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巨怪  作者: 佐竹
12/15

二の五 水上

 岸から数百メートル先の水面にそびえ立つそれは一点だけアパートの横に建った物と異なった。

 大石たちは岸からそれを見上げていた。兵衛老人が感心しながら言う。

「また高くなったな」

 このオベリスクは既に200メートルを越えているだろう。太さは同じようだから、こうなると塔と言うより棒だ。

「同じオベリスクなんですか?」

 深水の質問に兵衛老人が嬉しそうに答える。

「人間が調べられる分析方法では全くの同一体。各辺の長さ、角度、高さ。僅かな誤差すら無い」

「高さって……全然違うじゃん」

 ヒロミの疑問には深水が答えた。

「オベリスクは徐々に高くなっていた。つまりあっちのオベリスクもこれと同じ高さになっている……。そういうことですね?」

「理解が速くて助かるな。そうだ。あれは全て、同じタイミングで同じ分高くなっている」

 兵衛老人の言い回しに気になるところがあり、大石は聞いた。

「全て? まだ他にもあるんですか?」

 兵衛老人はなぜか、失敗したというような顔をし、渋々口を開く。

「……全部で八柱だ」

 その言葉に大石が何か返そうとしたが、衛正がいきなり会話を止めた。

「無駄話は後にしましょう。ここもあの町同様封鎖されています。ようは敵地にいるようなものです」

 ヒロミは疲れた顔になって文句を言う。

「また逃げるのか……」

「その前に……あれを側で見れませんか?」

 大石の愚問に、衛正は呆れるというより驚いて答えた。

「奴らはあれを監視してるんですよ! 自ら捕まりに行くようなものだ」

 残念そうな大石を見て、兵衛老人は口の端を上げた。

「面白い。衛正、どうせ強行突破するのだろう? 行かせてみろ」

「大父! 何を?」

 衛正は信じられないという表情で兵衛老人と大石を見比べた。

「確かにここからの経路はやや強行ですが、それにしてもその行為は無謀です……」

 衛正の言葉を遮るように、兵衛老人は有無を言わさぬ鋭い目で衛正を見た。その口元は、何かを企むように歪んでいる。

 衛正は一瞬、兵衛老人とアイコンタクトを取り、まだ不満そうだが、妙にあっさりと言った。

「より可能性の低い賭であるとお忘れなく」

 大石には何が賭であるのかわからなかった。ただ、あれを側で見たかっただけだ。

「俺も行かせてください」

 深水の希望を予測していたように兵衛老人は言う。

「まあ、いいだろう」

「私も……」

「ヒロミ、お前は駄目だ」

 ヒロミの意思は、兵衛老人に頭から否定された。

「なんで!」

「危険だと言っているだろう」

 言葉は少ないものの、その真剣な表情はヒロミの言葉を完全に封じてしまった。

 大石と深水の感心はすでにオベリスクに向けられ、兵衛老人のそんな態度に気が付く余裕はなかった。


 岸には、捨てられたボートが一隻あった。大分古いようだが、幸い穴などは開いておらず、何とか使えそうだ。

「くれぐれもお気を付けください」

 二人がボートに乗り込むと、衛正はそう言ってゆっくりと押した。ボートがゆっくりとオベリスクに向かって進む。二人はボートに残されていた今にも折れそうなオールでボートを進める。

「ところで、ここってどこですかね?」

 大石が不意に思った疑問を口にする。

「風景とかさっきの地下水道とか考えると、多分奥多摩湖だろ」

 深水はすでにオベリスクに目を奪われたまま答える。

 大石はその言葉を確認するように辺りを見回す。岸にヒロミたちの姿はなくなっていた。それを不審に思いながらも、大石は水をかいた。

 オベリスクまであと100メートル程に迫った。その高さに圧倒される。先端を見上げていると首が疲れるほどだ。オールを持つ手の動きが鈍くなっている二人を、その声が現実に引き戻した。

「そこのボート。直ちに引き返しなさい。今この湖は一般人の立ち入りが禁止されています」

 スピーカーからの声だ。深水は一瞬オベリスクから目を離し、大石を見た。その目には決意が込められていた。次の瞬間、二人は全力でボートを漕ぎ出した。

「停まりなさい! その物体は非常に危険です。停まりなさい! ……警告に従わない場合は発砲します!」

 それでも二人は水をかき続けた。

 遠くで破裂音がした。それと同時に、ボートのほんの2、3メートル先で水が跳ねた。

 それでも二人は止まらない。異様な興奮状態にあった。それが危険によるものなのか、オベリスクに近付いたことによるものなのか、二人に判断は出来なかった。

 ついに1メートル先で飛沫が上がる。しかしオベリスクまですでに10メートルもない。そこからはもう、銃撃も放送も無くなった。

 近付いて見ると、やはり質感等はあのオベリスクとそっくりだ。だが、大石にはそんな詳細なことよりも、この巨大な物体自体に異様とも思える畏怖の念を抱いていた。真下から見上げると、まるで天を支えているか、天を貫いているかのようだ。

 他の何をも忘れてオベリスクを見入る大石を、深水の叫びが現実に呼び戻した。

「大石君! 船をを停めろ! ぶつかる!」

 正面を見れば、どんどん黒い壁が迫って来る。すでに3メートルもない。二人は必死にボートを停めようとしたが、さっきまで全力で進めていたものが急に停まるはずがない。

「ぶつかるぞ!」

 こういう時は水中に飛び込めばよかったのだろうが、二人は体が硬直してしまった。ぶつかったと、二人が思った瞬間、何の衝撃もなく、世界はただ漆黒の闇に包まれた。


「なに! どうしたの?」

 林の中からボートを見ていたヒロミは、思わず上ずった声を上げた。ボートがオベリスクにぶつかったと思った瞬間、ボートが消えたのだ。いや、それは正確ではない。ぶつかる瞬間にオベリスクが一回り太くなり、ボートはそこに沈み込むように音も無く滑りこんだのだ。そして次の瞬間には、オベリスクは元の太さに戻っていた。水面には、ただボートが消えただけのように、ボートが進んだことで生じた波しかない。オベリスクが太くなったことで波は生じなかったのだ。

 突然サイレンが鳴り響いた。オベリスクを挟んで反対側の岸に何人もの人間が現れる。それを見計らい、衛正は言った。

「今のうちです」

 ヒロミは信じられないという顔で見る。

「二人は? どうするの?」

 衛正は何も答えずヒロミの顔を見る。そこからは残酷な決意が読み取れた。

 何も言わない衛正に代わり、兵衛老人が口を開いた。

「何かあればお前を最優先にすると言ったろう」

「囮にしたの?」

 ヒロミの目には、怒りと僅かな涙が浮かんでいた。

「そうしなければ私達三人も逃げられない。犠牲は二人で充分だ。急ぐぞ」

 まだ何か言おうとするヒロミの口を、衛正が塞いだ。ヒロミはもがいて振りほどこうとしたが、衛正はそのまま塞ぎ続けた。やがて息が続かなくなり、ヒロミは意識を失った。

 気を失ったヒロミを衛正は背負い、兵衛老人と無言で目配せすると、何も言わずに林の奥へと進んで行った。

 衛正の姿が見えなくなると、兵衛老人はオベリスクの方をまた見て呟いた。

「封印か……」

 オベリスクの周囲には、十隻以上のボートが取り巻いてなにやら作業を始めていた。


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