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お迎えです。



 助けは意外にも来た。テレパシーメーデーが通じていたのだろうか。

 ディーは僕のことを放置しなかったらしい。何事もお仕事優先であろうというのは社畜戦隊・日本人の独自の考え方ではないはずなのだが、大変助かったので文句は言いません。さすがにディーが直接来てくれたわけではないけれど、そんなのは些細なことだ。

 宿の食堂で朝ご飯を取っているときに、結構な勢いでドアが開いた。

 ばーんと音を立てて現れたのは、見覚えのある自称美女。

「レディア」

 唇を引き結んで周囲を見回す彼女。名を呟くと、その目がぱっとこちらを見た。大きく見開かれた目が、潤む。

 それだけを見れば、随分と可愛らしい。やはり、美女の名乗りは返上したほうがいいんじゃないだろうか。

「マサヒロ様…! ご無事でしたか!」

 駆け寄ってきた彼女に、少年が驚いている。少年だけじゃない。言葉の通じない詩人(仮)を探してきたらしい美女(自称)に、周りの人も驚いていた。

 そんな視線には全く構わずにすぐ側まで来ると、彼女は素早く僕の全身に目を走らせた。

「大きなお怪我はないようですね」

「小さなお怪我もないよ」

 答えた僕に、レディアが訝しげな顔をした。

 何を言ったか、わからなかったのだ。

「…マサヒロ様?」

「腕輪が壊れたんだよ。聞き取れるけど、喋っても通じない」

 左手を上げ、手首を指差して見せる。腕輪にはマロックじーさんによる認識阻害の術がかかっているけれど、レディアはそこに何があるのかを知っている。驚いたように僕の左手を掴んで撫で回す。くすぐったいです。認識阻害の術は見た目を誤魔化すだけだ。触れば、そこに腕輪があるのはわかる。レディアは見つけた腕輪を慎重に指先でなぞった。

「…なんてこと…、魔道具が壊れたのですね。ああ、欠けてる箇所がある。…こんな場所に、痣ができていますね…手首にだけ強い衝撃がかかるなど、一体何があったのですか…」

 説明しても通じないんだから、今の僕には何を聞いても無駄だ。

「レディア」

 名を呼ぶと、レディアは僕を見た。通じないけれど「手を離して」と言いながら左手を揺らしてアピールする。謝罪を呟いた彼女は慌てて手を離した。

 安心してスープの続きに取り掛かる僕に、横から呆れたような目線。少年、食べられるときに食べておかないと。こっちの世界は何があるかわかったものじゃないよ。

 いつもと変わらない僕の態度に、レディアがくすりと笑いを漏らした。どうやら彼女も落ち着いたようだ。

「すぐ食べ終わるから、ちょっと待ってて」

「言葉がわかりませんわ、マサヒロ様」

 苦笑するレディアに小さく頷きを返して、食べるスピードを上げる。

 同じテーブルに着いた彼女は、飲み物を注文した。居心地悪そうな少年も食事を再開する。ようやく、レディアは少年が視界に入ったようだ。

「…マサヒロ様、この子は…?」

 僕はもぐもぐと野菜を咀嚼し、肩を竦める。

 そうだった、と呟いてレディアは少年に対して質問を向けた。少年の食事がまた中断される。

「突然で驚いたでしょう、ごめんなさいね。私はレディア。彼…マサヒロ様を探しに来た者です」

「…あ、はい、えと。ぼくはギルガゼートです」

 危なくスープを吹き出すところだ。

 口を押さえた僕に、彼らは訝しげに目を遣る。

「ごめん。だって、濁点多いんだもん。こんな子供の名前がごつい」

 わかってるよ、自分でつけるわけじゃない。トメさんも権兵衛さんも赤子から始まるのが人生だ。だけど、なんかこう、もっと違う名前を想像していた。深くは考えてなかったけど、多分少年があんまり細々と駆け回ってくれるから、コロとかタロとかそういうイメージだったんだ。こんなダブルゼータみたいな名前は想定外だった。

 何でもないよと片手をひらひらさせて、二人の視線を払う。

 気を取り直したように彼らは会話を再開する。

「それで、ギルガゼート君はどこでマサヒロ様と?」

「あ、はい。…えぇと、奴隷商人のところで…」

「奴隷商人! ほ、報告するのが怖い!」

 ひいぃ、とレディアが取り乱した。

「レディア」

「はひゃあ、すみませんマサヒロ様っ。ど、どうか続けて下さい、ギルガゼート君。是非詳しく」

「ぼくの隣の檻に…マ…マスァヒロ様?…が連れて来られて」

 マスァヒロ…これまた新しいな…ちょっとイタリア人っぽい。いいんじゃない、伊達男マスァヒロ。それから、マフィアのドン・マスァヒロ。夢が広がるな。まぁ、またしても最弱なんだろうけど。

「マサヒロだよ、マ・サ・ヒ・ロ」

「あ、うん。マ…マサヒロ…だね? マサヒロが奴隷商に仲間割れを起こさせて、聞いたこともないような音でそいつらを追い払ったんだ。それから、檻を開けてくれて、一緒に逃がしてくれた」

