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4.毛玉の里

 やがて空から私達が辿り着いたのは、全体が濃密な蜂蜜色に輝く森。

 夕焼け時になるとまるで濃い赤ワインみたいな色になる、緋赤森。

 この森に、カーバンクル達は棲んでいる。


「きゅいっ」

「きゅいきゅい!」


 まぁちゃんに先導されて森の奥、足を踏み入れたら熱烈な歓迎を受けた。

 勿論、まぁちゃんが。

 四方八方の至る所から飛び出してきた真っ白い毛玉。

 枕に丁度良さそうな大きさの生き物が、

 わらわらわらわらわらわらわらわらわら…

 ………とまぁちゃんに群がる。

 なんか、スズメバチに群がるミツバチみたいで気持ち悪い。

「だぁっ 暑苦しい! 息ができんだろーがっ」

 まぁちゃんが身震いすると、獣は方々へ逃げていった…

 ………が、

「ま、まぁちゃん…っ」

「リアンカ、堪えろ。辛いのはまぁ殿だ」

「……………笑いたきゃ、笑え」

「じゃ、遠慮無く」


 私は笑った。

 涙が出るくらい思い切り笑った。

 お腹を抱えて身を折り、笑った。


「…本当に遠慮無く笑うとは」

 勇者様がドン引くくらいに、笑った。

 愉快だった。

 だってまぁちゃんってば!

「さっきの子達は悪戯っこね。ま、まぁちゃんの全身が…っ」

「子達っつか、彼奴ら全員オトナだけどな」

 まぁちゃんの全身が、黒薔薇で覆われ彩られていた。

 魔王を相手に、この不敬。

 全身の薔薇をむしり取りながら、まぁちゃんは顔を引きつらせていた。

 カーバンクルの里って初めて来たんだけど。

 どうやら悪戯者の多い一族みたいです。


「…普段は人型をベースに生活していると言っていなかったか?」

「魔王の俺が連れているとはいえ、見知らぬ人間を2人も連れているからな。

警戒しているんだろう。彼奴等は獣姿の方が素早い」

「その割には、先程から頻繁に目の前に現れるんだが…」

「素早い獣姿を、悪戯に駆使しているんだね」

「否定はできねーな」


 襲いかかる(悪戯的な意味で)毛玉の群れ。

 悪戯っ子な毛玉をかき分け、やがてまぁちゃんの先導で辿り着いた場所。

 森の中の開けた広場に、先行していた魔族の軍本隊がいた。

 魔族の群の中、勇者様の身体が緊張し、強張るのが分かる。

 隣にいたので、勇者様の呼吸が変わるのを感じた。


 私にとっては、見慣れた魔族の軍人さん達。

 その中に、銀縁眼鏡のよく似合う黒髪の青年魔族の姿があった。

「りっちゃん!」

 わあ、驚いた。

 完全文官ですって澄まし顔で、滅多に武装なんてしないりっちゃんが。

 武器なんて握りませんよって言い張りそうなりっちゃんが。

 皮鎧に武器装備でこんなところに!

 いつも遠征の時とか狩り祭りの時は、参加せずに見て楽しむタイプなのに!

 魔王城にお留守番してせっちゃんやうちの村守る責任を担っていたはずなのに! 

 どうして、こんなところに?

「ん? あ、リーヴィルな」

 疑問の目でまぁちゃんに縋ったら、何でもないって顔でまぁちゃんに頭を撫でられた。

「今回は、リーヴィルにこそストレス発散してもらいたいからな」

「???」

「…いや、今回の狩り祭り、本隊をつれてリーヴィルに先行してもらったんだ」

「あれ。それっていつもはヨシュアンさんの役目じゃなかった?」

「ヨシュアン。ヨシュアンかあ…」

 あれ? ヨシュアンさん、確か出張から帰ってきていた筈だよね。

 ご近所さん達がヨシュアンさん帰ってきたって言ってたんだけど。

 なんでまぁちゃん、そんな明後日の方に遠い目を向けるの?

 ヨシュアンさんに、何かあったんでしょうか…?

「実はヨシュアンは、今ちょっと療養中でな。利き手がえらいことになって、武器が取れねーんだ」

「え。それ、やっぱり、4ヶ月の出張で…?」

 聞くところによると、ヨシュアンさんは大々的な捕り物に精を出していたと言います。

 もしかしたらその時、大怪我を?

