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この世界に魔法はあっても使えるひとは少ないのですが、代わりに石油のような天然の魔力資源が存在して、さまざま機械のようなものが生み出され、いわゆる「剣と魔法の世界」と言って思い浮かべられるそれよりもずっと高い生活水準になっています。
つまり何の話かといいますと、シーツがさらさらでお布団がふわふわで最高だという話です。と、窓の向こうでチュピチュピ鳴いている鳥に微笑みながら寝返りをひとつ。
あの長いお茶会から、一晩が経ちました。
まさかネヴィルに1日お休みがあるだけで、彼の親戚の美少女に責められ、凛々しいお母上に感謝されるなんてことがあるとは思いませんでした。
でもよく考えたら、お父様がネヴィルやご家族のことを説明してくれてたり、彼のことを周知させてくれてたらこんなことには……待って後者は駄目です、外堀というやつです。ネヴィルが他に楽しいことや興味あることを見つけるまでは受け入れるしかないようだと諦めたので、これからは家に帰ってほしいとまでは言いませんけれど、外堀を先に埋められるのはいやです。
お父様もわたしがネヴィルを受け入れやすいように考えて、何も言わないことにしたのでしょうか。うう、前世と今世の経験を足したって大人の振る舞いを学ぶ前なので、社交で鍛えられた成人貴族の配慮に気づけません。
優しいお父様なのできっとそうなのだろう、と思いつつも、使用人の方々に向ける興味なさそうな微笑みも過ぎります。
しばらくぼんやり考えましたが、わたしにわかるわけありません。
考えたってわからないことならどちらでもいいのではないでしょうか、どっちだったとしても今は変わりませんし。知らぬが仏とも言いますよね。この国にはないことわざです。
脳を働かせるのを止めれば、またとろとろと眠気が襲ってきます。
今は何時なのでしょう。
起きるか否か迷って、ゆっくり息を吸えば、芳しい紅茶の甘い香り。自然と口許が弛みます。
「んん……いいかおりですね……」
「用意されていたのは薔薇の香りだったのですが、薔薇は昨日存分にお楽しみだったでしょう? 本日は豊かな香りと爽やかな後味を重視し、セラフィーナ様のお好みに合うよう日々研究を重ねて調整したブレンドです。いつでもご用意致しますので、セラフィーナ様はお好きなほどお休みになってくださって構いませんよ。女神のように、いえ勝るほど愛らしく輝く瞳を閉じたお姿も、穏やかに震える空気さえ至高の時間ですから」
「起きます」
皆さんも、きっと同じことを思ったでしょう。せーので言いましょうね。正直にですよ。いいですね。
せーの。
うわっ…………。
半眼になるのは眠気のせいではありません。
一カ月で慣れたつもりなのに、一日のブランクがこんなに効いてくると思いませんでした。
天使の如き美少年が朝から凡顔娘を滔々と讃えだすんですよ。
声の優美さは、内容にインパクトで負けます。顔と声が揃わないと内面を許容する心のゆとりが持てません。天はネヴィルに何物も与えたくせ、なんで辛うじてプラスくらいの印象に落ち着かせてしまったのでしょう。
何も楽しいことがないなんて悲しいことで、これからはネヴィルが楽しいことをしていてほしい。
その気持ちに、偽りはありません。
ですが、楽しいことがわたしを褒め称えるというのはやっぱり間違っていると思うんです。
ゆっくり起き上がって絡まる髪を手櫛で避けると、すぐさま紅茶を渡され、彼のまだ小さな白い手が髪に触れます。……と、忘れるところでした。
「今日わたしの身支度をするのはアディですから、ネヴィルは触らないでください」
「そ、そんな……どうか、どのような髪型になさるか、本日のお召し物はどうなさるのか、そういったことは我慢します、ですからどうか、櫛を通すことは、それだけはお許しください……!」
「うぐっ。だ、だめです。決めたことですから。貴族に二言はありません。」
「セラフィーナ様……!」
「だめです!」
甘やかすの、よくない!
わたしは気付きました。ネヴィルが興味を引かれるものを見つけ出す、それは彼のお母様であるパウラ様の願いでありました。世界は、インターネットが広がってぐっと近づいた気になっても、まだまだ知らないことだらけなほど広いものです。一歩外に出た瞬間から知らないことで溢れています。
ましてこの世界は、隣の国どころか隣の街だってずっとずうっと遠くにあって、光の速さを持たないわたしたちには世界というのは大きすぎるほどなのです。
だから、わたしは決めました。
彼の母になって、彼のしなやかな手を握り、様々な所に連れてゆくことを。
いつか彼が、いろんなものに目移りしながら歩き出すときまで。
それまでは、母のように優しく、母のように厳しくしなくてはなりません。うるうる輝くエメラルドに心を揺さぶられても、絶対に!
年内もう1話出せたら褒めてください