 音を訂正しただけのつもりだったが、呼び捨てに訂正された。なぜか少年は嬉しそうなので、何でもいいですけど。

「…仲間割れを起こさせる…ですか。では言葉は通じていて…その時までは魔道具は正常だったのですね?」

「ううん、最初から言葉は通じなかったよ」

 レディアが事態を想像できずに悩み始めた。食事を終えた僕は、ちょいちょいと指先を動かしてレディアの気を引く。

「…マサヒロ?」

 急に頭を撫でたので、少年がびっくりした顔で僕を見上げている。気にせずにぽんぽんと彼の頭を撫でつつ、僕はレディアに目線を合わせ、首を傾げて見せる。彼女は僕の意図を正しく読み取り、唇に人差し指の背を当てて考え込んだ。

「ギルガゼート君の扱いですか。…私では判断できませんので、上に指示を仰ぎたいです。問題がなければ共に連れて行きたいと思いますが、いかがですか」

 僕がにっこりと笑うと、正解を引き当てたかのようにレディアも表情を緩めた。それから、思い出したように持っていた鞄の中を探り始める。

 差し出されたのは、ちゃらりと音を立てた、銀色。

「翻訳ドッグタグだ!」

「ご注文の品です。遅くなりまして申し訳ありません。今回はお会いできるのならばと、ついでに持ってきていて正解でしたわ」

 そっと両手を出して受け取った。

 これで僕の言葉が通じるようになる。

 そして成金からも解放される。

「腕輪のときは持っただけでも通じたけど、これは…」

「あっ」

「大丈夫そうですね」

 どうなの、と続ける前に二人から反応が返った。僕の言葉は翻訳されたようだ。

「良かった。これで少年に多大な負担をかけなくて済むよ。色々と使っちゃってごめんね、本当に助かったんだ、ありがとう」

「…そ…そんな、ぼくのほうこそ…お世話に…お世話になりました…」

 動揺した様子の少年が、何だか泣きそうな顔をしている。

 レディアも急に変化した少年の表情に困惑気味だ。

「どうしたの、少年。とりあえずは予定通り僕と一緒に来るのでいいの?」

 目を見開いた少年は言葉を詰まらせた。

「…ぼく…」

「あ、いや、不都合があるなら無理しなくていいよ。だけど帰り道とか旅費とか、困ってることがあるなら友達に頼んでみようと思うんだ」

「ないです! えと、不都合も困ってることもないです。ぼく、マサヒロと行きます!」

 ずっと一緒にいるのは無理だよ。

 随分懐かれてるなぁ、と思いながらも今度はレディアに問いかける。

「あ、そう。…で、レディア。ディーのとこまで連れて行ってくれるの? ディー達は無事だよね?」

 ドラゴン相手とはいえディーとヒューゼルトだ。戦ったのかどうかは知らないが、僕のような足手まといもいないのなら、逃げるくらいはできるだろう。あまり心配はしていなかった。

「はい、殿下は予定通りに青水晶の森へ向かわれております。恐らく公務を進められている頃でしょう。ですので、まずは魔道具で師匠に連絡を入れます。殿下には師匠からマサヒロ様の無事を伝えていただきますわ。荷物をまとめられる間、少しお部屋を貸してくださいな」

 ちらりと少年を見やれば、彼はまだ食事が途中だった。彼が終えてから部屋に戻って、まとめるような荷物はないけど、レディアがマロックに連絡を取るのを待とう。

 何かに呆然としていた彼は、じっと見つめる僕の視線に気がつく。その目が、自分の皿と僕の皿を見比べ…彼は慌てて食事を再開した。

「焦らなくていいよ、レディアもまだ飲み物が残ってるから」

「ふふっ。マサヒロ様は相変わらず落ち着かれてますわね。殿下はマサヒロ様が見つからないと公務へ行かないと仰って、大変だったらしいんです」

「…ちょっと…。さすがに公務と僕を秤にかけたら、どこにいるかもわからない僕を迎えに来てはくれないだろうと思って、頑張って自力で水晶の森に行くつもりだったんだよ」

「あら、マサヒロ様。そちらには対になる魔道具があって、位置情報の把握ができるのですよ。ですから、魔道具の所有者である師匠ならばマサヒロ様の居場所がわかるのですわ。これは元々、猫好きな伯爵の依頼で発明された魔道具だそうです」

「ちょっと待って! これ、本当は腕輪じゃなくて猫の首輪なの!? 成金首輪なの!?」

 猫には重いんじゃないの。肩凝っちゃうよ、猫。

 というか、猫の言葉を翻訳するための道具なの?

 じっと左手首を見つめてしまう僕に、レディアは清々しい笑顔を向けた。

「マサヒロ様の国の言葉が簡単にわかる魔道具なんて、そんな都合の良いものが存在するはずがないではありませんか。メガネだって辞書をいただいてもなお完成とは言えませんのに」

 そりゃあ、そうなんだけど…まさか動物扱いだったとはね…。

 マロックじーさん、覚えてろよ。いや、今回の救出で、無理矢理プラマイゼロとすべきかな…どう考えても助けられた借りのほうがデカイもんな。

 そんな遣り取りをしている僕らは気がつかなかった。

 周囲に話は丸聞こえ。言葉の通じない詩人の噂が、一転、王子が異国から引き抜いてきた詩人のサクセスストーリーへと進化していることに。


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