「いや、そういう訳じゃねーよ。昨日まではピンピンしてたし」

「え? 昨日何かあったの。なんで1日でそんなことに?」

「あー…あんま、気にしてやんな。其処の勇者だって、1日で家が大破したろ。

1日あれば何が起こったっておかしくねーんだよ」

「なんだろう。なんだか誤魔化しを感じる…」

 その証拠に、さっきからまぁちゃんの目が泳ぎまくってる気がします。

 そう、まるで眼球がバタフライ状態。

 そしてそれは、きっと気のせいじゃない。

 こんなまぁちゃんも珍しいなと、じっと見てしまいます。

 私の横で初めて聞くヨシュアンさんの名前に首を捻っていた勇者様。

 彼も、何かしら感じるところがあったんでしょう。

 私の手を引いて、ヨシュアンさんのことを尋ねてきます。


 …が。


 …えーと、どうしよう。

 ヨシュアンさんのこと、何て説明するべきでしょうか。

 彼に関して、ショッキングじゃない説明の仕方が浮かびません。

 特に勇者様の様な高潔な方には…どうしようかな。

 勇者様、さり気なく紳士だからなー…。

 上司のまぁちゃんに目をやってみても、目を逸らされました。

 ちょっと、まぁちゃんのとこの部下でしょう…っ?

 何故か私に全権を託された様なので、なるべくイメージを損なわない様に…

 ………って、そんな必要ありますかね?

 なんというか。

 私がヨシュアンさんの為に其処までする理由が思いつきません。

 更に言えば、どうせ遭遇したら直ぐにイメージ崩壊するイキモノ相手に、敢えてイメージアップ戦略なんて必要ないですよね。

 最初に持ち上げたら、幻滅するだけじゃないですか。

 よし。

 ここはもう、きっぱり正直に教えてあげましょう。

「えーとですね。ヨシュアンさんですよね」

「ああ、初めて聞く名前だと思うんだが」

「ヨシュアンさんは最近まで出張中だったので、勇者様がご存じないのも無理はありません」

「そうなのか。だが、有能な者なんだろう?」

「有能?」

 真顔で聞き返してしまいました。

 有能、有能ですか…。

 確かに有能は有能かも知れないんですけど…。

 ヨシュアンさんの人物評で、あんまり聞かない言葉ですね。

「違うのか? 小規模とはいえ軍事遠征だろう、今回は。その本隊を率いるというから…」

「ああ、成る程。確かにそう言う意味ではそう言えないこともない様な感じですね。違和感あるけど」

「…なんだか、扱いが軽いな」

「ヨシュアンさんはですねー魔王城の軍部でも魔王(まぁちゃん)直下の優秀な武人さんなんですよー。肩書きは。ええ、肩書きだけは」

「何だ。実体は違うとでも言いたげだが、問題でもあるのか?」

「いえいえ、問題は多分、もしかしたら、その、ないんじゃないかな」

「随分と歯切れが悪いな」

「もう、ずばっと言っちゃいましょう。ヨシュアンさんは私達の近隣周辺で『エロ画伯』と名を馳せる(エロ)本画家なんですよ。カリスマです、カリスマ。潤い足りない男達の神です」

 あ。勇者様が固まった。


 石と化した勇者様は黙りこくり、何故か口を開こうとしません。 

 ただ歩いたらついてくるので、放置で良いでしょう。

 勇者様もお年頃だし、色々と複雑なんですよね。

 色々と考えることもあるんですよね?

 内心で何を考えているのかは存じませんが、多分デリケートな問題について考えているのでしょうし、ここは放置の一手で問題ないでしょう。

 というか直前の話題が話題だけに、あまり関わりたくない。

「それでまぁちゃん、なんでヨシュアンさんの代わりにりっちゃん?」

 他の軍人さんだって、魔王城には適任がいたでしょうに。

「あー………ヨシュアンの命の危険を感じたから、かな。何となく俺の目が離れる状況下で、ヨシュアンとリーヴィルの両方を置いていく事に危機感が」

「温厚なりっちゃんを捕まえて、なんで?」

「いや、とにかくどっちかに留守番なら、どっちかを連れて行かないとなって」

「……………つまり、ヨシュアンさんの怪我はりっちゃんか」

「もう良いから、この話題には…っつーか、ヨシュアンの名前にはあんま触れるな。リーヴィルが怖ぇから」

 そう言ってぐいぐいとまぁちゃんが指差す方向を見てみると…


 ………りっちゃんが、能面の様な笑顔で。


 何だかとても身の危険を感じたので、私はまぁちゃんに大人しく従ってお口を閉じるのでした。




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