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言葉は通じるけど、やっぱり詩人。



 リルクス君が魔法陣を用いて飛ばした場所は、ちょっと人目につきにくい街道の外。

 そこから何食わぬ顔をして、テルシア姫のとこまでポクポク馬車で向かう。

 通常の旅程としてはありえない速度での到着らしいので、ディーエシルトーラ殿下の公式日程表としては4週間近く城にはご不在だ。

 しばしば脱走する彼の日程表をそのまま受け止めるような物知らずは身内にはいないが、今回ばかりはパパとお兄ちゃんとあと少しにしか真実をお知らせしていないとか。

 空間魔法使い(ギルガゼート)が狙われたら困るから…というのと、空間魔法使い(リルクス)を狙って返り討ちにされると困るから、という理由がある。

「んでも、片道2週間近いはずが、姫が戻ってちょっとしたら客も着くっての困らないのかな」

「前もって連絡は行っているはずだ。問題ないだろう」

 連絡手段が伝書鳩的なものなのか、魔道具的なものなのかはわからない。

 まさか早馬では…ないよね?

「姫は一応ケー王子とのお見合いに来たんでしょ? 即行帰っちゃったうえに弟のディーが来るってのは…いいの? ディーが婚約者候補になったりしない?」

「テルシア姫が招待したのは私の客であるマサヒロだ。私は仲介を依頼されているに過ぎない」

 むしろ、こんな一般人を城に招こうってほうがわからない。

 しかも外国から、わざわざ。

 簡単にできるんなら、レディアやギルガゼートだってうまいことやれば城に招待できちゃうんじゃないのかな。

 そんな風に言ってみたところ、衝撃の真実を打ち明けられた。

「マサヒロ。お前は自分の肩書きをもう少し認識したほうがいい」

「一般人以外の何者でもないよ」

「何を言っている。吟遊詩人だろう、私のお抱えのな」

「その設定、復活したの!? 聞いてませんけど!?」

「ちなみに前回マサヒロに菓子が不評だった件については、詩人の大事な喉に砂糖の欠片が刺さったと言い訳しておいたぞ」

「最弱の吟遊詩人、爆誕!」

 砂糖の塊に負けた男。悲しい称号である。

 ギルガゼートが会話の隙間を見計らって、そっと箱を差し出してきた。

 偉そうに頷いているディーを確認し、受け取る。

 開けてみると、弦楽器が入っていた。

「…なんすか、これは」

「詩人が一般的に持っている楽器だ。ほら、弾いてみるといい」

「ホント、打ち合わせは事前にお願いしますよー!?」

 思わずジャカジャカと掻き鳴らして抗議。

 あれ、でも案外普通にギターじゃないかな、コレ。6弦ある。

 どこぞの飴玉のような丸っこい三角の形状は無視して、弦を弾く。

 うちの物置にも父のアコースティックギターがあったので、兄も僕も通過儀礼的に弾いたことがある。男の子はギターに憧れるような年頃があるものなのだ。でもモノグサファミリーなので、皆通過しただけ。高い楽器を買ったり、バンド結成したりは誰一人しなかった。無念。

 全然関係ないけど、父はスナフキンに憧れてのギター購入である。フォーク世代とか、そういうの全然関係なかった。

「…意外な特技もあるものだな…」

「なんだか悲しい曲です」

 ディーに至っては完全に僕を困らせる目的しかなかったのがバレバレである。

 2人は僕の弾く『禁じられた遊び』に聞き入っていた。

 原曲よりやたらとテンポが速くて情緒もありません、すみません。あまり僕はゆっくりした曲に対応していない。

「僕が吟遊詩人活動をしてたなんて、お忍び姫は知らないんじゃない? 実質活動は一日だけだし。とりあえず詩人って自称してれば通用するの?」

「そうだな、特に資格も証明も要らないな」

 街中でアカペラで歌ってる人が詩人なら、レベルもあんまり高くなさそうだったしな。

 玉石混合で胡散臭い感じなのかな。

「しかし、マサヒロのことは噂を聞いていたようだ。ギルガゼート、説明できるか?」

「はい、殿下。マサヒロが実際に歌っていたときのことは意外と広く噂になっています。それくらい、不思議な異国の歌は、皆の興味を引いたみたいです。それというのも、この大陸では公用語が統一されてますから、通じない言葉を聞くということがそもそも少なくって」

「国が違うのに大陸で公用語が統一…って、すごくね?」

「統一されたのは随分と昔だぞ。魔法の詠唱が国ごとに違うなんて聞いたこともないだろう? もちろん公式な言語が統一されているというだけで、個人レベルでは公用語でない言語で喋る者も多々存在する」

 しかし城からの情報、商店での買い物、宿屋の説明、何一つ取っても使われるのは公用語。

 定住者は概ね公用語一本で過ごすことになるのだという。

 街のものが公用語でしか話さない以上、訪れた旅人も公用語で話しかけるしかない。

 そもそも公用語が使えなければ大陸のどこへ行っても困るのだ。

 だから様々な言語が入り乱れるのは、せいぜい外部からの人間が流入する海辺の地域まで、ということらしい。

「マサヒロの歌を聞いた詩人が別の街で歌って、それがまた由来と共に広がって…って感じです」

「…おおぅ…」

「ちなみに初期からマサヒロの身元は『ディーエシルトーラ殿下が異国からスカウトしてきた詩人』という噂で流れています」

「それを聞いたからトワコとリルクスが来たのだ。今更だろう?」

「そうだったね、本当だ!」

 すっかり忘れていたけれど、トワコさんはどこかでスタンド・バイ・ミーを聞いたから僕を訪ねてきたんだ。

「じゃあ、ディーニアルデのもふもふ王国って近いの?」

「そんな国名ではないが。首都までの距離で言うならディーニアルデのほうが遠い。国境自体はどちらも同じくらいだな」

 そういえば地図も見せてもらおうとか思っていたはずなのに、未だに頼んでみてない。

 喉元過ぎると熱さを忘れる、鳥頭マサヒロです。

「殿下、もうじきです。お支度をしてお待ち下さい」

 ココン、と御者席から小窓を叩いてヒューゼルトが言葉を放る。

 一瞬何の話だったかと思ってしまう僕だったが、小窓から見えた正面の景色に理解した。

 そびえる城壁。

 目的地への到着である。

 僕は来るべき詩人への無茶振りを想定し、必死で脳内の奥深くに沈む楽譜を漁り始めた。


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