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海辺の集い:後半戦



 腹が膨れたらいよいよ海水浴だ。

 …いや、ディーが全く採れずに飽きちゃってさ。

 だからそんなスコップで掘るほど深くにいないって言っただろ。

 更にギルガゼートが幾つか掘った貝を「これをマサヒロのごはんにすれば大丈夫です」等と言ったため、ものすごい勢いでやる気をなくしてしまっていた。

 ディーは、管理人によってアサリが撒かれているタイプの潮干狩り場に行ったほうが良かったのかもしれない。

 撒かれているから発見が容易らしいし。それで、すごい採れたねーとか言ってあげれば満足しただろう。

 うわぁ、接待潮干狩りか。無理。

 リルクス君は午後も無心に掘り続けるそうだ。神器(くまで)の恩恵に酔いしれていた。

「では、ヒューゼルトはこれを」

 僕は畳まれたままの浮き輪(大)を取り出して護衛兵に渡す。

 不審そうな彼の前で、浮き輪(小)を広げた。

「ここをプチッと開けます。根元を押すと、中でフタが開くのが見えますね?」

「…見える」

「というわけで心置きなく空気を吹き込め。フタが閉まれば中の空気は漏れてこない」

 ふぅっと息を吹き込むと微かに浮き輪が膨らむ。

 ディーとギルガゼートがそわそわとしだした。

 膨らませるのが容易だった、子供用の浮き輪をギルガゼートに放る。

「僕が子供の頃のだから、古すぎて穴開いたらゴメンね。もし溺れたら、これ捨ててきていいから自分だけ空間転移で戻っといで」

 なんか素材の柔軟性が失われているような気もするしな。

 ちなみに兄のほうの浮き輪は劣化して表面がべたべたしていた。

 そのまま物置に放置して、とりあえずメッチャ手を洗った。

 浮き輪って腐るの?

