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6.『妖艶女王の愛蜜びより』(爆)

タイトルはアレです。

ヨシュアンの作ったエロい本のタイトルですが、中身は本作と関係ありません。

 まぁちゃんの黒歴史が暴露されるというハプニングは経たものの。

 考えてみれば全く本題が話されていない。

 まぁちゃんはごほんと咳払いをしつつ、じろりとエチカさんを睨んだ。

「それでエチカ、被害状況は?」

「ハッ」

 空気が引き締まり、エチカさんの顔も族長としての物になる。

 魔王という絶対者を前に畏まる姿は、先程までとは別人。

「遡ること5日、緋赤森周辺に広がるマグメールド草原にて一族の者3人が人間の兵士に見つかり、捕縛されました。遠目にそれを確認した者が上げた証言はこちらに纏めております」

 言いながらささっと、族長さんが書類を差し出す。

 それに目を通しながら、2人の矢継ぎ早の応酬が進んでいく。

「捕縛されたのは父子3名。父親と、まだ幼い子供2名ですね。まあ、幼いと言っても無茶をするような年齢ではありませんし、家族の証言を聞くに父親の言い付けはよく従う子供だそうなので、捕まっていると言っても深刻な事態にはなっていないでしょう。何しろ私達、得難く貴重な幸運の獣ですから。多分、下にも置かぬ扱いをされているんじゃないですかね。もしかしたら引き離されているかも知れませんが、捕まったのは未だ5日前。権力者に献上されるにせよ、競りにかけられるにせよ、まだ珍重な獣として周知されて見せびらかされる前段階じゃないでしょうか。多分、今までの例から見て後3日くらいしたらお披露目の宴会でもするんじゃないですかね」

「うわぁ、族長さん超他人事―」

「こんなこと、腐るくらいに良くあることですよ。深刻ぶるだけ精神力の無駄です」

「体力じゃないんだ」

「体力はこれから浪費するので、今は溜め込んでいるところですよ。使うなんて勿体ない」

「まぁちゃーん、この族長さんすっごいしっかり者だねー」

「しっかりっつか、ちゃっかりじゃね?」

「どっちも似たようなものですね。お褒め授かり恐悦至極」

「うわー…すっげぇ棒読み」

 傍目にはとっても淡泊に見える、エチカ族長。

 その外見に負けず劣らず、淡々とした口調がすっと耳に入ってくる。

 だけど耳障りは良いけれど。

 立て板に水な喋り方はちょっと新鮮かも。

「ちょ、ちょっと待て」

 うわーと変なところに感心していたら、勇者様が挙手。

 困惑顔で手を挙げて、私達に割って入った。

「捕縛はまだ何とか飲み込める。だけど献上? 競り?」

「あれ、何か引っかかることがあるんですか、勇者様」

「ある。勿論、あるに決まっている」

 むすっと不機嫌顔で、何でわからないんだと小さく呟く。

 そんな勇者様の苛立ちが何か、私には察することができない。

 首を傾げていたら、勇者様は苛立ちの紛れた口調で。

「現在、人身売買は、国家間で禁じられているんだ。国によっては条件付で奴隷法が残っているところもあるが…それでも例え、それがどんな種族の者でも。魔族でも。罪科証明のできない者を、奴隷にする法はない。それなのに、人間が何をするつもりだって?」

