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千鳥鉄の女  作者: カキヒト・シラズ
参 闇夜の死闘

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10/11

十の巻

 天井から一人の女忍者が飛び降りる。

 柿色の忍者装束。鉢金入りの鉢巻。口を覆う黒い六尺手ぬぐい。おかっぱの髪。

 お蘭は松五郎の死体に近づき、頸動脈から流れる血を触ってみる。

 まだ温かい。

 死んだばかりの死体だ。

 だとすれば下手人はそう遠くへは行ってない。

 お蘭はうつ伏せになり、畳に耳を当てる。

 中庭の方へ駆ける足音がする。

「曲者、出会え」

 乱暴に(ふすま)を開け、数人の近習侍が抜刀して入ってくる。

 だがそれより一瞬早く、お蘭は飛び上がって天井裏に身を隠す。

 天井の中は暗闇だが、猫のように敏捷に駆け抜け、瓦屋根の上に登る。

 それは鍛えられた忍びの技だった。

 月明かりを頼りに瓦屋根の上を音も立てずに走る。中庭への近道だ。

 中庭に黒装束の忍者が駆けているのを見つけると、お蘭は懐から千鳥鉄を取り出す。

 先端に千鳥型の分銅がついた鎖を振り回す。

 分銅を投げると鎖は忍者の足に絡まり、忍者は前のめりに転倒する。

 お蘭は屋根から中庭に飛び降りる。

 鎖を引くと忍者の体は横転して仰向けになり、お蘭は分銅を回収する。

 忍者は能面をかぶっている。

 能面党の一味だ。

 失神しているのだろうか。忍者は大の字になったまま動かない。

 お蘭は能面に狙いをつけ、分銅鎖を一振りする。

 千鳥型の分銅は先端が鋭利な刃になっている。

 能面が縦に二つに割れる。

 中から現れたのは目をつぶった少年――三郎の顔だ。

 お蘭はゆっくり三郎に近づく。

 突然、三郎は目を開け、起き上がりざまに懐から取り出した手裏剣を投げる。

 手裏剣はわずかにお蘭の顔面をそれる。

 口を覆っていた黒い六尺手ぬぐいが二つに切れて地面に落ちる。お蘭の顔が露わになる。

「お前は・・・・」三郎が言う。「あのときのクノイチか」

 お蘭は江戸城本丸の瓦屋根の上で丁々発止した死闘を思い出す。

 あの戦いは忘れない。おそろしい手練れだった。

 あのときの凄腕の忍者とこんなところで邂逅するなんて。

 三郎は懐から取り出した吹き矢を吹く。

 お蘭は千鳥鉄の分銅鎖を一振りし、飛んで来た毒矢を叩き落とす。

 三郎は口に吹き矢をくわえたまま背中の刀を抜く。

 千鳥鉄の分銅鎖が八の字を描く。

 お蘭は分銅を投げ、刀に鎖を絡ませる。

 それは相手から刀を奪う千鳥鉄の技だった。

 力いっぱい鎖を引く。

 だが三郎は刀を離さず、跳躍して刀と一緒にお蘭の方へ飛んで来る。 

 三郎はお蘭の体に飛びつく。

 お蘭は仰向けに倒れ、その上に三郎が馬乗りになる。

 三郎は両手でお蘭の両手首を抑える。どうあっても動けない。 

 三郎は口に吹き矢をくわえている。狙うはお蘭の首筋か。

「死んでもらうぞ」吹き矢をくわえながら三郎が言う。

 くぐもった声だが、お蘭にははっきり聞き取れる。

 もはやこれまでか。

 お蘭は目をつぶる。

 だがそのとき、お蘭の両手首を抑えていた三郎の手の力がふと抜ける。

 何が起きたのか。

 お蘭は目を開ける。

 月明かりでかすかに見える三郎の目はうつろだった。

 顎から血がしたたり落ちている。

 三郎の額には手裏剣がぐっさり刺さっている。

 額から流れた血が鼻と口を伝い、顎まで達したのだ。

 お蘭が体を起こそうとすると、三郎の死体はゆっくり横に崩れ落ちる。

「この程度の忍者にやられるとは、お前もまだまだ修行が足りぬ」

 声のする方を見ると灰色の忍者装束に身を包んだ男が佇んでいる。

 お蘭はやおら立ち上がり、千鳥鉄を急いで拾って灰色の忍者に身構える。

「待て、お蘭」灰色の忍者が頭巾を取りながら言う。「俺だ。十兵衛だ」

 月明かりに眼帯をした精悍な男の顔が浮かび上がる。

「兄上」お蘭が言う。「どうしてここへ」

 十兵衛は二回目の日光社参の前日、再び諸国放浪の旅に出たはずだった。

「能面党は必ず裏切り者の松五郎を殺しに来る。それを見込んで松五郎を泳がせておいたのだ」

「じゃあ能面党の忍者は、これで全部始末したの?」

「いや、松五郎の話によれば、能面党の忍者は全国にまだたくさんいる。われら柳生家と能面党の戦いはこれからが本番だ」

「これからが本番?」

「そうだ。お蘭、ここでお別れだ。今度こそ本当に旅に出る。みなによろしく言ってくれ」

「兄上、待って」

 十兵衛は獣のような身のこなしで壁を登り、屋根伝いに走り去って行く。

 中庭に一人残されたお蘭は吐息を漏らす。

「柳生の家系は剣術の名門にして忍術の名門」

 亡くなった母がお蘭によく聞かせていた言葉がふと脳裏をよぎる。


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