二人のかぐや姫
「とにかく、ひざまずくのも、姫様と呼ぶのもやめてください……。わたしはつばさです。一之瀬つばさ。ふつうの女子高生なんです……」
困惑する老人と友成。青藍はため息をつき、
「じじぃ、とにかく説明してやってくれ。つばさは自分がここにきた理由も、自分がかぐや姫様の末裔だってこともわかってねぇんだ」
「な! 青藍!! 」
老人は青藍の頭にゲンコツをふり下ろした。
「おまえ! 姫様になんという口のきき方!! 」
「いってぇな! 俺は命令されたんだよ! 敬語も、姫様って呼ぶのもやめろってな!! 命令に従っただけだろうが、このクソじじぃ!! 」
「姫様が!? 姫様がそのようにおっしゃられては、民が困惑いたします。僭越ながら、わたくし兼助は、姫様の教育係りでございます。姫様には、この輝夜国を守るお役目がございますゆえ、わたくしどもにそのお力ぞえをさせていただきたいのです」
「守る? わたしが、この国を? どうやって? 」
老人は、つばさがほんとうになにも知らないとようやく理解したのか、つばさの役割と輝夜国について話しはじめた。
千年前、輝夜国は戦乱の世の中だった。病弱だった三代目かぐや姫はその鬼との争いの中で命を狙われ、危ういところで、千年に一度開くという月の道を通り、異世界へと逃れた。
その後、輝夜国は領土の一部を百鬼国に譲り、両国は和平条約を結んで平和をとりもどした。
しかし千年経ち、鬼たちはふたたび輝夜国へ進攻してこようとしていた。今度は領土の一部ではなく、国のすべて、人間のすべてを鬼たちの支配下に置くことが目的であった。千年のあいだ、幾度か領土を侵されたり、村を襲われたことはあったけれど、今度は全面戦争を仕掛けてくると宣戦布告された。答えは三か月まつ、と。
人間には、鬼と戦えるだけの武器がたりなかった。鬼の心臓を貫ける刀は限られている。それは鬼の牙からつくられた妖刀だけなのだ。しかし、それが人間の手にわたることはほとんど無い。
かぐや姫は代々、その「かぐや」の名を継ぐ者だけが扱える妖刀を与えられる。
『妖刀・珠姫』
城は三代目のかぐや姫を失い、その従姉妹にあたる姫を四代目として新たに迎えいれた。気性の荒い、武術に長けた姫であった。とくに、剣術は国一番と謳われた。それでも妖刀・珠姫を手にもつことさえもできなかった。真の後継者、三代目が異世界に行ってしまったので、その後千年、刀を扱える者はあらわれなかったのだ。
「どうしてかぐや姫にしか、その刀をもつことができないんですか? 」
「霊力です。初代かぐや姫様は名高い巫女様でした。その刀や弓に霊力をこめて鬼を貫き、その鬼の牙から刀を鍛えたのです。しかし、鬼の恨み、邪気は刀になってもあふれでて、かぐや姫様以外は近づくこともかなわなかったと聞いております。かぐや姫様はその霊力で鬼の邪気を鎮め、その牙を自分の力としたのです。鬼の心臓は、我々(われわれ)常人の刀では皮膚に傷をつけるのが精一杯。かぐや姫様の霊力と、鬼の牙から生まれた妖刀・珠姫でなくては歯がたちません。初代かぐや姫様は五百年も生きて、この輝夜国を建国し、守り抜いてくださったのです。二代目かぐや姫様も六百年生きて、立派に国をお治めになりました。そして珠姫が悪事に利用されることが無いよう、結界をほどこしたのです。その結界は、真の後継者以外、受けつけませぬ」
つばさは必死に頭の中を整理しようと、無意識に青藍を見た。そこで、青藍の脇に置かれた刀が目にはいった。
「ちょっとまって。青藍はふつうに鬼を退治していたわ。心臓を貫くどころか、鬼の首を斬り落としていたのよ」
「はぁ。それは青藍ですから」と老人。
「青藍様ですからね」と友成。
「なによそれ! 説明になってないじゃない! 」
自分が聞いたのはやはりつくり話だったのだと、怒りと安心を同時に感じたつばさに、青藍が言った。
「ばーか。なぁに、安心した顔してんだよ。俺は鬼と人間の間に生まれた半鬼でな、この刀は自分の牙から鍛えてんだよ。だから鬼とも戦えるってだけだ」
「半分鬼!? 」
