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異国の姫つばさ  作者: 砂糖 桃子
はじまりの月夜
5/10

鬼の襲撃、きらめく刀身

【お知らせ】

1話、2話改稿しました。

詳しくは活動報告に書きます。

「お城って……あとどのくらい歩けば着くの……? 」

 長い枝を見つけて、それを(つえ)()わりによたよたと歩くつばさ。屋上から落ちて、まる一日半が経っていた。野宿では疲れがとれず、彼女の体力は限界に近かった。

「森は夕方までに抜けられますけど、そこから村八つ通るので三日くらいですかね」

「三日もこの生活?! むりむりむりむり帰りたい」

「はぁ。姫様がこんな(なん)(じゃく)(もの)だとわかったら、城の者たちもガッカリするでしょうね」

「わ、わたしには、関係ないわよ……」

 青藍は歩調を変えずにすすんでいく。(けもの)(みち)もずいぶん歩いたけれど、森の出口が近いのか、草の生えていない歩道が多くなってきた。つばさの黒いセーラー服は土で汚ていた。

「まってよ、歩くのはやすぎよ」

 (ふた)(また)に別れた道の真ん中に、(こし)かけられるような平べったい岩があった。つばさはその岩の(はし)にちょこんと座る。

「もうダメ、ちょっと(きゅう)(けい)よ。あんたも座りなさいよ」

「情けねぇなぁ」

「あのね、運動部の女子じゃなかったら、もっと前にぶっ(たお)れてるわよ」

 青藍は文句を言いながら、道の(わき)にどかりと胡坐(あぐら)をかいた。虫や鳥の鳴き声がする。ここはほんとうに、自分の生まれた場所と、月の光りでのみ繋がる別世界なのだろうか、鬼がいるほかはこんなにも似ているのにと、つばさは考えていた。しかし鬼、城、かぐや姫の末裔(まつえい)。そして、腰に刀をさし、青い着物と真っ白な羽織を(まと)う青藍。なにもかもが自分の生活の延長線上にあるとは思えなかった。

 胸の赤いリボンを結びなおしながら、つばさは青藍の様子をうかがう。(ぶっ)(ちょう)(づら)の横顔。それでもおなじ人間とは思えないほど、整った顔立ち。これで性格もよければいいのにと考え、ため息をつくつばさ。

「ねぇ、青藍」

「なんですか」

「敬語つかわないでほしいんだけど。あんたのほうが年上だと思うし」

「それは命令ですか」

 命令。なにを言いだすんだこの男はと、つばさは頭を抱えた。屋上で鬼に(おそ)われたあの時から、わからないことだらけだ。姫様と呼ばれて年上の男に敬語を使われるのも嫌だった。

「命令でなければ聞きませんよ」

 青藍は(まゆ)一つ動かさない。

「命令って……。まぁ、それで敬語やめてくれるなら……」

「あー、ほんじゃ敬語やめるわ」

「はやっ」

 青藍の話によると、この森をはさんで人間の村と鬼の村があるらしい。城に着けば、自分がどうしてここへつれてこられたのかわかると言われたけれど、つばさは不安で、(ちん)(もく)ができると泣きだしそうになる。ただただ帰りたかった。両親や裕美の顔が浮かんでは消える。もしほんとうにこの世界から二度とでることができないのなら、自分はここでなにをして、どうやって生きていけばいいのだろうか。十七歳のつばさには、なに一つ希望や道筋を描くことができなかった。

「おい、行くぞ姫さん」

 つばさが、ふと涙ぐみそうになったとき、青藍はそう言って立ち上がった。

「……姫さんじゃない、つばさよ」

「変ななまえだな。急がねぇと、今晩も野宿になるぞ」

 つばさは腕で目元をごしごしと(こす)り、立ちあがった。


 森の出口に着いた。開けた道の向こうに、里が見える。

「静かすぎる」

 突然、青藍の表情が険しくなった。

「え? 静かって? 」

 つばさはようやく森を抜けられると思い、すこし気持ちがあかるくなっていた。そのうえ、まだ陽は高いところにあった。

「だまってろ」

「なによそれ」

 青藍に(にら)まれ、つばさは口をつぐむ。彼女も耳をすましてみて、さきほどまで聞こえていた鳥や虫の鳴き声が止んでいることに気づいた。そして、はっきりと言葉にはならない、視線の外側から忍びよってくる赤や青の気配を感じた。

「動くなよ」

 青藍は、低い声でそう言い、風を切るように腰の刀を抜いた。そのまま走りだす。

「お……鬼……」

 その場に座りこむつばさ。

 鬼の(うな)り声。青藍の刀が、鬼の肉を斬る。斬られた鬼の首や手足が、潰れるような音を立ててころがる。つばさのそばに落ちた青い首を、彼女は思わず(ぎょう)()した。切れ目からのぞく喉の内部は(むらさき)色だった。耳まで裂けた口が動いている。けれど、ひゅうひゅうと鳴るばかりで声にはならない。

「つばさっ」

 青藍の声が、つばさの頭の中でかすかに()(だま)していた。自分のなまえが呼ばれていると気づくのに、数秒かかった。

 はっと顔をあげたつばさのすぐ目の前に、赤い肌をした鬼が立っていた。今、まさしくつばさ目がけて刀がふりおろされようとしている。

「あ……」

 つばさはその刀が銀色にきらめくのを見ていた。身体が動かなかったのだ。すーっとおりてくる(とう)(しん)。知らない世界で、死ぬのだ、彼女はそれだけを思った。

「固まってんじゃ」

 (まばた)きのほんの一瞬さきに、白い羽織の背中があった。

「ねぇよ!」

 固まってんじゃねぇよ。そう言ってたすけにきた青藍の刀と、鬼の刀がぶつかりあう音。つばさは我にかえって、彼の白い背中を目で追った。

 青藍の刀が鬼の腹を裂く。けれど、同時に鬼の刀が青藍の腕をかすめた。どちらの血かわからないほど、赤黒い液体はあたりに飛び散る。つばさはとっさに目をきつく閉じた。そのまぶたの向こうで、青藍の刀は鬼の胸を(つらぬ)いたようだった。彼女が目を開けたときには、鬼は死んでいた。鬼の屍が五体、あたりに横たわっている。その中で、純白だった羽織に赤い()(よう)を染みこませて立つ、青藍がいた。


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