 それ、何処の国だと。

 勇者様の口調が、険呑なものに。

 うわぁー………こんな、怒った顔初めて見た。

「あれー…幸運の獣だからお守り代わりに欲しがる人いるって言わなかったっけ。狩り祭りの概要とか説明したよね」

「確かに説明されたし、内心で信じがたいとは思っていたけど、納得はしたつもりだった。だけど実際に目の前にして、それが本当にあることだと片鱗を見せられたら、な…」

「ああ、紳士で倫理的な勇者様の、倫理観が怒りで悲鳴を上げたと」

「まあ、そんなところだ。というか、本当にあることなら正式に抗議文を送る必要がある」

「え、そんな権限………ああ、あったんでしたね」

「これでも俺の故国は人間の国々の盟主国。まだ王子の身分とはいえ、それでも俺には正式に抗議する権限がある」

「別にいいって。面倒臭いし、楽しみが減るし」

「何を言うんだ、まぁ殿!」

「だって俺んとこの軍人さん達は、これ楽しみにしてんだから。娯楽取り上げたら不満が溜まっちまうだろーが」

「くっ 戦闘狂民族だとは聞いていたが、なんて呑気なんだ」

「ねえねえ、勇者様」

「…なんだ、リアンカ」

「いや、なんで勇者様、そんなに怒ってるの?」

「はあ?」

「だって、魔族のことだよ。人間の敵対種族で、勇者様の敵だよ?」

「……………」

「敵対種族なのに奴隷にしない様に注意するの?」

「それはな…そこは、人倫にもとるという理由からじゃないんだ」

「え、どういうこと…?」

「そもそも他種族の者達を奴隷にしないと正式に決まったのも、今から3~400年程前にそれで大きな問題が起きたからだと聞く」

「ああ、つまり元々倫理的な問題からじゃなかったと」

 問題になったから禁じる様になった。

 それだけ聞いたら何があったのかは分からないけれど。

 優しい勇者様が難しい顔をするから。

 だから、多分。

 多分、だけど。

 きっと、奴隷にされた人を思って始まったのとは、別の理由。

 権力者側の、何か問題が起きたんでしょーね…。

 だってこれが奴隷側を思って始まった動きなら、勇者様はきっともう少し晴れやかな顔をしている筈だもの。

 多分間違ってはいないと。

 自分で内心の予想に頷けるくらいに、勇者様は憂う顔をしていた。

「それじゃ、魔族もソレ関連で?」

「いや、魔族はまたちょっと扱いの枠が違うんだが…」

「なんだか歯切れ悪いですね」

「それじゃあはっきり言うが、魔族は『厄介だから』奴隷にしない様にしようと、そう国際的に決まった訳で」

「うわあ…その言葉だけで、何というか魔族の扱いがよくわかるね」

「大体、魔族を奴隷にしようものなら、後々がとんでもなく厄介なことになるに決まっている。報復の大義名分掲げて魔族総出で攻め込んでくるだろう!?」

「まあ、するわな」

「それに奴隷にしたところで、あんな自由気ままで強力な力を持った化け物、人間個人に御せるはずがないだろう!!」

「お前、(たま)に色々本音こぼれるけど、その辺はよく分かってるよな」

「分からざるを得ないんだよ!!」

 ああ、勇者様が頭抱えちゃった…。


 これだけなら、私達にとってはいつものこと。

 この後、硬直しきりだった勇者様が回復するまでで、1セット。

 メンタル面弱い癖に打たれ強くって、回復力が高い。

 そう思っていたんだけど…。

 そんな勇者様の回復力を打ち破り、更に凍り付かせる話題が1つ。

 

 それは、いきなりずばっとエチカ族長さんが切り出した。


「ああ、そう言えば陛下」

「なんだ?」

「良かったですね、人気作ですよ。本の発売おめでとうございます」

「あぁ?」

 族長さんの言葉に対する、まぁちゃんの返事は。

 たったそれだけの言葉に、心底「意味不明」という気持ちが込められていた。

「エチカ? お前、一体何のことだ? 本?」

「いえ、だからアレですよ。ヨシュアン作の」


 びしっっっ…と。

 まぁちゃんと、何故かりっちゃんまで硬直した。


 私と勇者様の2人は首を傾げているんだけど…

 ヨシュアンさんの名前が出た時点で、どうせろくでもないことなんだろなー…

 何となく察して、関わりのあるらしいまぁちゃんが不憫になった。


 私達の微妙な空気にぴよっと。

 族長さんも首を傾げて、私達全員の顔を見合わせて…

 ぽむと、手を一打ち。

「もしかしておわかりになりませんか? アレですよ。『妖艶女王の愛蜜びより』」

「そこじゃねーよっ! わざわざ題名なんぞ言わんでいい!!」

 まぁちゃんのその嘆きは、その叫びは。

 喉から血でも吐きだすみたいな、そんな叫びだった。

「っていうか、この里も彼奴の販売ルートに組み込まれてんのかよっ」

「回覧板形式で定期的にカタログと新作案内や予告が回ってきますよ」

「しかも通販形式かよ!」

「一族にもコアな愛読者がいる様でして。私も、(たま)に読ませて貰っていますよ」

「お前…えらくオープンだな」

「時々爆笑もののネタが混ざっていますからね。面白いですよ。

特に陛下の本は近年稀に見るヒットでした。一族の者が大慌てで私に見せに来たんですが…ええ、呼吸困難を起こし、窒息死するかと思いました。笑いで」

「嫌な堪能の仕方してんじゃねーよ!」

「おや。それではまともに楽しんだ方が良かったんですか?」

「……………いや、それはちょっと。無理だわ。勘弁して」

「ほら、ご覧なさい」

 話が良く見えないんだけど、まぁちゃんは言い負かされてしまったようです。

 蒼白な顔で項垂れ、暗い顔で黙り込むまぁちゃん。

 これは一体何事かと、私の好奇心が高鳴って仕方ありません。

「ねえねえ、まぁちゃんどうしたの?」

「り、リアンカ…お前は知らなくて良いってか、どうか知らないままでいてくれ」

「ああ、最近、ヨシュアンの描いた陛下の出演作が出回っているんですよ」

「って、言ってる側から暴露してんじゃねぇぇえっ!」

「え、まぁちゃん…しゅ、出演、しちゃったの…?」

 ヨシュアンさんの、本に?

