心の距離、縮まざるを得ない。
マロックじーさんの話を、僕はとても悲しい気持ちで聞いていた。
ディーも「極々稀に異世界と繋がることがあるらしい」とは知っていても、繋がる条件などの詳細なところは知らなかったようだ。
「そもそも異世界人というものが現れるのは途方もない偶然が重なったときだけじゃ。全く同じタイミングで同じ行動をする。それが幾つも続く。そうすると世界を隔てる壁が薄くなると言われておる。もちろん違う世界の人間が今何をしているかなど見えるものではないからの、狙って行うことは不可能じゃろう。例えば同じタイミングでくしゃみをする。これだけなら幾らでも有り得る話じゃが、それだけでは異世界と繋がることはない。数少ない異世界研究の書物では、少なくとも三十以上の行動において双方が同じ瞬間に行うことが必要だとされておる」
うん。全然意味がわかりません。悲しい。
しかしディーには何かがわかったようだ。頭脳にもイケメン補正とかあるのだろうか。
もう悔しいから、これはイケメンなんじゃなくて濃いだけの老け顔なんだと思うことにしようかな。
「お前、また妙なことを考えているだろう」
「失敬だな、僕がいつ妙なことを考えたというのかね」
「大体いつもだろうなと予測できる。そんなことより、お前にもわかるように話そうと思う」
上から目線ですか。一部の方へのご褒美ですね。僕は要りません。
「素直に聞けよ…。まぁ、いい。マサヒロ。お前は物を出しっぱなしにするタイプか?」
「そうだね。あんまり細かく片付けないね」
僕らは窓越しに椅子に掛けている。じーさんも椅子に座っているのだが、ヒューゼルトは護衛だからと立ちっぱなしだ。そのうえお茶まで入れたりしている。僕にも入れてくれたので、先程までの野良猫のごとき警戒については水に流そうと思う。
「では、窓を開ける前に、出しっぱなしのペンをペン立てに戻した」
「…そうだね、戻した」
「その前には鉢植えに水を遣った」
「…やったね。え、何?」
なんで僕の部屋に鉢植えがあることを知ってるんだ。
「その前には棚を開けたが特に何もせずに閉めた」
「棚というか冷蔵庫だけど…何だい、怖いな!」
「これは私が窓を開ける前にした行動だ」
ようやく、言われた意味を理解した。
僕が何気なく部屋の掃除をしていたときに、ディーもこちらで同じことを、同じタイミングで行っていたということ。それも、一つだけではなく…やることなすこと同じタイミングで…って激しすぎないか、そのシンクロは?
「そもそもなんで棚を開けて閉めただけなんてことしたんだよ。僕は、飲み物が入れてあるとこを開けて、まぁいいや、後にしようってなったんだけど」
「私は棚から何かを出そうとしたんだが、何をしようとしたか忘れたから閉めた」
「痴呆かよ!」
思わず突っ込んだ僕は悪くないと思う。いや、そんなことだってあるだろうけどさぁ…金髪碧眼の王子が何やってるんだよ。偏見だよ、もちろん。
しかしながら、そうすると。一体僕らは今日、どの時点からシンクロしていたんだろう?
「朝って…寝坊した?」
「しないな。起床時間は決まっている」
「ご飯はパンとコーヒーだけ?」
「いや…お前の食事はそんなに少ないのか?」
ちょっ…貧乏だから食べられないのかみたいな目で見られている! 違うよ! 朝はいつもこんなもんなだけだよ! 一人暮らしの朝飯が王宮並みだったらむしろ困るだろうに。
気を取り直して僕らは情報をすり合わせていく。
「…恐ろしいな。覚えている行動の間にも、言われてみればお前と同じ行動をしている…」
「細かいの数えたら、確認できたとこだけで五十超えたよ…覚えてないけど、無意識にもっと同じことしてたのかもね…」
「しかしどの時点からなのか。ストレッチはしたか?」
「したねぇ。あれ、でも僕その前ってもうご飯食べてTV見てたよ。王子様が茶碗洗いとか挟むはずないから、ということはストレッチから…いや、待てよ。ディー」
階段を上るとか、民家と王宮で同じタイミングでは起こらないだろうし。ということは…もうここが最後の分岐点だ。もし違っていれば、僕は無闇に恥をさらすことになるけれど。
「その前に、屁ぇこいた?」
ディーは考え込み、他の二人が動揺を見せた。ヒューゼルトに至っては剣を抜きかけたが、視線も寄越さぬディーに片手で制される。既に無礼は働きまくりだとは思っていたけど、流石にここまでの踏み込みは許されなかっ…
「こいたな」
「ディーエシルトーラ様!」
「殿下! そのようなことまで口にしなくとも!」
許されたらしい。案外気にしないらしいディーに、僕は頷いた。
「最初っから残念な関係だということがよくわかったね。っつーか、何やってんだよ、もう…」
思わず笑いが込み上げて来る。異世界の王子様が、田舎の一般市民と同じ行動を同じタイミングでしていたというだけでもわけがわからないのに。
一番始めにシンクロした行動が、屁って何だよ!