今日俺はプレゼンに失敗しました
誰もいない薄暗いオフィスの中、机の上には書類、いや、今やゴミの山が高々と積み上げられている。
俺の出世をかけたプレゼンはライバル会社に敗れてしまった。昨日までは大切な書類であったが、今となってはもはやゴミでしかない。エアコンを切られ、蒸し暑くなった室内の不快な空気が俺の苛立ちに拍車をかける。
「くそっ!」
俺は机を蹴って立ち上がった。このゴミを早く処分しなければならない。今日までは部長も大目に見てくれたが、そろそろ限界だろう。自分でも酷いと思う。ここまで散らかったのは人生でも初めてだ。
薄暗いオフィスの中で、俺はゴミの山を抱え、部屋の隅にあるシュレッダーへと向かうが、両手に大量のゴミを抱えていた俺は床上のコンセントに躓いてしまう。
ゴミが床に散らばり、俺は部長の机に頭をぶつけてしまった。
クソッ!踏んだり蹴ったりだな。
毒づきながらその辺に散らばっているゴミをかき集め、片っ端からシュレッダーに突っ込んでいく。
ウィーン……ガリガリガリガリ……
ウィーン……ガリガリガリガリ……
誰もいないオフィスにゴミを破砕する音だけが響く。
旧式のシュレッダーだが、かなりの数の書類を一度に破砕することができる。200、いや300枚は可能だろうか。俺の様に書類を無駄に浪費する者にとってはありがたい。ホッチキスの針も、クリップもまとめてポイだ。
ウィーン……ガリガリガリガリ……
ウィーン……ガリガリガリガリ……
ウィーン……ガリガリバキッ!キュィーン
嫌な音を立ててシュレッダーが止まった。
やべっ、流石に大型のクリップは無理だったか。何とかしなければ。壊したとなれば、また嫌味を言われるに決まっている。
覗いて見ると、クリップの端がシュレッダーの歯に引っかかっている。これなら俺でも取れそうだ。スイッチを止め、クリップに手を伸ばす。しかし、予想に反して歯はガッチリとクリップを噛み込んでおりビクともしない。
そうだ!逆回転すれば!
リバースボタンを押してみる。
キュィーン……ガリッ…カラカラカラ
逆回転により、咥え込まれていた歯から解放されたクリップは歯の上で音を立てて回っている。
ホッとして手を伸ばし、クリップをそっと取り上げた。俺は少し身体を伸ばし、シュレッダーの隣にあるゴミ箱へとクリップを投げ捨てた。
シュレッダーは再び順回転をはじめる。
ウィーン……ガリガリガリガリ……
ウィーン……ガリガリガリガリ……
しかし、いつになったら終わるのか?
永遠にも思える無意味な作業に俺の苛立ちはピークを迎えていた。
もっとまとめて突っ込んでやる!
大型のクリップだけには注意し、あたりのゴミを手当たり次第放り込む。
ウィーン……バキバキバキバキ……
ウィーン……バキバキバキバキ……
シュレッダーは苦しそうな音を立てながらもゴミを飲み込んでいく。
あはは…。喰らえ喰らえ!
俺がニヤニヤしながら次々とゴミを放り込んでいたその時、俺の左手の中指が突然物凄い力で回転を続ける歯の方へ引っ張られた。
ゴミの束を束ねていた紐が俺の左手中指に絡まっている。そして、そのゴミもろとも紐を貪り喰っている怪物がそこにいた。
「うわぁー!!」
俺は半狂乱で、紐を引き寄せようとした。しかし、引っ張るほどに中指の紐は強く食い込んでいく。無情な怪物はバリバリと貪りつづけ、パックリと大きな口を開けて獲物が飛び込んでくるのを待っている。
「うわぁー!うわぁーー!!!」
俺の叫び声がオフィスに響きわたる。こんなブラックな会社で働き、シュレッダーに喰われる?こんな人生は嫌だぁ!
怪物の舌が俺の指先へと這い寄ってくる。
そして、
銀色に輝く牙の中に俺の中指は吸い込まれていく……。
「うわぁー!!」
俺は自分の叫び声で目が覚めた。
夢だったのか……。
左手は……?
ある。
俺は身体中から滝のような汗を流していた。
しかし、恐ろしくリアルな夢だった。すっかり明るくなったオフィスの中で、白い怪物は何事もなかったかのように鎮座している。
こんな奴に喰われてたまるかっ。
怒りを込めて怪物を蹴りつける。ガンッという渇いた音が怪物の叫び声に聞こえた。
「おっ。おはよう!泊まりか?」
部長が出勤してきた。眠っているうちに、もうそんな時間になっていたらしい。
「おはようございます。つい眠ってしまいまして」
「昨日は惜しかったな。また次頑張りたまえ。もう今日は休んでいいぞ」
良かった。俺の株はまだ下がりきってはいないらしい。
「昨日はワシがでかい仕事とれたからな!これで我が社も安泰だ!」
部長はガハハと豪快に笑う。
なるほど。そういうことか。じゃあお言葉に甘えて機嫌の良いうちに退散しよう。
「おいっ。ちょっと待て」
帰ろうとした俺を部長が呼び止める。さっきまでの上機嫌さとは正反対の緊迫した声が響く。
嫌な予感がする。まだ蒸し暑いオフィスの中で、俺の額から一筋の汗が流れおちる。
「ここにあった契約書一式をどこへやった?」
俺の頭は深夜にフラッシュバックする。
覚えは……あり過ぎる。
俺が衝突した部長の机。そして躓いて散らばったゴミの山。
俺の身体中の穴という穴から汗が吹き出てくる。
額から滝のように流れる汗の間から俺は怪物の方を見た。
俺の未来は……、やはりこいつに喰われていたようだ。
いや、想像するとゾッとします。えっ?どちらの方かですって?
もちろん両方です!
皆さんも機械の使い方と、処分する前の書類には必ず目を通しましょう。