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異国の姫つばさ  作者: 砂糖 桃子
はじまりの月夜
4/10

栗色の髪の姫

 つばさは水の音で目を覚ました。川のそばに横たわっていたのだ。彼女のウェーヴした栗色の髪が、草の上にひろがっている。

「姫、姫様」

 身体をゆすられたつばさは、自分の身に起きたことを思いだす。鬼に襲われ、屋上から落ちたのだ。

「……ここは? 」

「まずいことになりました。すぐに出発しますよ」

「出発? 」

 つばさは起きあがり、身体についた土と草を手ではらい落とした。脇に、学校の鞄があった。部活用の体操服をつめこんでいるため、ふくらんでいる。

 青藍はそばの川まで行って、水を汲んでいた。ここは、屋上の真下にあった校庭ではない。屋上から落ちて生きているのも不思議だったけれど、ここが校庭ではないと気づいたつばさは不安になり、鞄を肩にかけ、立ちあがった。

「わたし、帰ります」

 つばさが、おそるおそる青藍に声をかけると、

「ええ、城に帰るんですよ。急がないと、ヤツらが気づいてしまいますからね」

 彼は苛立った声で答えた。

「ヤツらって、だれなの? 」

「鬼ですよ。ここは鬼と人間の村境むらざかいです。高いところから落ちてしまって、着地する場所がずれました」

 鬼。つばさは自分を襲ってきた青鬼たちのことを思いだした。真っ青な肌、耳まで裂けた口と、牙、鋭い爪、目は、金色だった。

「わたし、帰りたいの、学校でも家でもいいから、とにかく帰りたい」

「それは無理ですね」

 つめたい青藍の態度に、つばさは思わず涙がこぼれた。

 すると、彼は水のはいった袋を腰にくくりつけ、つばさの手をにぎった。そのまま強くひいて、歩きだす。

「時間がありません」

「わたし、嫌よ、ぜったい行かない」

「無理です」

「嫌! 帰るの! はなしなさいよ! 」

 青藍の態度に慣れたつばさは、強気になってきた。

「はなしなさいって言ってるでしょ! 」

 それでも青藍は力をゆるめない。森の奥へとはいっていく。

 木洩れ陽を頬にうけ、つばさは両親のことを思いだした。もう夜が明けてしまって、時間はわからないけれど、おそかれはやかれ両親はつばさの不在に気づくだろう。つばさは1人娘で、蝶よ花よと育てられた。とくに、父親はつばさのほしいものをなんでも与えた。母親も、つばさが暗い顔をするとすぐに慰めた。2人の背に隠れながら育ったせいか、彼女はフェンシング部の部員たちに『逃げ腰のつばさ』と呼ばれている。

 帰ったら怒られるだろうな、心配してるだろうな、と考えるだけで、つばさはまた泣きだしそうだった。

「はなしてよ! 」

「うるさいですよ。鬼たちに気づかれますから、だまってください」

 どんなにはなせとさわいでも、青藍は動じなかった。

「ねぇ、どうしてわたしが姫なの? もしかして、人ちがいじゃない? 」

「いいえ、姫ですよ」

「あのね! わたしは一ノ瀬つばさ! ふつうの女子高校生! パパは会社の社長だけど、一般人よ! 」

「ぱ……? ……しゃちょ? 」

「自慢じゃないわよ! 自慢のパパだけど! 」

「わかりませんけど、あなたは姫ですから」

「だから! どうしてそうなるのよ! 」

 空いた片手で自分の髪をかきむしるつばさ。それでも青藍はかまわず歩きつづけた。森は深くなっていくばかりだった。

「答えてよ、ちゃんと答えてくれたら、城に行ってみてもいいわ」

 なおもさわぐつばさに、青藍はようやく足を止め、ふり向いた。

「あなたはかぐや姫様の末裔で、この世界の人間です。それ以外は、わたしの口からは言えません」

 かぐや姫。それは日本の昔話にでてくるお姫様である。子どものころつばさも、『竹取物語』の絵本を母親が読み聞かせてくれた。

 竹から生まれたかぐや姫は、火鼠の皮衣、龍の首の珠、燕の産んだ子安貝、仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝を男たちに求め、結局どれも手にはいらないまま月に帰ってしまった。

