二の三 決意
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三人が食事を終えるのを待って、兵衛老人は切り出した。
「さて、詳しい話は明日にしようか? それとも今すぐがいいか?」
深水が間髪入れずに答える。
「今すぐでお願いします」
疲れていたが、大石も同じ意見だ。一刻も早く状況を理解したい。
「そうだな。何から説明したものか……」
兵衛老人は天井を見上げて、話を頭の中で整理し始める。
大石は先ず、自分が最も気になっていることを聞いた。
「あれは一体なんなんです?」
目を天井でしばらく泳がせた後、兵衛老人は大石を見て答えた。
「あれの正体か。それはまだ私にもわからん。ただ、奴らは知っているようだ」
「やつらって? 私たちを脅した……警察?」
ヒロミがテーブルから乗り出して聞く。
「そうだ。いや、正確に言えば政府だ。警察はあくまで手足で動いているだけだろう」
「俺達が追われているのは、やっぱり俺がオベリスクを調べようとしたからですか?」
気まずそうに聞く深水に、衛正が答える。
「それも少なからずあるでしょうが、あの時アパートにいた住人を全員、拘束するか殺すつもりのようです。他の住人は全てそうなりました」
深水と大石は驚き、今更ながらに恐怖を感じて黙ってしまった。
「警察ってあんな無茶苦茶やるの? 爆弾使うなんて……」
ヒロミが聞く。確かにやり方が異常だった。
「警察はもっと末端で動いている。あれをやったのは別の組織だ。因みにテレビの放送は私がやらせた」
兵衛老人が自慢げに言い、大石と深水が理解できずに間抜け顔で聞き返す。
「どういうことです?」
「あの放送は、警察より先に私が情報をつかんで流させたものだ」
兵衛老人は自慢げに言った。
「やっぱりね。警察が私の部屋に来るより先にテレビで報道されるなんて変だと思った」
ヒロミだけが訳知り顔でいる。
「どういうことだ?」
二人は同じ質問を繰り返す。それには衛正が答えた。
「大父はマスコミに強い影響力を持ち、政府の各機関にもコネクションがあるのです」
詳しいが要領を得ない答えに、ヒロミが付け足す。
「おじいちゃんはテレビ業界の超大物なんだ」
兵衛老人は益々自慢げに嬉しそうに言う。
「宇高と言えば、世界で有名な日本人の一人だぞ」
深水は不思議そうに聞く。
「知ってる?」
大石は怪訝そうに答える。
「いや、聞いたことないですね」
兵衛老人はあからさまにがっかりした。
「だから言ったじゃん。知ってるわけないって。それより、組織って何?」
ヒロミは自分の祖父を冷たく突き放し、質問を続ける。
「簡単に言えば秘密諜報機関だ。奴らは手段等を選ばんし、特別権限も多く持っている。気をつけろ」
深水が恐る恐る聞く。
「特別権限って……?」
兵衛老人が言葉を選んでいる間に、衛正が率直に答えた。
「殺人や破壊工作、情報操作を含む、あらゆる権限です」
一体自分は何をしたのか。大石はもう一度考えた。何故こんな目に会っているのか到底理解できなかった。
兵衛老人は三人を落ち着かせるように優しく言った。
「お前達は事がおさまるまで安全なところで保護してやる。政府とは私が話をつける」
その申し出をヒロミは即答で断った。
「いや。おじいちゃんには悪いけど、誰かに守ってもらったり世話になったりはできるだけしたくない。自分で何とかするよ」
兵衛老人は怒りを押さえつつ諭すように言う。
「馬鹿を言うな。子供が何とかできるレベルの話じゃない。いいから任せておけ」
「そりゃ私が何とかできるレベルじゃないかも知れないけど……隠れているのは絶対にできない。自分から解決のために何かしたいの!」
今にも怒鳴りそうな顔で、兵衛老人はしばらくヒロミを睨んでいた。そのうち根負けしたのか、溜息を一つ吐いてから口を開いた。
「仕方ない。勝手に動かれるよりましだ。ただし私から離れるなよ」
「ありがとう」
ヒロミは満面の笑みを浮かべ言った。
「やれやれ。誰に似たのか……。安心してくれ。君らの安全は保証する」
兵衛老人は今度は二人のほうを見て言った。