「ヒューゼルト、まだか」

「もう少々お待ちください」

「私がやるか?」

「いえ、もう少しですから」

 一吹き込みごとに急かされているというのに、ヒューゼルトは粛々と王子のお相手をしていた。

 僕ならキレているところだ。さすが護衛兵、忍耐強いぜ。

 ちょっとヒューゼルトが可哀想になったので、ディーの気を引くために新たな道具を取り出した。

「ディー、こっちでシャチ膨らませてみる?」

「シャチだと?」

 小首を傾げたディーが餌に食いつく。

「そう。これはでっかいから、息吹き込むのは大変だからね。コレ使うよ」

 フットポンプだ。黄色くって安っぽくって、踏むとぴろりーぴろりーいう。友達の家のはこんな音しなかったのにな。

 時折ホースがすっぽ抜けるが、ディーは物珍しそうにシュコシュコしていた。

 考えてみればディーは風魔法が使えるので、魔法でどうにかできたのかもしれない。

 けれどもそう思いついたのは粗方膨らませ終わった頃だったので、ひっそりと胸に秘めておくことにした。

「では、海に入ろうではないか」

 ニヤリとディーが笑った。

 何とはなしに、僕は異世界人達を見比べる。

 浮き輪を腹の辺りに装着したギルガゼート。

 シャチを抱きかかえているディー。

 浮き輪を肩にかけているヒューゼルト。

 こちらに背を向け、遠くでしゃがみ込んでいるリルクス君。

 …うん。ヒューゼルトはわからんけど、皆そこそこ海を楽しめていそうだ。

 頷きながら、僕もビニール袋を持って水に入った。

 シャチを水に浮かべ、深さのある場所まで曳航していくディー。

 波音にかき消されてはいるが、「頑張れ、もう少し深い場所まで行くぞ」などとシャチを応援している。

 仔シャチを泳がせる飼育員さんのようだ。

 ギルガゼートは初めての海に浮き輪装備であるため、なかなか水に入ることができずに、押し戻されては波打ち際で尻餅をついていた。

 そんなギルガゼートを視認していたためか、ヒューゼルトは危険を冒すことを避けた。ディー同様にある程度の深さまで浮き輪を連れて行き、すぽりと無事に装着していた。

 砂浜には一心不乱に熊手を振るうリルクス君。…と、なかなか水に入れないギルガゼートが残されている。

 …平和だな。

 首まで水に浸かりながら、僕は足で砂を掘る。

 やはり元気に泳ぎ回るより、こうしてアサリでも拾うほうが性に合っているようだ。

 本当は潜って採っても良かったんだけど、なんと水中メガネを持ってくるのを忘れてしまったのだ。

 泳ぐとか散々話してたのに、とんだ失敗だよ。

 でももし潜ってみて、異世界の人面魚とかと目が合ったらやってられないから、なくて良かったのかもしれない。

「マサヒロ。お前は先程から立ち尽くしているが、泳がないのか?」

 シャチに弄ばれるディーを視界に入れながら、ヒューゼルトが問いかけてきた。

 浮き輪でぷかぷか浮いている、クソ真面目護衛兵(仕事中)。

 ちょっと笑うから、やめて欲しい。

「僕は僕で楽しんでるから、気にしなくっていいよ」

「水に佇むのが楽しいのか?」

 僕は主に水中で作業しているからな。

 傍から見ればボーッと水の中に立っているだけに見えるか。

「貝、掘ってるよ」

 自身の行いを正直に告げてみる。

 ヒューゼルトは、意味がわからない、と明確に顔に書いてきた。

 お。丁度、貝を捉えたようだ。

 手を伸ばし、足指で掴んだ貝を拾い上げる。

 うん。この形は貝に違いない。

「ほら、採れた」

 水の上に出し、手のひらに乗せた貝を見せてやる。

 護衛兵は唖然とした顔をしていた。

「…何をどうやっている」

「普通に、足元をささって掘って、貝っぽいのが触ったら足で掴んで持ち上げて、それを手で受け取ってるよ。さすがに水の上に出して見てみるまでは、本当に貝を掴んだのかどうかわからないけどね」

 石の場合もあるからな

 でもここは結構資源豊富な海っぽくて、当たりが多い。

 そして収獲した貝は手首に引っ掛けていたビニール袋へ。

 じゃらじゃらと、結構な量が採れてる。

 微妙な表情をして固まっていたヒューゼルトが、しばらくして溜息をついた。

「無理だ。こんなことをやっていたら足が攣る」

「あ、試してみてたんだ」

 こんな程度で攣るだなんて、ミネラルが不足しているのではないかね。

 …なんて言ったらその瞬間に自分の足が攣りそうな気がしたので、口にはしない。

 フラグなんて立てるものか。

「見ろ、マサヒロ! ついにシャチを制したぞ!」

 ビニール製のシャチに乗ったディーが、嬉しそうに叫んできた。

 あ、はい。良かったですね!



 アサリ獲得トップ賞は僕がいただくこととなった。

 砂浜で一度も掘っていなかったはずの僕という伏兵に、リルクス君はちょっとビックリしていた。

 しかし前もってディーに告げられていた言葉を思い出して納得したらしい。

 …違うよ、僕はアサリ狩りのプロじゃないからね?

 異世界人達は、いつになったら僕がただの会社員だと信じてくれるのだろう。

「これだけあれば皆でパエリア食べられるよね」

 海老はないけど、我慢するよ。

「そうだな、ギルガゼートの分は別途届けさせよう」

 ギルガゼートは必死に遠慮していたが、安心するといい。

 なにせギルガゼートが採ったアサリもディーに奪われるということなのだ。料理となって返ってくるのを待つのがいいと僕も思う。

 リルクス君は味噌汁分をきちんと獲得していたので上機嫌で帰って行った。

 けれど僕は少し、心配している。

 トワコさん印の味噌って、もう出来てるの? 熟成、終わったのかな?

 まぁ、トワコさんの自作味噌じゃなくても持ち込みの味噌があるようだから、味噌汁に支障はないだろうけどさ。


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