47.おかえりと迎えてくれるひとたち
あの後、勇者様は盛大に救国の英雄として讃えられました。
まあ、やらせなので勇者様の顔が凄く引きつってましたけど。
あれは罪悪感で懊悩している顔です。
私も人質にされていたという設定上、大分いたわられました。
こちらは結構図太い根性しているので、私は平然と可愛がられていい目を見ました。
戦勝会でのごちそう、美味しかったです。
ですが善良な勇者様は大層胃の痛い思いをしたらしく。
早々に撤退を小声で叫んでおりまして。
私と、勇者様と、ちゃっかり勇者様の連れとして紛れ込んでいた、まぁちゃん。
共々、仕方がないので次の日には荷物を纏めて退散することにしました。
勿論、シェードラント側としては名残を惜しみ、全力で引き留め工作に走ってきましたが。
そこは勇者様がきりりとした顔で、
「俺には未だ、使命があるから…!」
そのお言葉で全てを押し切りました。
私達に付き合うあれこれで胃の痛そうな顔をしている勇者様。
ですけど、実は順応してきていますよね?
私達に付き合って、さりげなく図太くなってきていますよね?
勇者様のメンタル面の為にも、今後もその調子で染まったらいいと思います。
決して勇者様に合わせて労ろうとはしないあたり、我の強い私達。
勇者様、今後もガーンバッ!
勇者様の強い希望でもってようやく。
ええ、なんだか本当にようやくという気がしますが。
私達はハテノ村へと帰ることになりました。
日数で言えばそんなに村を離れていた訳ではありません。
むしろ、この間の観光(修業)旅行とあまり変わらない日数の筈です。
………はず、なのですが。
なんだか随分と長いこと離れていた気がするのは何故でしょうね?
とっても過密スケジュールだったせいでしょうね、きっと。
もしかしたら私のやることが多かったせいかもしれません。
なんだかんだではぐれたり人質にされたり、精神的にも肉体的にも疲れました。
私、普通のか弱い女の子なんですよー…?
観光旅行の時は、専ら全ての面倒を勇者様に押しつけたり強要したり。
そして私はそれを高みの見物という悠々自適な良いご身分で過ごさせていただきました。
あの時は良かったよ。
…まあ、あの時はあの時で、旅行の後半には心胆寒い思いを結構させられましたけどね。
主に、身内から
そのまぁちゃんが、現在ご機嫌で何かをやっています。
「まぁちゃん、それなぁに?」
「ん? ああ、盗聴魔導具」
「あれー? 今何か、すっごい不穏な空耳が」
「わざとらしく聞かなかったふりすんなよ」
苦笑を浮かべて、まぁちゃんが私の頭を撫でる。
おおぅ…絶妙の撫で具合。
気持ちよさに目を細めながら、私は興味深げにまぁちゃんの手の中を覗き込む。
小さな、手の平に収まる大きさの黄色い宝石がそこにあった。
「まぁちゃん、そんな愉快で面白げな物を何処に仕込んだって言うの?」
「ん、この国の御前会議の間って所に」
「それ、この国の中枢って言わないかなあ?」
御前会議って、王様の御前で会議するってことだよね?
それって、お城で1番重要な会議をする場所の事じゃないの?
「間違いなく中枢以外の何でもないだろう!」
あ、勇者様。
世話になった騎士団に挨拶とか言って席を外していた勇者様が、そこに。
何やら悩ましげな顔で立っていた。
「今日も苦悩顔が似合うな、勇者。美青年の貫禄か?」
「全然嬉しくない褒め言葉をありがとう。それと、まぁ殿に美形とか言われても複雑な気持ちになるだけだから言わなくて良い」
「んー? 俺にしちゃ正直な感想だぜ?」
そうですね。
普段は振り回しまくりなので改めて顔を見る機会も少ないですが。
勇者様が美青年であるのは、紛う事なき事実。
誰であれ一目瞭然、文句なしに美形だと太鼓判を押す顔です。
そして美形は、どんな顔をしていても様になる。
だから別に、まぁちゃんは嘘もお世辞も言っていませんよ?
