ゴミは持ち帰りです。
恐ろしい世界だ。
彼らには、決して逆らってはならない。
そんなことを思ってしまう程度には、異様な事態だ。
「ふははは、その程度で私に勝てると思ったか!」
ディーが魔王みたいになっちゃってる。
お前、そんな笑い方する人だっけ?
「ちぃっ、これも通らない。さすがは殿下ですが…抜かせません!」
「ほう、防ぐか! ならば…」
「おーい、わかってると思うけど、二人とも。魔法禁止だよ」
「もちろんだ、これは遊びだからな」
「安心しろマサヒロ、殿下に魔法を使われたら勝負になどならない」
そうなのかなぁ。完全に人外のスピードだと思うんだけど…変だなぁ…僕の知ってるのと違うなぁ。
バドミントンってこんな、シャトルが目に見えないもんだったかな…。
確実にわかるのは、二人が浮かべる不敵な笑顔が、わりと機嫌のいいときのものだということだけ。
まぁ、楽しいんなら、何よりだよね。
鬼気迫る豪速ラリーが行われる場からは少し離れて、僕は目に優しい世界を探すことにした。
「…あっ!」
「ごめんなさい、強かったですか?」
「大丈夫です、じゃあ今度は私が打ちますっ」
「…あっ!」
緩やかにシャトルが舞い、ぽったんぽったん落ちてしまう、そんなペアがこちら、レディア&ギルガゼートチームです。
お互いがなかなかサーブから進まない。あんまり、こちらも僕の目には優しくなかった。
もはや試合どころではないので、ラリーを繋げられるようになると楽しいよ、と教えている。野外バドミントンなんだし、ルールなんて大して知らなくても楽しめるよ、大丈夫。
「マサヒロは遊ばなくて良いのか?」
ファッサ~っと風に流されるヒゲ。
その先をつい目で追いそうになる自分を、押し留めること早十二回。
一面の草の絨毯。爽やかな風。澄みきった空。でも視界をファサファサと横切るヒゲ。何度注意していても気を取られそうになるなんて、狩猟本能を刺激でもされているのだろうか。
「マサヒロ?」
「あ、ごめん、ケー王子。ちょっと爽やかな風の悪戯に気を取られてた」
マロックじーさんのヒゲから意識を離して、当初の予定にはなかった人物へと視線を向ける。
マロックと第一王子は、追加参戦だ。
ピクニックに出かけた僕らの後を、こっそりと追跡してきたのがケー王子。そんなケー王子を猛然と追跡してきたのがマロックだ。『老体に鞭打って』という言葉があんなにも似合う状況を、他に見たことがない。
「ケー王子も誰かと代わってもらいなよ」
「ああ、そのうちにな」
にこにことしているケー王子は、本当はバドミントンに興味津々だ。
しかし、悲しいかな…バドミントンは二組しか用意していなかったのだ。お兄ちゃんは、年下にオモチャを譲った。なんという正しいお兄ちゃんだ。僕の兄なら僕を殴ってでも奪い取る。
といっても悪気は全くなく、単に振り回した腕の勢いが僕にとって強烈なのだ。僕は殴られたと認識するが、彼は取り合っているうちに腕が当たったと認識しているはずだ。故に、僕はもう兄と物を取り合ったりなどしない。
兄はいつまでもガキなので、多分今でも奪い取りには来るだろう。僕が大人になってやらねばならない…腕力の都合上。
「じゃあお弁当を広げちゃおうか。そうしたら多分適当に戻ってくるよ」
言いながら、僕はレッグバッグに手を突っ込んだ。素晴らしきかな、四次元のポケット的なバッグ。重くない、かさ張らない。それは僕にとても優しい。
取り出したのはコンビニ袋。おにぎりとサンドイッチ大量買いです。僕が弁当など作ると思うてか。
それーっ、とビニールシートの上に食べ物達を放り出す。コロコロとシートの上から脱走しかけたおにぎりを、慌ててマロックじーさんが受け止めていた。
ちなみにレディアの興味を満たすため、水筒には麦茶を詰めて参りました。内緒だけど、麦茶のパックについては賞味期限が切れている。大丈夫、乾物の賞味期限は僕的には無期限。
でもちょっぴり罪悪感があったのでジュースも買ってある。
テンションが上がって食べ物や飲み物を買いすぎたかと思ったけど、参戦者が増えたので安心。
あと、もうビニール除去とか諦めた。ゴミは僕が全部持って帰れば文句ないだろう。
そう思っていたのだけど、現実は甘くなかった。ケー王子が興味を示してしまったのだ。
「これは…?」
「紙皿。使い捨てだから楽だよ」
「紙なのか? ツルツルしているぞ。それに、このフォークが、透明なのだが」
「プラスチックだからね。使い捨てだから楽だよ」
「…捨てなくてはならないのか? なぜか透明なのだぞ?」
「フォークは洗って再利用したかったらそうしてもいいけど。汁物用とはいえ紙皿は紙だから無理じゃね? ほら、ケー王子、紙皿出して。トマト入れるから」
「…ああ、ありがとう」
ケー王子は素直に出されたトマトを食べ始めた。冷えていることに少し不思議そうだ。保冷バッグ様々ですね。
タッパを取り出す僕の側に、飢えたバドミントン部達が戻ってきた。
「随分とトマトを持ってきたのだな、マサヒロ。お前の好物だろうに、いいのか?」
はい。お隣さんと会社の人と友達に収穫トマト包囲網を張られたため、切ってタッパに詰めてきました。異世界人達よ、消費に協力してくれ。トマトを腐らせるのは嫌だ、自分が許せなくなる。
そんな本音を隠して、僕は笑顔を浮かべて見せる。
「皆で食べたほうが美味しいと思って。ほら、ディーも座りなよ。これで手を拭くといい」
「成程。ウェッティーは外出時にも重宝するのだな」
僕が略して呼ぶせいで、ディーにはウェッティーが定着してしまったようだ。ああ、そしてディーによってウェッティーが広められていく。ディー、気づいて。正式にはウェットティッシュなので。ディー…、いや、もういいか。あんなに自信満々に説明したんだし。
「本当は焼肉したかったんだけどねぇ。異世界的に、そういうのってどうなのかわかんないし。美味しい匂いで魔物寄ってきましたとか言われたら、たまんないからさぁ」
「…ふむ。では、そのうち城でやるか?」
城に漂うバーベキュー臭。確実に怒られるのではないだろうか。
やるならレディアの家…いや、ご近所同士の距離が近いなぁ。田舎だと全然気にならないんだけど。
「いっそ、うちの庭って手もあるけど…いや、やっぱ後片付けとか面倒だからダメだな」
「やる」
「いや、だから…」
「片付けはヒューゼルトがやる」
「やめてよ! 僕が睨み殺されるだけでしょ、それ!」
「面白そうだな、私も行ってもいいか?」
「第一王子、異世界まで脱走すんの!? 自重してよ!」
「マサヒロ様、この袋の開け方をご指導下さいませんか、食べられません」
「ナイフで開けてはどうだ、レディア」
「せっかくなのですから、きちんとした手順を見てみたいのですわ」
「マサヒロ、ぼくもトマト食べていい?」
「なぜトマトが冷えているのじゃ…」
…うわ、収拾がつかなくなってきた。
僕は遠い目をしながら、とりあえず皆に食べ物が行き渡るようにおにぎりとサンドイッチをランダムに放る。続いてビニールに印字されている矢印の1、2、3について説明し、実演。
異世界人達は実に素直に、そして真剣に、ビニールの開封に取り組み始めた…。