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 お父さまと今度こそ別れて、始まったばかりだというのに疲れ切った心を癒すためにケーキをひとつ。上に乗った花びらのようなこれは、もしかして薔薇の砂糖漬けでしょうか?

  薔薇の形のマドレーヌ、薔薇のアイシングがされたマカロン。繊細で優美なそれらは見ているだけでも癒されます。よく見ればテーブルに敷かれたレースにも薔薇の意匠が組み込まれていますね。それでもしつこく見えないのは、同じ薔薇でも違う雰囲気を持っていることと、薔薇以外のものもさりげなく配置されているが故なのでしょう。

テーブルの側に立ったまま、今度は遠くの薔薇に視線をやります。風に吹かれて、ほのかな薔薇の香りが届いてきました。屋外だからか、薔薇の香りが濃くなりすぎることもなく。

 ほうっと息を吐いて、手元のケーキをひとかけ口に含みました。爽やかな酸味が口に広がります。

 そのとき。

 視界の端に綺麗な金髪が映り、ばっと身構えました。なんだか怪物にでも会ったようなリアクションをした自覚はあります。普段そばに居るのは気にならないのに、こう、意識すると過剰に反応してしまうといいますか……。食べてみたら気にならないのに、なんとなく苦手意識があって避けてしまう食べ物みたいな……。

 しかし、その金髪はネヴィルのものではありませんでした。

 ピンクの可愛らしいフリフリドレスを纏う金髪の少女です。二つに結わえられた縦ロールを揺らしながらまっすぐこちらに向かってきていました。

 気が強そうなぱっちりした瞳で、まるで薔薇の妖精のよう。

 ずんずんと歩み寄ってきますが、身長がわたしより二十センチほど低いので圧迫感などはありません。小さいのに力強い歩みですね。きっとこのスイーツテーブルに用があるのでしょう。さりげなくテーブルの端に避け、正面を空けました。

 そうして近づいてきた彼女の目的は、けれどケーキではなく。

 形の良い眉をきゅっと寄せて、仁王立ちし、唇を尖らせて、わたしを睨みつけてきたのでした。

 見るからに彼女は十歳未満。参加したお茶会では、紹介されずお世話係にならなくても気を配るようにしていますし、美少女なので一度見たら忘れないと思うのですが、記憶の引き出しをどれだけ漁っても心当たりは見つかりません。

 彼女は華奢な肩をいからせ、強い視線を向けてきます。


「あなた、セラフィーナ・アーチボルドね?アーチボルド伯爵家の!」


 叫ぶように言われ、苦笑に見えないように気をつけて微笑みを返しました。


「ええ、わたくしはセラフィーナ・アーチボルドです。あなたは?」


 可愛らしいのですけど、こうも敵愾心をむき出しにされると困ってしまいます。特に理由にも思い至りませんし。

 子どもだけの社交練習といっても、彼女はまだ十歳未満のはずですので、たぶん保護者が様子を見ているでしょう。こちらを見ている大人を探しながら、失礼にならないように気をつけます。

 美少女に睨まれるのは少し悲しいので、どうして怒っているのか聞き出さなくては。微笑んだら、きっと勝気な表情がいたずらな妖精のように見えるはずです。

 すると彼女は、わたしの質問には答えず、びっと勢いよくこちらに指を向けました。


「あなたがネヴィルをムリヤリ連れてったことはわかってるんだから! さっさと返して、この地味女!」


 ……お?


「こんな縦にばっかり伸びてなんの魅力もないつまらない女の相手をしなきゃいけないだなんて、ネヴィルがかわいそう!」


 ……おお?


「どうせ家の権力を振りかざして好き勝手やってるんでしょ! あなたなんかに何の魅力もないって見たらわかるもの!」


 ……おおおっとぉ?


 子ども特有の高い声で言われ、ぎょっとしてしまいます。彼女はどうやら、ネヴィルの関係者なのでしょう。呼び捨てにしているところを見ると、相当近しい関係です。

 彼がうちに来た経緯はよく知らないままですが、お父さまの口ぶりからして連れ去るように来たのではないか、とそういえば思った記憶も蘇りました。あと一応言っておくとわたしの身長は年相応です。

 どう反応したものか、口ごもると、彼女はまだ少ない語彙で地味とかぶさいくなどと繰り返しました。


「地面に落ちた枯葉みたいなあなたが、ネヴィルの隣に釣り合うはずないじゃない! あたしみたいにみんなにキレイって言われる子のほうが似合うんだから! 連れ回したって、あなたのみすぼらしさを引き立てるだけよ!」


 言われてることに、特に傷つく理由はありません。地味なのは自覚してますし、完全な言いがかりですし。

 ネヴィルが帰りたいのなら、すぐに帰ってくれていいのです。今回の帰宅でその気持ちも膨れ上がるでしょう。もともと、なんでわたしを気に入っているのかもよくわからない関係です。

 けれど。


「あなたみたいなわがまま女、すぐに痛い目を見るんだから!」

「あの、そろそろ……。」

「なによ! また権力を使うつもり!?」

「いえ、あの」


 わたしは使うつもりないんですが、その。

 こちらを見る視線に、ですね、お父さまのものがあるんですよね。なにがいいたいかおわかりになりますか。

 穏やかな顔をしてらっしゃいますが、ちょっといつもと違うあの顔は、表現するなら「人を人とも思っていない」顔だと思うんですよ。

 だからあの、


「せめて、もう少し小さな声で……」


 わたしのためでなく、あなたのために!






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