一の一 壁
連続的細かい揺れが狭い部屋を激しく揺さぶる。部屋中のガラクタがつられて振動し、工事の音と重なって大騒音となる。
そんな揺れと音の中、その人物は熟睡していた。布団を頭まで被り、体を小さく丸めている寝姿は、周りのゴミやガラクタと区別がつかない。
部屋の至る所でうずたかく積み上げられた本やガラクタの山が揺れている。不思議なことにそれらは揺れるだけでいっこうに崩れる気配がなかった。いや、よく見ればそれは当然だ。崩れる余地のあるものは全て崩れ、床は足の踏み場もない。崩れた物が今ある山を支えているのだ。
外で一段と大きな音がし、部屋が大きく縦に揺れた。
「ごふぅ」
押し潰されて息がもれ出したような、声とも悲鳴ともつかない音を出してその人物は目を覚ました。
50cmはある大きな怪獣の人形が腹の上に落ちたのだ。なぜかそこだけは綺麗に整頓された本棚には、さなざまな怪獣の人形やいろいろなジャンルの分厚い本がきっちり並べられている。整頓されているだけに、逆に崩れる余地があったのだ。
「いってえ……」
腹の上の人形を持ち上げながら体を起こした男は、少年とも言えるような小柄な青年だった。顔と声を確認しなければ、中学生にも間違われそうだ。
寝ぼけ眼を擦り、少し安心したように人形を眺めた。ゆっくりと立ち上がると、大きな人形を本棚の一番上、恐竜の塩ビ模型と金属製の骨格模型の間のスペースに置いた。満足げに本棚の模型や人形、何かの専門書を眺める。
落ち着くと、青年はあることに気がついた。
「なんで落ちてきたんだ?」
荒れ果ててはいるが、静かな部屋はすでに微動もしておらず、さっきまでの騒がしさが嘘のようだ。
青年は取りあえず、爪先立ちで小さな台所に移動し、昨日からの洗い物を横にずらして顔を洗った。壁にかけてある小さな鏡には激しい寝癖頭で、うっすらと髭を生やした男がいる。青年はその髭を気に入っていた。大きな二重瞼の目が特徴的で二回りは童顔だ。その小さな体格とあいまって、髭が生えるまで正しい年令に見られたことがない。
剃ろうかどうか迷って、結局剃らずに身支度を始める。ゴミとガラクタだらけに見える床のあちこちから、鞄やら財布やらを引っ張り出して、部屋に一つの扉の前にかけてある洗濯物から適当に選んで着ていく。準備が済むと、寝癖頭をキャップで隠して扉を開いた。
洗濯物をかき分けて頭を出すと、青年は硬直した。
「……」
口を半開きにし、ドアノブは掴んだまま、靴も履きかけのまま時間が停まってしまった。
青年の住む部屋はボロアパートの二階。窓側は小路、玄関側は一昨日ぐらいから何かの工事で地面を掘っている駐車場のはずだ。
本来駐車場があるべきそこには、壁があった。真っ黒で垂直の壁がアパートの軒を越えて伸び、どのくらいの高さなのかもわからない。幅は正確に駐車場の幅だ。奥行きもどうやら駐車場の分と同じようだ。駐車場は確か、ほぼ正確に正方形だった。ということは、その黒い物体は壁ではなく、四角柱のようだ。
何とは無しに、微動だにせず、青年はそんなことを考えた。それも終わると、やっと一般的な反応をすることができた。半開きの口が動く。
「なんだこれ」