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千鳥鉄の女  作者: カキヒト・シラズ
壱 柳生家の面々
2/11

二の巻

 品川の万松山東海寺の縁側では、二人の若者が座禅を組んでいる。

 一人は柳生家の二男、友矩とものり。もう一人は三男、宗冬むねふゆ

 住職の沢庵(たくあん)和尚が二人の背後で警策(きょうさく)を持ってゆっくり歩き回っている。

 宗冬の体がわずかに動く。

 沢庵和尚が宗冬の肩を狙い、警策を振り下ろす。

 すると宗冬が「チュェェェース」と奇声を発して立て膝になり、沢庵和尚の手首をつかむと、起き上がりながら和尚の体を庭に投げ飛ばす。

 沢庵和尚はもんどりうって地面に大の字になる。

「和尚!」友矩が気づいて起き上がる。「大丈夫ですか?」

「すいません」宗冬が我に返って言う。「間違いました」

 沢庵和尚は友矩に起こされて立ち上がり、袈裟についた土を払う。

「宗冬っ」友矩が言う。「おまえ、何やってんだ」

「兄上、無刀取りと間違えちゃった」

 宗冬は最近、柳生新陰流の奥義、「無刀取り」の稽古に精を出していた。

 自分を襲ってきた相手の手首をつかみ、投げ飛ばす技だ。

 背後から襲われた場合、気配を感じてすぐ攻撃に転じねばならない。

 そのくせが出て、つい警策を刀と間違えて、沢庵和尚を投げ飛ばした。

 宗冬は頭を掻きながら、長々と弁解を続ける。

「おぬしも柳生家の子よのう」沢庵和尚が言う。「父上や兄上に似て、頭の中はいつも剣術のことばかり。剣豪を目指すなら、これくらいがちょうどいいかも知れん」

 沢庵和尚は声を立てて笑う。

 怪我はないようだった。

「申しわけございません」友矩が頭を下げる。「弟には拙者からもよく言っておきます」

「まあ気にするな。友矩殿は真面目すぎる。ときどきは弟を見習って、野獣の感性を見につけたらどうじゃ」

 すると境内に人影がある。

 おらんだった。友矩の妹、宗冬の姉である。

 桃色の小袖と赤い帯が、おかっぱ頭に似合う。

 数えで友矩が二十一、お蘭が十九、宗冬が十七だった。

「和尚さん」お蘭が言う。「練馬大根のお漬物を持ってきました。よかったら召し上がってください」


「それは大変失礼いたしました」お蘭が言う。「私からも弟によく言っておきます」

 宗冬はうつむいたまま何も言えない。

 座敷では、柳生家の三人と沢庵和尚がお茶を飲みながら、お蘭が手桶で持ってきた大根の漬物を皿に盛り、つまんでいる。

 大根の漬物は、以前、沢庵和尚がお蘭に作り方を伝授した。

「この漬物」お蘭が言う。「江戸中で評判です。和尚さんが考案したとのことで、タクアンと呼ばれてます」

「それは光栄ですな」沢庵和尚が言う。「上方ではさして珍しくない食べ物なのに」

「将軍、家光公も好んで召し上がっているとか」友矩が言う。「この前、父上が申しておりました」

「ますます光栄ですな。お父上にもよろしく言っておいてください」

 三人の若者の父、柳生但馬守宗矩は、徳川幕府の兵法指南役にして、沢庵和尚の無二の親友だった。

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