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【ギルガゼート視点】尊敬する人は、マサヒロです。



 ぼくが安全かつ快適な毎日を過ごせているのは、マサヒロのおかげだ。



 マサヒロは、変わっている。

 何が、どこが、なんていうレベルではない。

 むしろ、普通の部分があんまりない。


 初めて出会ったのは檻の中だった。

 奴隷にされる寸前だというのに飄々としていたし、そこから逃げるときにも慌てていなかった。

 当たり前のように一緒に逃がしてくれたし、行き場のない僕にこのうえない待遇を用意してくれた。

「なんか困ってるなら友達に頼んでみる」

 なんて軽く言ったくせに、その友達とは王子様のことだったし…。

 ドラゴンの討伐の時には、マサヒロに激戦と殺戮を見せることは厳禁だとヒューゼルトに言われた。

 彼の話によると「マサヒロはものすごく平和な世界でふわふわと生きてきたようだ。貧弱かつ軽量のため騎士見習いの子供と打ち合いしても吹っ飛ばされるだろう。技量どころかそもそも腕力がなく、恐らくスライムにも負ける」とのことで…。

 常識的に見て、一応大人なんだしスライムに負けることはないんじゃないかなぁと思うのだけれど…うん、常識が通じないのがマサヒロだから。

 それに、怖い目に遭うとこちらに出て来なくなるとも言われたから、それは困ると思ったんだ。

 

 マサヒロに恩返しがしたい。

 ぼくは、いつもそう思っている。


 マロックの弟子として、一般教養と魔法の教育が受けられる。

 それは貧しい農村出身の子供には、到底考えられない待遇だ。

 住居はマロックの家なので、王都の一等地だ。

 幸いマロックは「箔が付かんから住めと言われているだけ」と言って使用人も置かず、広い屋敷の裏口から入って一部の部屋を使うような生活なので、ぼくにも何とかなっている。

 魔法で防犯にも掃除にも問題がないそうだ。

 …空間魔法使いとして、空間魔法の研究に協力してもいる。

 ここへ来る前には、色んな覚悟をした。本当はとても怖かった。

 だけど、現実はとても優しい。

 空間魔法の研究だなんていうけれど、マロックもレディアもぼくに教えてくれているだけなんだ。ぼくが今出来ること、それによってどんな人間に狙われやすくなるか、どんな対策を取ればいいのか。実験されるかもだなんてとんでもなかった。これは空間魔法使いとして生きていくための知識だ。

