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巨怪  作者: 佐竹
9/15

二の二 老人

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「エイセイさん!」

 ヒロミは訪問者をインターホンカメラで確認すると、直ぐに玄関へ向かった。どうやら警察ではないようだ。

「男だったな」

 深水がにやつきながら大石を見る。

「余裕ありますね――」

 二人が無駄話をする暇も無く、ヒロミは直ぐに戻ってきた。

「大石、深水さん。行きますよ!」

 深水は状況を理解しているのか、していないのか、直ぐに倒れ立ち上がって質問をした。

「何処に?」

「だから、うちの実家ですよ。急いで」

 そう言うとヒロミは、もう玄関へ小走りで向かった。二人も慌てて付いていく。

「三人共急いで下さい」

 玄関に立っていたのは、深水よりやや年上と思える、三十前くらいの男だ。

 男はそれだけ言って、挨拶もせずに歩きだす。真っ黒のスーツに身を包み、短髪を撫で付けている身なりと、何かを警戒しているような物腰と目付きは、まるでボディーガードのようだ。

 特に何もなく、無事にアパートを出て、男の車に四人は乗り込んだ。車を出すとようやく男は二言目を発した。

「挨拶が遅れました。わたくし、宇高衛正と申します。衛星の衛と正しいと書きます」

「宇高? ヒロのお兄さんか?」

 大石は思わず、男とヒロミを見比べた。やや痩せ気味の角張った輪郭と、太ってはいないが丸みのある女の輪郭。鋭い切れ長の目と、大きく丸い目。その他諸々、まったく似ていない。

 苦笑いしてヒロミが答える。

「違うんだけど……あとで説明するよ」


 衛正は始終緊張したまま運転していたが、何事もなく目的地についた。そこは赤坂どころか、多摩の奥地だった。

「お待たせしました。間もなくです」

 何を聞いても、今は答えられないとしか言わなかった衛正が、珍しく自分から口を開いた。

「ようやくか」

 時刻はとうに日を跨ぎ、うたた寝をしていた深水が目を覚ました。

「田舎って言うより山奥だな。どこだ? 長野? 山梨? それとももっと遠くか?」

 後部座席に座ったまま、身体のあちこちを伸ばしながら深水は聞く。

「東京です」

 衛正はあくまで簡潔に答える。

「ここ東京?」

 道は砂利、窓の外に見えるのは星明かりと漆黒の森。深水が疑問に思うのも無理はない、そう大石は思った。

「なあ、衛正さん。いい加減どこに向かってるのか教えてくれよ。どうせもうすぐ着くんだろ?」

 衛正の返事はやはり同じだった。

「答えられません。間もなく着くのですから待っていて下さい」

「杓子定規だなあ――」

二人のやり取りを大石は聞き流していた。車に乗り込んでからは一睡もせず、会話以外の時間は、大して代わり映えのしない景色を眺めながら何かを考えている。

 車が止まった。別荘とも山小屋とも言えない、小さな木造の小屋の前だ。

「着きました。……ヒロミさん、起きてください」

 助手席のヒロミは、衛正に揺すられて目を覚ました。

「やっとご飯?」

 本気なのか寝ぼけているのか。しかし、確かに大石や深水も空腹だった。ヒロミのアパートを出てから、ほぼノンストップでここまで来たのだ。

「軽くでしたら私が用意しますから。さあ早く。父がお待ちです」

 衛正に連れられ、三人は小屋の中に入っていった。一応は別荘と言える造りだ。小さいながらもちゃんとした玄関だった。

 だが大石は不審に思った。ダイニングへのものと思われるドアが、異様に頑強そうなのだ。表面は化粧板が貼られているようだが、廊下に対して大きすぎるそれは、金庫か古い蔵を思わる。ちょうつがいなどの接合部は全て内部に組み込まれ、外からの侵入を拒んでいるようにも見える。

 衛正は照明も点けずに、星明かりを頼りに廊下を進み、大きなドアノブに手をかけた。よく手入れされているのだろう。重そうな扉は以外なほどすんなりと開き、室内の光をこぼしていく。

「遅かったな」

 光の中から声がする。まだ目が慣れず、姿は見えないが、どうやら老人のようだ。

 衛正が光の中へ入って行き、ヒロミ、深水、大石も後に続いて入る。

「心配したぞ、ヒロミ」

「久しぶり! おじいちゃん!」

 中にいたのは六十は越えていそうな老人だった。

「衛正、戸を閉めろ。明かりが漏れる。……まあ無事でなによりだ。どっちが深水君でどっちが大石君だったかな?」

 部屋の中心の椅子にかけたまま、老人は二人を見た。

「俺が深水です」

「……大石です」

「二人共大変だったな。まあここなら大丈夫だ。とりあえず旅の疲れをとってくれ。衛正」

 名前を呼ばれ、目配せを受けただけですぐに衛正は動いた。部屋の端に寄せられていたテーブルを老人の前に配置し、椅子も四つ追加した。そして老人にそっと耳打ちし、奥のキッチンへ向かった。

 耳打ちされた老人のほうは、思い出したように自己紹介を始めた。

「済まん済まん。自己紹介が遅れたな。昔の癖で自分のことは誰でも知っていると思ってしまう。私は宇高兵衛という。聞いたことはあるだろう?」

 大石と深水は椅子に座り、お互いの顔を見た。それを見たヒロミが吹き出した。

「おじいちゃん! 今の人は宇高なんて知らないよ」

 兵衛老人は驚きやら消沈やら怒りやら、色んな感情を代わる代わる顔に出して言った。

「ヒロミ! 今はお前も宇高の人間なんだぞ! それに、今の人などという言葉は私に使うな! 私も今の人間だ!」

 今度は深水が吹き出した。ヒロミもまた笑い出す。つられて、大石や兵衛老人も笑い出した。

 それを断ち切ったのは衛正だ。雰囲気が読めていないのかと思える冷静さで、兵衛老人を諌めた。

「大父、リラックスするのはよろしいですが、緩んでいられる状況ではありませんよ」

 衛正はテーブルに人数分のお茶と取り皿、それと山盛のスパゲッティーを置いて椅子に座った。

「まあ後でいいだろう。さっきも言ったように、取りあえず疲れをとってくれ。さあ、腹が減ったろう?」

「いただきます!」

 ヒロミが勢いよく食べ始める。大石と深水も空腹を思い出してフォークを伸ばした。三人共、考えたり警戒したりは休み、今は食べることに集中する。

 兵衛老人は嬉しそうに眺め、衛正はやっと少し緊張を緩めたように椅子に深く座り、お茶をすすった。


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