一の六 調
大石の予想とは裏腹に、隣人の部屋はかなり整頓されていた。不精な見た目からは想像しにくい。
しかし、整頓されてはいるが、部屋はかなり狭い。所狭しと、色んな物が置いてある。大型のデスクトップパソコン、壁一面の巨大な本棚、よくわからない民族的木彫りの置物、望遠鏡、謎の電子機器類。
だが不思議なことに、物が溢れているにも関わらず、生活感がほとんどなかった。
「深水さんって何されている方ですか? 学生?」
ヒロミがいち早く的確な質問をする。いつの間に隣人の名前を知ったのだろう? 表札を見たのだろうか? 大石も表札ぐらい見た記憶があるが、隣人の名前を音で聞いたのは初めてだ。
「うーん。フリーターかな一応。勤めてはいないけど収入あるし」
「この機械って何?」
「超微粒子量子振動検出機」
「これは?」
「共振動型時空振増幅機」
「あれは?」
「カオス式多次元干渉制御システム」
「ふーん。全然わかんない」
大石にもさっぱりわからなかった。わかったのは一つだけ。この部屋にはベッドも布団を敷くスペースもない。
「えと……深水さん? ほんとにここで生活してるの? 寝る場所無いんじゃないですか?」
深水は、パソコンデスクの隣にある、何も乗っていないアルミ製の机を指差した。
「そこ」
大石はそれ以上何も言わなかった。
「それより! あのオベリスクって黒い塔! あれって何なんです?」
深水が細い目を嬉しそうに一層細める。
「そう、オベリスク。テレビやラジオで聞いたと思うが、これを広めたのは僕だ」
大石はただ黙って二人の話を聞いている。
「オベリスクって確かエジプトの石塔ですよね?」
「らしいね。僕は名前を広げただけで、意味は知らなかったんだ。なかなかいい名前が思い付かなかった時に、大石君があの塔を見てオベリスクって言ったのを聞いて、これだって思ってね」
大石は大きな目を一層見開いて広瀬を見た。
「そうなの? 大石!」
ヒロミも驚いたように大石の顔を覗き込む。
大石は直ぐに迷惑そうな、つまらなさそうな顔をして言った。
「そうでしたっけ?」
「工事の人達があの中にいると言ったのは、僕の考えだ。状況証拠ばかりだが、それしか考えられない」
深水は自分勝手に喋り続ける。
「先ず、工事の音とオベリスク出現時のものと思われる轟音、この二つの時間的差は数秒しかない。次に足跡等の痕跡だ。駐車場の地面はぬかるんでいたが、外に足跡がなかった。そして工事の道具や車輌が破片すら見つかっていない。これは全てがあのオベリスクに取り込まれたとしか考えられない!」
大石は無表情のまま、ヒロミは目を見開いてうなづきながら、深水の演説を聞いている。
深水は更に熱く演説を続ける。
「次に、オベリスク自体の詳細だが。底面は正確な正方形で、面積は100平方メートル、各辺の誤差はなんと0.001パーセント以内。垂直方向も誤差0.001パーセント以内で垂直。高さは毎時3センチずつ伸びている」
「伸びているのか?」
大石はようやく表情を変えた。
「ああ。超音波やX線を使って調べてみたところ、地中に埋まっている大きさは測定限界を越える」
「そんなに大きいの?」
「全体像は想像がつかないな。材質は全く不明。というより変化し続けている。導体になったり不導体になったり、反発係数何かも変化している」
ヒロミの表情が固まりだした。そろそろ理解が追い付かないようだ。それでも文系にしてはよく着いて来ていると、大石は思った。
「一貫している特徴は、内部が全くわからないこと。超音波もX線も吸収したりしなかったりだが。吸収した場合、反対側に出てこないし、何かに反射して帰っても来ない。……これは極秘だが、内部はまるでブラックホールだ。吸収だけして何も出さない。質量計測も色々な方法で行ったが、どれも測定不能だった……」
演説が終わり部屋が急に静かになった。深水は二人の反応をうかがい、ヒロミは一生懸命理解しようとし、大石は何となく点滅を繰り返す機器を見たり小さな作動音に耳を傾けていた。
そのおかげか、大石だけがそれに気付いた。
「何の音だ?」
ジーという機器の微音に混じり、カチカチというアナログ時計のような音がする。この部屋にアナログ時計はなかった。デジタル機器に囲まれていたので、大石はその音に妙な違和感を感じた。
「こんな音を出す物ないぞ……」
深水は狭い室内を音源の方へ、機器類と二人を避けながら進んでいく。
「これは……」
「どうしました?」
ヒロミは座ったまま音の方を覗く。
「外へ出ろ! 早く!」
深水が叫ぶ。
目を白黒させながらも、ヒロミは素早い身のこなしで外に出た。大石も多少もたつきながらも外に出る。最後に慌てて深水が出てきた。
「何です?」
「何かあったんですか?」
「いいから早く離れろ!」
深水に急かされ、三人はアパートから50メートル程離れた。
見上げた大石は、確かにオベリスクが高くなっているように感じた。
「何があったんですか?」
ヒロミは同じ質問を繰り返した。
「……時限爆弾だ」
深水が息を切らせながら答える。運動不足にもほどがあるだろう。
「爆発しませんよ?」
「あれ? あと30秒くらいだったんだが……」
「誰かのいたずらでしょ?」
「……そうだよな。いたずらか!」
強張っていた顔をようやく崩して、深水は腕時計を見てからアパートに戻り始めた。
「戻ろう。次の取材の時間が過ぎてる。何なら君らも一緒に受けるか?」
そう言った瞬間だった。
アパートが爆音と共に炎に包まれた。
三人共開いた口が塞がらなくなった。
アパートが火元は広瀬の部屋のようだ。あっという間にアパートは巨大な火と煙の柱になる。オベリスクが二つになったかのようだ。
呆けている大石の携帯電話がなった。
『もしもし? 済みませんね? 広瀬さんの携帯が燃えてしまったようなので、大石さんにかけさせてもらいます。まあ今回は脅しなので、以後でしゃばらなければ危害は加えません。それでは』
大石が一言も喋らないうちに、一方的に電話は切れた。
「脅しだそうです」
大石の声は二人に届いてはいなかった。二人とも呆然と立ち尽くしている。
まだ若い男だったな。大石はさっきの電話の声を思い出していた。
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