それを深水もあっさりと断った。
「俺もお断りします。あいつらには高い機器を全部壊され、データもサンプルも全部燃やされました。黙ってられません」
深水が始めて怒りの感情をあらわにした。
「それにオベリスクの正体を確かめないと気が済みませんし」
不適に笑う深水を見て、呆れ顔で兵衛老人は首を振る。
「懲りないな。それで死にかけたというのに。何かあったら私は最優先でヒロミを助ける。君の安全は保証しかねるぞ?」
「構いません」
いい加減にしてほしいという顔で、兵衛老人は大石を見る。
「まさか君も来るとは言わんだろうな?」
決まっている。安全なところで隠れているのが一番利口だ。
「行きます」
大石は自分で自分の言葉に驚いた。別に見栄を張った訳でも、二人に合わせた訳でもない。何故かそう言ってしまったのだ。しかしそれでも、後悔はなかった。
兵衛老人は一層疲れた顔になった。なんだか十は年を取ったように見える。
椅子をひき、急に衛正が立ち上がった。顔に緊張が満ちている。
三人は戸惑い、兵衛老人だけが同じく緊張気味に衛正に問い掛ける。
「どうした?」
「しっ! お静かに……」 部屋を沈黙が包む。
何か聞こえる。風のような、空気を叩く音。
音を確認すると、衛正はいきなりテーブルを動かし始めた。そして床の何かを探してはいつくばった。
音が大きくなる。あれはヘリコプターの音だ。
「奴らにここがばれたようです」
そう言って衛正は床の一部を押した。電子音と金属音がし、フローリングの板が少し持ち上がった。隙間に手を入れ、衛正が一畳程の板を持ち上げると、下にはセラミックス製のような扉があった。一見すればただの床下倉庫だが、扉には電卓のようなものが埋め込まれている。
衛正は素早くボタンを押し、手の平を押し付けた。小さな電子音がしたかと思うと、機械音と同時に扉が少し浮いた。衛正は再び隙間に手を入れ、扉を持ち上げる。今度の扉はかなり思いらしく、なかなか体格のよさそうな衛正でも、ゆっくりとしか動かなかった。それも理解できる。持ち上がった扉は、厚さが30センチメートルはある。
兵衛老人がまた自慢げに言う。
「こんなこともあろうかと作っておいた。この部屋自体も並の銃や炎じゃびくともしないが、この扉は爆弾でも傷もつかん」
もうヘリコプターは真上に来ている。
ヒロミは不安げに聞く。
「こんなことって?」
「組織です。さあ早く」
衛正に急かされ、兵衛老人、ヒロミが扉のなかに入って行く。ヒロミは完全に扉に入る前に、頭だけ出して聞いた。
「衛正さんは?」
「私は最後に行きます。御心配せずに早く」
心配そうにしつつも、ヒロミは扉の下に続く梯子を降りて行った。
続いて深水、大石と、梯子を降りる。大石の頭が入ると同時に、爆音がし、部屋が揺れる。そっとのぞくと、入り口から武装した軍人のような連中が入って来る。そのなかの一人が口を開く。
「久しぶりだな正護。今は衛正だったか?」
銃口は全て衛正に向けられている。
「撃つなよ。こいつのことだ。体中に爆薬を着込んでるぞ」
隣にいる、副官らしき男が聞く。
「ならやつを撃ちますか?」
銃口が大石に向く。
「止めておけ。こいつの目的は宇高の人間の安全だ。下手なことをすれば今すぐにでも自爆するぞ」
怒りの形相の衛正がやっとしゃべった。
「大父を裏切った外道め」「言いたいことはそれだけか?」
衛正は相手を無言で睨み返し、次の瞬間大石の方を見た。
大石は意図を悟り大急ぎで梯子を降り始める。
「逃げます!」
「止せ!」
あいつらの声が聞こえる。
服を脱ぐようなきぬ擦れの音が聞こえ、大石は思わず上を見た。大石は驚きの声を上げる。衛正が落ちて来たのだ。大石にぶつかる寸前、扉の閉まる音共に衛正の体が空中で止まった。
「爆弾を仕込んだスーツを点火して投げ付けてやりましたが、このくらいではやつには時間稼ぎにしかなりません。急ぎましょう」
珍しく多弁にしゃべりながら、衛正は扉に鍵をかけた。
他の三人はもう下まで降りたようだ。大石と衛正は赤い小さな電灯しかない穴を、まるで奈落に向かうように降りて行った。