ぐ・に』連絡するようにって、私は何度も説明したよねぇ……?」
「いだだだだだっ! ご、ごめんなさいーっ!」
二人の関係を知らない人が見ていれば、仲の良い姉妹がちょっとお仕置きしているだけだと思うだろう。
……その実は、笑顔だけども深く静かに怒っているギルド長が連絡を怠った受付嬢の耳を引き千切らんとする勢いで捻りあげている制裁現場なんだけども。
そして、そんな光景を間近で見せられている俺ってどうなんだろうか。
「えと、その……理由はいまいち分からないんですが、その辺りでいいんじゃないですか?」
「……そうだね。君をここに連れて来たのは、こんなものを見せるためじゃなかったんだし」
彼女が叱られている理由がいまいち分かっていない俺の言葉に、ギルド長は溜め息と共に受付嬢の彼女に耳から手を離す。相当な力が込められていたのか、手を離してもしばらくは赤くズキズキと痛むんだろう。
涙目で耳を抑えてる受付嬢の人には自業自得だと思う。
「ギルドとしては情けない所を見られてしまったかな?」
「個人的には親しみやすいとは思いましたけど」
「それなら結構」
椅子に腰掛けるように促され、俺は部屋の中央に置かれたテーブルにつく。
俺には何が起きていたのか、それとも起きようとしていたのかが良く分からないが、ギルドという存在に持っていた堅苦しいイメージがこの一件でボロボロと崩れていったのは事実だし。
「実際、何が起きようとしてたんですか?」
「簡単に言うと、ギルドで管理していた情報の流出や紛失。それ以外にもギルドの運営妨害で、一歩間違えればギルドとしての信用を失っていた所だったんだよ。大袈裟に言えば、ね」
「……うわぁ」
それなら厳重に注意がされているのも分かる。
耳を抓り上げるのが『厳重に注意』されていると判断していいのかは別として、だが。
「それも未然に防げた訳だから良いんだけど、何も無し、という訳にはいかないからね。後で改めて罰則の連絡がいくと思うから、アンナは覚悟しておく事」
「はぁい……」
しょぼーんと落ち込んでいるアンナを見て、さっきのギルド長の言葉と冒険者達の表情が思い浮かぶ。
何度も同じ事を繰り返しては叱られているんだろう。
だからこその、あの表情だと思う。
……俺以外にも巻き込まれた人がいるんだろうなぁ、きっと。
「……で、ギルド側としてはこの問題を内密に収めたい、という訳ですか」
「そういう事。話が早くて助かるね」
「まぁ、身に覚えがある話ですから」
俺も元の世界では、同じ事を繰り返して叱られていた経験がある。
運営妨害となるまで酷いミスをした事は無いが、それでも周囲からの信用を失いかけさせた事があるのも、事実。
その経験から推測すれば、当事者同士でこういう密約があってもおかしくないと踏んだだけだ。
「……それで、どうだろう。こちらとしては事を大きくしたくは無いんだが」
「そうですね……」
ギルド長を正面から見据えて、俺は思案する。
俺個人としても、ここでギルドと対立するつもりなんてない。
ただ、少しだけ楽が出来るのならしたいなぁ、とは思っているが。
「俺としては実害が無いんで、特に彼女に対して何かを求めたり言うつもりはないですよ」
「本当ですかッ!?」
「……ただ、ちょっとだけ便宜を取り計らってくれるのであれば嬉しいかな、と」
「そうくるか。まぁ、確かにそれをせざるをえない理由はこちらにあるか……」
困り顔なギルド長には悪いが、少しだけズルをさせて頂こう。
チートじゃないのかって?
いえいえ、これはただの交渉ですよ。




