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千鳥鉄の女  作者: カキヒト・シラズ
参 闇夜の死闘
9/11

九の巻

 阿国座『枕獅子』初演から二日後、徳川家光の一行は再び日光社参に出発した。

 江戸を出発してから四日目に日光に到着し、二日過ごした後、帰途についた。

 家光の影武者となった松五郎は、少しずつ将軍の生活が板についてきた。

 将軍の馳走を食べ、将軍の美酒を飲み、将軍の着物をまとい、将軍の部屋で寝る。

 女も少年も好きなだけあてがわれた。

 日光での儀式や典礼は退屈だったが、きらびやか毎日は、これまでの過去を忘れさせるほど魅惑に満ちていた。

 明日は江戸城に戻る。

 松五郎は岩槻城の中奥二十畳の部屋に一人で寝ていた。

「松五郎先生」

 聞き覚えのある声で昔の自分の名を呼ぶ声がする。

 松五郎は起き上がり、行燈の明かりを灯す。

「松五郎先生」

 暗闇に三郎の顔がぼんやり浮かび上がる。三郎は黒装束に身を包んでいる。

「三郎じゃないか。なぜここに」

「昨日、『枕獅子』の千秋楽でした」

「どうだった?」

「連日、大入りでした」

「うまく『枕獅子』は演じられたのか?」

「おいらは二日目だけです。三日目以降は立役の勘之助が『枕獅子』をやりました。勘之助は前から女形がやりたかったそうです」

「そうか、勘之助がやったのか」

「・・・・」

「ところで三郎、どうしてここがわかった」

 三郎の目つきが変る。

「まだ儂に気づかぬか」三郎が老人のしわがれ声で言う。「それとも気づかぬふりをしているのか」

 三郎はおもむろに懐から能面を取り出し、顔にかぶる。

「お頭」松五郎がつぶやく。「お頭の正体は三郎だったのか」

 松五郎は能面党の「ま」組に所属していたが、「ま」組の組頭の顔は見たことがなかった。

 ただ声だけは知っていた。

 しわがれた声から老人だとばかり思っていたが、少年だったとは。

 歌舞伎役者なら、老若男女、どんな声でも真似ることはできる。

「能面党の掟は覚えておるな。抜け忍、裏切り者は殺す」

 三郎は背中の刀を抜く。

「待ってくれ」

 松五郎は布団から飛び起きようとする。

 だが三郎の振り下ろした刀の方がわずかに速い。

 夜の岩槻城の中奥から、断末魔の悲鳴が響き渡る。   

 


 


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