「……あの、かぐや姫って昔話でしょ? これってイタズラかなにかなの? 」

「昔話の中に隠しただけでしょう。かぐや姫様は追われていましたから」

 そこで青藍は前に向きなおり、また歩きだした。一方、つばさは騙されているのかもしれないと考えはじめた。そんなお伽話をだされるとは思ってもいなかった。かぐや姫なんて、子どもに聞かせる昔話だ。馬鹿にされているのかもしれない。身代金目当ての誘拐かもしれない。そこまで考えたところで、鬼を思いだす。鬼。それもふつうではありえない存在ではないのか。空から舞い降りた牛車、そこから落ちてきた青い鬼。青藍に首を斬り落とされても動いていた。

 ほんとうなのかもしれない。でも、ほんとうのはずはない。鬼の存在がつばさの常識を壊していた。

 それから、半日以上歩きつづけた。つばさはフェンシング部で身体を鍛えているけれど、何時間も歩きどおしで足が重くなり、息も上がっていた。青藍は汗ひとつ、かいていないようだった。

 日が暮れはじめ、青藍はさらに足をはやめる。けれど、とうとう森をぬけることができないまま、夜になった。

「夜に動くのは危険ですから、野宿しましょう」

 青藍は集めた枝を重ね、火をつけた。その火が絶えないよう、枝をくべつづける。

「わたし、いつになったら帰れるの? 」

 つばさは家に帰ることばかり考えていた。青藍から逃げたくても、この森の中にほんとうに鬼がいるのなら、青藍からはなれるわけには行かないし、そうでなくても、帰り道もわからない森で1人になるのが怖かったのだ。

「帰れませんよ」

「え……? 」

 1週間、いや1ヶ月、長くて3ヶ月程度で帰してもらえるだろう。つばさは根拠もなくそう思っていた。青藍に帰れないと言われても、そんなはずはないと、彼女は信じていた。

「今すぐ帰る」

「帰り道がありません」

「でも、来られたんだから、帰れるわ」

「千年に一度の夜でしたから。昨夜の月は、光の道みたいなもんをつくってたらしいですよ」

「ぜんぜん、言ってることがわかんない」

「わたしもよくわかりません。むずかしいことは苦手なんです」

 青藍はうつくしい顔立ちに反して、ものいいは雑で、気がぬけると面倒臭そうな表情ばかりしている。

「あんたはだれなの? なまえしか聞いてなかったわ」

「わたしの一族は、あなたの一族を守る宿命だかなんだか知りませんが、とにかく守らなきゃならないんですよ。かん王の命令ですからね」

「寛王って? 」

「明日にしてください。そういう説明が得意なヤツらは、城に腐るほどいますから。今日はもう寝てください。はい、おやすみ」

 青藍は胡座あぐらをかいて腕を組み、刀を抱いて眠りはじめた。こんな無防備に寝ていいのだろうかと、つばさは不安で眠るどころではなかった。

 ひざを抱えて青藍を見つめる。つばさの倍はありそうな肩や胸の厚み、太い首や腕。けれど、閉じられたまぶたと、長い睫毛まつげ、すっととおった鼻筋は繊細せんさいだった。

 つばさはいくつものフェンシングの試合を観てきたが、青藍ほどはやく、強い者はいなかった。

「おい、寝ろ」

 不意に目をあけた青藍に、つばさはおどろいて、うしろに背を反らした。

「ちょっと! いきなり起きないでよ! 」

「ずっと起きてましたよ。人のこと熱い視線でじろじろ見るから寝たふりしてただけです」

「熱い視線で見たりしてません。冷めた視線でした」

 青藍の閉じられた白いまぶたと長い睫毛まつげがもちあげられて、あらわれたのは金色の瞳だった。炎の赤い光が、虹彩こうさいの中で揺れていた。

 つばさの目の色は、日本人としては平凡な、茶色だった。薄く透明感はあるけれど、それでも青藍のように華やかな色ではなかった。

「あんた口は悪いけど、目はきれいね。宝石みたい」

 なにげなくそう言ったつばさに、青藍は目を細め、不機嫌そうに眉をよせた。

「そりゃどうも。さっさと寝ないなら、襲いますよ」

「なによ、ほめたのに」

 青藍は答えるかわりに、つばさを鋭くにらみつけた。それがあまりにも迫力のある睨みだったので、つばさはしかたなくだまることにした。

 鬼がきても青藍がいる。そう思い、つばさは木の幹に背をあずける。とたんに、緊張がとけてしまったのか、1日の疲れがおしよせてきた。どろっと重たくなるまぶたの重みに逆らう力もなく、彼女は眠りについた。

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