 うわー…………………………………………言葉が見つからない。

「ご、ご愁傷様…がいいのかな」

「リアンカ様、陛下のことはどうかそっとして差し上げましょう?」

「あ、リーヴィルも災難でしたね。読みましたよ、『新米女教s…

「それ以上先を続けるのなら、全身の骨を3㎜間隔で刻まれる覚悟して下さい」

 にぃぃーっこり。

 何を言おうとしたのかは分からないけれど。

 きっとそれは、りっちゃんの逆鱗に触れることだったんでしょう。

 エチカ族長の言葉を途中で食いつく様に遮ったりっちゃんの顔は。


 慈愛に満ちた殺人鬼の顔をしていた。


 でも、何となく分かるよ。

 エチカ族長、「読んだ」って言ったし。

 それにまぁちゃんが、今のりっちゃんとヨシュアンさんを一つ所に置いていたらヨシュアンさんの命が危ぶまれるって言っていたし。

 それにさっきも、まぁちゃんの本の話題が始まった時、硬直してたしね?

 これらを踏まえて連想するに………

 ………うわあ、ヨシュアンさんてば、洒落にならない修羅道に道を踏み入れたね?

 どうやら、りっちゃんもまたまぁちゃんと同じ被害者友の会会員の様でした。


 突然の話題でまぁちゃんとりっちゃんの心の傷をぶち抜いた族長さん。

 悪戯好きのカーバンクルの族長さんだから。

 多分きっと、これはその悪戯の一環。

 流石の確信犯だと、私は睨んでいます。

 そしてそんな確信犯の精神テロリストは、最後にチラリと勇者様を見た。

 さっきからの話題と一連の流れ。

 勇者様にとっては、意味不明の極みだっただろうに。

 状況の空気と流れから、何か不穏で不吉なものを察したのかな?

 族長さんの視線を受けて、勇者様の肩がびくっと小さく跳ねた。

 あ、警戒してる、警戒してるー。

 恐らく、その警戒は正しいですよ。ガンバ! 


「そういえば、知り合いばかりの中きちんとした挨拶は未だでしたね」

 そう言って、和やかに切り出すエチカ族長。

 でもこの前振りは不穏な感情を沈めてはくれない。

「改めまして、カーバンクルの族長エチカと申します。貴方は…先程から勇者と呼ばれておいでのようですが、もしや……?」

「あ、ああ。はじめまして。この場にいるのは不自然かも知れないが…」

 勇者様が、律儀に挨拶を返して、律儀に名を名乗ろうとしたんだけど…。

 残念ながら、勇者様が自分の名を告げる機会は来なかった。

 何故なら、エチカ族長さんが。

 勇者様の名乗りを聞こうともせず、こう続けたから。


「勇者様とは、もしやヨシュアンの回覧板で回ってきた次回作予告の方ですか?」


「………え?」

 勇者様、硬直。

 私達も皆、硬直。

 本当に、「…え?」だった。

 固まった私達を前に、エチカ族長の目がうっすらと細められて…

「おや、ご存知ありませんか? ヨシュアンの作品『洒落にならない女体化シリーズ』ですよ。

その次回作予告で、大きく期待作として取り上げられていたんですが」


 あ。

 ゆうしゃさまが、かんぺきに、永久凍土の如くかたまった。



「あ、あいつまだ懲りてなかったのかよ!!」

「…やはりただの折檻では足りなかったようですね。帰ったら腕をもぎましょう」

「いや、それは許可しないから。回復不可能な傷はつけんなよ!」

「チッ…」

「わー…りっちゃんが舌打ちとか、初めて見たー」


 白々しくも、そっぽを向いて。

 私達は不憫な勇者様に、どうしたらいいのか分からなくて。

 ただただ、同情の感情だけを寄せ続けた。


 どうやら勇者様は、精神的に石化の状態異常にかかってしまったようです。





ゆうしゃは いしになった。

次回まで、石像のままです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >勇者様とは、もしやヨシュアンの回覧板で回ってきた次回作予告の方ですか? ここまで順番に読んできた中で一番大爆笑しましたwww
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