四の巻
武家に生まれた男子は武術を身につけなくてはならない。
柳生家に生まれた男子は武術に加え、忍術を身につけなくてはならない。
そして柳生家に生まれた女子は・・・・武術と忍術に加え、漬物の作り方を覚えなくはならない。
「母上」幼少のお蘭が厨房で料理している母に訊く。「どうして柳生の子はよその侍と違って、武術だけじゃなくて忍術も習うの?」
「それは柳生がよその侍よりえらいからよ」
「じゃあ、柳生の男の子は武術と忍術だけでよくて、どうして女の子は武術と忍術と漬物の作り方を勉強しなきゃいけないの。三つもやらされるなんて不公平だわ」
「それはねえ、柳生の女が誰よりも一番えらいからよ」
十年以上も前の記憶だった・・・・。
あのときは母の言葉が理解できなかったが今ではわかる。
柳生の女―母、おりんは誰よりも一番えらい。
誰よりも強く、誰よりもやさしい。
真剣の構え方、手裏剣の投げ方を最初にお蘭に教えたのは、母だった。
漬物の作り方も母から教わった。
その母が亡くなって三年経つ・・・・。
厨房で白菜を切りながら、お蘭は母のことを思い出し、涙ぐんだ。
お蘭は切った白菜を皿に移すと、まな板の上に大根を置く。
懐から南蛮千鳥鉄を取り出す。
千鳥鉄は母の形見だった。
千鳥型の分銅のついた鎖を振り回し、勢いをつける。
大根に狙いを定め、鎖で八の字を描く。
鉄筒の先の肩紐を強く引くと瞬時に鎖が鉄筒に吸い込まれ、分銅が鉄筒の先に当たり、「カチッ」と鋭い金属音を響かせる。
するとその金属音に合わせるように大根がいくつもの輪切りにばらける。
「お見事」
振り向くと宗冬だった。
「姉上も腕を上げたね。今の技、母上みたいだ」
宗冬は皿に盛った白菜一切れをつまみ食いする。
「こりゃあ、うまいわ」
「こらっ、夕飯のおかずよ。食べちゃだめでしょう」