一の三 噂
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都市の社会構造とは完成された一個の巨大な社会ではない。地域、会社、学校などの小さな社会が複雑に絡み合って、互いに影響しあって形成している。だが、あくまで個々の社会でしかないそれらは、必要最低限の交流しか持たず、都市とは根本的には小さな社会の集合体なのだ。
大石が大学に着くと、あの物体のことなど直ぐに忘れてしまった。学校とは小さな社会の中でも特に閉鎖的で、自ら隔離を望んでいる。何の変哲もないいつもが過ぎていく。
「大石、三加佐町ってあんたの住んでるまちじゃなかったっけ?」
大石の数少ない友人、というよりも時々会話する程度の知人の宇高ヒロミが箸を置いて聞いてきた。
「そうだけど?」
「なんかニュースで、変な建物が何処からともなく現れたって言ってたよ」
大石は半分以上残っているラーメンを啜りながら、さっきのことを思い出していた。隣人はあの後も大石が出かけるまで、あの場にいたまま物体を観察し続けていた。あの様子だとまだ観察してるかも知れない。
「ねえ何か知ってる? それとも見た?」
まだ食事中だというのにヒロミは世話しなく責っ付いてくる。いきなり大石の目の前の席に座ってあっという間にトンカツ定食をかきこんだのはこれが聞きたかったかららしい。
昼時もとうに過ぎてはいるが食堂にはまばらに学生がいる。ヒロミはそんなことお構い無しに張りのあるよく通る声を響かせて繰り返し聞いてくる。
「おれのアパートの隣だよ」
遅すぎる朝食を食べ終えて大石は答えた。
「マジで? ねえねえ、どんなのなの? 本当に人が食べられたの?」
「人が食べられた?」
「ネットの掲示板で言ってたよ。付近の住人によると、工事の人達があの黒い塔に食べられたって。あ! あと誰もそれが出てきた瞬間を見てないって本当?」
大石は疲れたような白けたような顔で言う。
「誰もでてきた瞬間を見てないかどうかなんて、おれがわかるわけないだろう。ていうか工事の人達がいなくなったのはあれが現れたときだろう? 見たのか見てないのか矛盾してるじゃん」
「あ……そうか」
ヒロミは関心したように大石を眺め、やっと静かになった。今度は真剣な顔をして何かを考え込み始めた。
大石が最初にヒロミに会った時もこんな感じだった。大学に入って間もない頃、講義前に教室で本を読んでいた時、突然話し掛けられ本や趣味の話をした。ヒロミは同じクラスの人に手当たり次第声
をかけていた。大石がその時読んでいたのは古生物の本で、話題はそこから地学サークルがあるという話になった。大石が入ろうかなと言うと、非常に興味を示していたヒロミは今と同じように黙って考え込んだのだ。結局二人とも入ったが、大石は半年も経たずにこの前やめてしまった。ヒロミのほうはまだ所属しているらしい。
「よし!」
ヒロミがいい声をあげた。
「今日あんたんち行かせて」
「は?」
「間近で見たいし、詳しい話も近くの人から聞けるじゃん」
この女の子は何にでも興味があるのだ。そして物おじせず暴走に近いスピードで突き進んで行く。
大石は考えた。そもそも朝からちゃんと大学に来ていた人間が何故こんな時間に昼食をとったのだろう?
解説 大石達の通う学部では、通常の大教室での講義の他に、クラス単位での外国語やスポーツ、教養の授業があります。