 何も知らなかったから、ぼくは売られたんだ。

 初めて空間魔法を使った動機は単純だった。ただ、収獲した野菜の入った袋が重たいなぁと思っただけだ。もう少したくさん入って、でも重くなければいいのに、と。

 できる気がしたから、何も考えずにやった。

 最初は芋が入る量がひとつかふたつ増えるくらい。次第に、一枚の袋に倍近い量を収めることが出来るようになった。

 父も母も喜んでくれると思ったんだ。重たい荷物を、軽くたくさん運べるんだから、と。

 村中の人がぼくにアイテム袋を作って欲しいと言って。ぼくは、必要とされることが嬉しくて。

 夢中で袋を作ったけれど。

 …まあ、そんなわけで、ぼくは奴隷じゃなかったとしても村に帰りたいとは思わない。


 ぼくにとって世界は広い。

 だというのに、世界は更に、窓の向こうにもある。


 マサヒロの世界には、ぼくの知らないものがいっぱいだ。

 ガラス張りの玄関を見たときには、こんな住居に住むだなんて、マサヒロの詩人能力って侮れないんだな…なんて勘違いをしたくらいだ。

 だけどガラスが身近な世界というのはいいな、と思う。

 向こうで作った、マサヒロとおそろいのガラスのコップはぼくの宝物だ。

 割れたら困るからなかなか使えないと尻込みしていたら、マサヒロは「割れたらまた作りに行けばいいよ」とあっけらかんとしていた。

 オルゴールとガラス玉の猫も買ってくれた。

 こちらでも色々買ってくれたり、稼いだお金を僕に渡してきたり、金銭感覚は大丈夫なのかと心配していたけれど…本当に大丈夫なんだろうか。

 ぼくは色んな対価にと分不相応な額のお給料までもらっているけれど、あんなに迷いなくサクサクとは使えない。

 もしもマサヒロが破産しても大丈夫なように、もっと貯金しておこうかな…。

 そういえば、殿下は窓を越えると、びっくりするくらい開放的になるようだ。

 いつも、お城でストレスにさらされているのかもしれない。

 王子としては出来ないのだろう無邪気な…ことを結構しちゃう傾向にある。

 ヒューゼルトを介さずに試食を食べてしまったり。

 店で必要のないものをマサヒロのカゴにこっそりと入れて買わせようとしたり。

 極めつけは、宿泊施設の浴場に全員で向かったときのことだ。

「大丈夫だよ、風呂の前には身分の差はないんだよ」

 そんなことを言うマサヒロの後ろを、ぼくはこそこそと付いて歩いた。

 いくらなんでも王族の湯浴みに同行するだけの気概は持ち合わせていない。

 こんな無防備な場所で何事か起きたら、そんなときにうっかり側にいたりしたら、問答無用で犯人扱いに決まってる。打ち首待ったなしだ。

 …でも、考えてみたらヒューゼルトがいるんだし、犯人はぼくじゃないと証言してくれるはず。

 それに彼は指輪に剣を仕込んでいるので、多分、よっぽどのことがない限り大丈夫かな。そう思いついてからは、わりとのんびり湯船に浸かることができた。

 そのうちに、どういう話の流れになったのか、殿下とマサヒロはサウナで我慢大会を始めた。

 2人は、よく、どうでもいいようなことで勝負を始めたりする。

 飽き性だからか本気の勝負ではないからか、大体うやむやに中断されることが多いのだけれど…。

「ディー、結構汗だくじゃない? もう無理なんじゃない?」

「馬鹿を言うな。この私が貧弱なマサヒロに負ける道理がないではないか?」

 黙ってサウナに座っていることに飽きたのだろう、大して経っていないのにそんなことを言い出す始末だ。

 ちょっと呆れ気味に見ていたら、おじいさんが一人サウナに入ってきた。

 そして、部屋の隅にある水に柄杓を入れ、設置されている石に…

「スクランブル!」

 ばしゃあ、と水音がした瞬間、マサヒロが叫び、殿下とマサヒロの姿はあっという間に室内から消えていた。

 もうもうと上がる水蒸気。ふいーと満足げな息をつくおじいさん。キィキィと揺れている扉。

「…えぇぇ…?」

 暑いけど。確かに、暑いけれども。

 置いていかれたぼくは、おじいさんに愛想笑いしながらマサヒロの後を追う。

 彼らは既に室外の露天風呂で何やら騒いでいるようだった。

 打たせ湯に打たれながらこちらに視線を投げてきたヒューゼルトが、とてもシュールだった。

 …危険はないのだろう。それだけが、ぼくに理解できた全てだ。

 あと、ヒューゼルトの指輪は温泉で変色した。



 ぼくは空間魔法が悪いことなんだと思っていた。悪いことをしたから、悪いことが起きたんだと。

 だけど本当に悪かったのは、知識もないのに調子に乗ったぼくだったんだ。

 一般教養も魔法も魔道具作りも、学べることは幸せなことだ。

 空間転移が出来るようになったとき、ぼくは「悪い人から逃げる手段が出来た」と考えた。

 マロックとレディアは違った。

 更に訓練を重ねることで、誰かと共に転移することは出来ないだろうか、と言った。

「例えば戦う手段のない人が危険に巻き込まれたとき、ギルガゼートが一緒にいるというだけで、相手を救えるのですわ」

 今にして思えば、僕のやる気を引き出すための言葉だったのかもしれない。

 だけど、正論だと思った。ぼくの頑張り次第で、どんな場所からでもマサヒロを逃がしてあげられる。

 空間魔法は、悪くない。利用しようと捕まえる人間が悪いのであって、悪いのは、空間魔法使いじゃない。

 リルクスと出会って、余計にそう思った。

 空間魔法使いであることを隠さない。それは、すごい衝撃だった。

 リルクスはマサヒロに危害を加えようとした悪者だけど、ぼくと同じ空間魔法使いだ。

 空間魔法は悪くないんだ。マサヒロに危害を加えさえしなければ、リルクスは悪者じゃない。

 空間魔法の可能性を模索している、と彼は言った。

 それはきっと、ぼくも同じ。

 どんな知識も無駄にならない。どんな技術も無駄にならない。そういうことだ。

 ぼくがマサヒロを守れば問題ない。

 レディアもマロックも、殿下もヒューゼルトも、みんな、ぼくが守ればいいんだ。

 そんな時、マサヒロが殿下と何か喋っているのを聞いた。

「安全第一だよ」

 それだ。さすが、マサヒロ。

 怖々と生きていただけのぼくには目標が出来た。

 みんなの、安全第一。

 そんな魔道具を作りたい。


 今はもらうばかりの日々だけれど。

 ぼくも、いつか誰かに、安全かつ快適な毎日の手助けが出来たらいいな。



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