彼女は青藍を上から下までじろじろ観察した。どう見ても人間にしか見えなかった。そこでつばさの視線が、青藍の金色の目とぶつかった。初めて二人で野宿した夜に、「あんた口は悪いけど、目はきれいね。宝石みたい」と言ったつばさを、彼は睨みつけた。鬼たちは赤い肌をしていても、青い肌をしていても、みんな瞳は金色だった。ひょっとしたら自分は無神経なことを言ってしまったのかもしれないと気づいたつばさは、今さら謝るのも無神経な気がした。
「半鬼は非常にめずらしいですから、この国にも数十人しかおりません。青藍は鬼の血が濃くでた者ですが、中には人間の血が濃くでて、戦いには不向きな者もいるのです」
老人の説明に、つばさはうなずき、
「それで、わたしはどうすればいいんですか? 」と訊いた。
「姫様には十五代目かぐや姫様として、民とともに鬼たちと戦い、戦の指揮をとってほしいのです」
「はぁ!? 」
まさかとは思っていたけれど、はっきりと言われたつばさはあわてた。
「無理よ! 絶対に無理!! わたし、戦うなんて無理!! 」
家に帰りたい、パパとママに会いたい、と言って泣きだすつばさに、老人と友成は目をまるくし、青藍はやれやれと頭をかいた。
泣き疲れたつばさは、中庭に面した縁側で裸足をぶらぶらさせていた。城へくれば帰る方法がわかるだろうと楽観していたのに、月の道は千年に一度しか開かないことを再確認しただけである。
妖刀・珠姫を自らの手で鍛えた初代かぐや姫は五百年、それを受け継いだ二代目かぐや姫は六百年、生きたらしい。しかし、三代目のかぐや姫は病弱で刀をふるえなかった。そして刀をもたずに異世界へ行ってしまった。
一之瀬一族は長命の者も多いけれど、一番長生きしたつばさの祖母でも百八歳だった。それは珠姫をもっていなかったためだろうか。その祖母は神社の神主で、今はつばさの叔母が継いでいる。
一度にいろいろなことを聞かされたつばさは、また目頭が熱くなり、涙がにじんだ。
「帰りたい……」
「邪魔よ」
つばさはおどろいて、声のしたほうを見た。着物の裾をひきずるように歩いてくる女の人がいた。豊かな黒髪を背中に流し、気の強そうな深い黒色の目をして、ちいさなくちびるに赤い紅を引いている。
「そこをおどけなさい。邪魔よ。聞こえないの? 」
「な、なによ! そんな言い方しなくてもいいでしょ! 」
彼女に見惚れていたつばさは我に返り、道の真ん中に立った。
「あらあら。得体の知れぬ異世界からきて、幼子のように情けなく泣いてばかりいると聞いていたのに、このわたくしに噛みつくとは。愚か者ね」
「あんただれよ! 」
「わたくしは、十四代目かぐや姫。あなたは不要よ」
その十四代目の後ろに立っていた侍女らしい二人の女たちが、十四代目にあわせるように口もとを隠してくすくす笑っている。
「この国はわたくしが守るわ。だから、あなたは自分の国へ帰りなさい」
「おそれながら」
つばさの後ろから声がした。
「十四代目かぐや姫様。このお方は次期十五代目かぐや姫様であり、正当な血を引く三代目かぐや姫様、直系のご子孫です。そして、妖刀・珠姫の真の後継者でございます。十四代目かぐや姫様に劣る身分のお方ではございません。口を慎みくださいませ」
つばさの半歩後ろでひざまずきながらそう言ったのは、お十世だった。
「お十世。いつからわたくしに口答えできる身分になった? 十五代目があらわれて舞い上がっておるのか? 」
「口答えなど、滅相もございません。しかしながら、わたくし十世めは、十五代目かぐや姫様の身のまわりのお世話はもとより、まだこの輝夜国に不慣れな姫様がご不便をお感じになられませんよう、お助けし、お守りするよう、兼助様より仰せつかっておりますゆえ」
「ほう。それで兼助はわたくしからも、このお姫様を守れと命じたのか? それは賢いことだ」
十四代目は、つばさを見てにやりとし、
「食べものには気をつけなさい。眠っているときも。このように縁側に一人でいるときも。この城におまえの味方はいませんよ。そこのお十世と、兼助だけ。でも兼助を信用していると、このように裏切られるみたいね」
「青藍もいるわ」
つばさは十四代目を睨みつけ、
「青藍が守ってくれるから平気よ。あなたになんて負けないわ」と言い放った。
すると十四代目は般若のように顔を怒らせ、
「おぼえておくわ」
と、つばさとお十世の脇をすり抜けて行った。