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異国の姫つばさ  作者: 砂糖 桃子
はじまりの月夜
3/10

金色の瞳の青年

◆フェンシング専門用語◆

【マルシェ】 一歩前へ

【ファンデヴ】 突く

(フェンシング専門用語一覧もあります)


「マルシェ! 」

 剣を構えたつばさが、コーチの声で一歩前にでる。いつも逃げ腰がちな彼女は、練習中によく、

「マルシェ」と言われるのだ。

 一ノ瀬つばさ、高校2年生。フェンシング部に所属している。

「ファンデヴ! 」

 練習相手の3年生が、言うと同時に剣を突きだした。うまく受けられなかったつばさは一歩、二歩とうしろに押されて、そのまま転んでしまった。


「つばさはすごくうまいのに、試合形式になったとたん、逃げ腰になっちゃうよね」

「だって、怖いんだもん……」

 部活の帰り道、つばさはあんまんをかじりながらため息をついた。

「祐美は試合の日もあんまり緊張してないよね」

「まぁねー。だけどわたしはへたくそだもん。身体が思うように動かない。つばさは全身が柔らかいし力もあるから、あとは逃げ腰をなおせば強くなるよ」

 2人は中学時代からの親友である。フェンシング部で出会い、おなじ高校にすすんだ。

「明日の練習もがんばろー」

「そうだねー。メンタル強くしなきゃ」

 祐美が肉まんを食べおえるのをまって、曲がり角で別れた。夜の8時、あたりは真っ暗だった。


 その日は満月であった。家に向かっていたはずのつばさが、急に学校のほうへともどっていく。月が照らす白い光りの道にそって、ふらふらとすすんでいる。

 風は凪いでいた。遠くから、澄んだ鈴の音がする。

 学校の前までくると、つばさは門を飛び越え、屋上まで上がって行った。屋上には、だれかが立っていた。黒く真っすぐな髪に、金色の目を光らせ、陶器のように白くなめらかな肌をした、うつくしい青年だった。

「お迎えにあがりました」

 青年がそう言うと、つばさはようやく目が覚めた。

「え……。どうして……、わたし、家に帰ろうと歩いてて……? 」

「姫様、急がなければ」

「……姫? ……だれ? 」

「時間がありません」

 つばさは混乱するばかりだった。見知らぬ青年は、ふっと眉をよせた。声は冷めているけれど内心は苛立っているらしい、とつばさは思った。

 そのとき、月を背にして空から黒い影が近づいてきた。牛車であった。

「なにあれ……平安時代じゃあるまいし……」

 夢を見ているのだろうか。つばさは自分の頬をぺちぺちと叩く。けれど、手のひらの感触は本物だった。

「姫様、お急ぎください、奴らがきました」

 青年は急に声を荒げて、つばさの手をつかんだ。温度の低い、おおきな手だった。

「ま、まって、急ぐってどういうこと? どこへ行くの? 」

「輝夜です、輝夜国かぐやこくへ行くのです」

 ぐっ、と手を強くひっぱられ、つばさは前のめりになる。青年はフェンスを乗り越えようとしているらしかった。

 そのとき、牛車から影が二つ、落ちてきた。青い肌をした、鬼だった。

「え……な、なに、なにこれ……」

 鬼があまりにも恐ろしい顔をしているので、つばさはとっさに青年のうしろに隠れた。

「大丈夫ですよ、あなたを守るのが、おれの仕事ですから」

 青年は腰にさしていた刀を抜いた。鈴が鳴る。刀のつかに、赤い紐で結ばれた小さな金の鈴が揺れていた。

「あなた、だれなの? 」

 彼は一瞬にして鬼の目の前まで迫っていた。

青藍せいらんと申します」

 答えると同時に、彼、青藍の刀が鬼の首を斬り落とす。赤黒い血が飛び散る。

「ひっ」

 飛び散る血と、斬り落とされた首。つばさは後ずさる。

 鬼は斬られてもなお、青藍に噛みつこうと首だけで突進した。青藍はそれを真っ二つに切り裂く。

「いや……血が……」

 つぎの瞬間、もう1匹の鬼がつばさ目がけて体当たりした。つばさはとっさによけたけれど、フェンスにおおきな穴が空いた。

「た、たすけ……て……」

 青藍はすぐにその鬼の胸を刀で貫き殺した。血しぶきがつばさの頬や手にも飛んできた。

「血が……い、いやっ……」

 青藍がのばしてきた手を思わずはねのけたつばさは、逃げようとしてフェンスに空いた穴のほうへと下がってしまった。

「姫様、うしろは」

 さらに手をのばしてくる青藍から逃れようと、つばさはまたうしろへ下り、足が宙を踏んだ。真っ逆さまに落下していく。

「姫」

 青藍の声がかすかに聞こえた。風を切る音が耳をつんざく。そっと開けたつばさの目に映ったのは、後を追うように飛び降りてきた青藍の、金色の瞳だった。





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