「まぁ殿みたいな美貌に言われても…」
「まあまあ、勇者様だって負けてないじゃないですか」
むしろ、この2人と並んでいる時に存在が埋没して全体的に負けてしまうのは私なんですが。
女性として形無しの私なんですが…!
若干逆恨み気味の視線を送ってみたら、勇者様に視線を逸らされた。
「それでまぁ殿、聞き捨てならないんだが御前会議の間がどうしたって?」
「ああ、盗聴魔導具仕掛けてみた」
「……………まぁ殿、それは犯罪だ」
「堅いこと言うなよ。今時、どこの諜報員でも似たようなことやってんだろ? 特に人間の国の大国とか」
「誤解を招く発言はやめてくれ! まるで俺の国が筆頭のように聞こえるのはなんでだ!」
「おいおい、勇者お前。自分で否定できるのか? 自分の国は清廉潔白だ、なんて。何処であろうと暗部ってのは根が深く暗いものなんだぜ? お前自分の国の暗部を把握できてんのかよ」
「………………………」
面白げなまぁちゃんを目の前に、勇者様が敗北しました。
勇者様! 力量で既に負けてるのに口でも勝てなかったら、この先絶望的ですよ!
まぁちゃんはがっくりと膝を突いた勇者様を無視して、ニヤリと笑います。
そしてまた、先刻と同じ興味深げな顔で盗聴を続ける。
一体、何が聞こえるの?
「まぁちゃん、楽しそうだけど何か楽しいことがあったの?」
「ん? ああ、お前も一緒に聞いてみるか?」
おや、良いんでしょうか。
まぁちゃんが構わないというので、良いことにしましょう。
私は促されるまままぁちゃんの手に持つ黄色い宝石へと手を沿わせた。
瞬間、聞こえてくる遠い場所の声。
念倍の男性達が、喧々囂々と怒鳴り合う。
そんな、声が………声主の中に不思議な声が混じった。
苛立ちに支配されているのに、身を任せることのできない不快感でよじれた…
何処かで聞いた様な、嗄れた老年男性の声。
「この国の国王だ」
まぁちゃんが注釈を入れて、私は自分の記憶を漁ります。
それがほんの少し前までまぁちゃんに石にされていた老人だと思い出しました。
会議の中、その声は…
「…『お天道様に顔向けできないことができなくなる薬』って、本物だったんですね。驚きです」
「自分が実験がてら飲ませておいて、その言葉か」
だって本当に吃驚です。
あれ、あの効能を実現させるって、どんな成分…どんな作り方をしたって言うんでしょう。
エルフの里にいる薬屋さん達への疑念が高まりました。
むぅちゃん、この怪しさ満点のお薬の製法、会得してきてくれないかな。
中々に、こんな恐ろしい薬はない気がしました。
「世の為、人の為に役立つ薬ですけど…そこはかとなくやばい気がするのは何故でしょう?」
「人格に影響出てるからじゃないか? 本来の性質を阻害する方向で」
勇者様の疲れ切ったお言葉に、さもありなんと私は頷き、納得しました。
でもこのくらい、迷惑料って事で良いですよね?
シェードラントで起きた一連の事件。
元凶は魔族か、人間か…
その当たりを考えると都合の悪いことになりそうですが。
そもそもお姫様が血生臭い暴走をしなければ、ここまでの面倒にはなりませんでした。
そのことを思えば、今後のためにもこれで良い。
そう言って勇者様を丸め込み、私はこの国を現状維持で放置することにしました。
…私自身、実は結構怒っているみたいです。
これは私の身勝手な怒り、じゃ、ないですよね…?
あれ、身勝手かな?
考えていたら、わからなくなってきました。
でも多分。
これが身勝手な怒りだったとしても。
私は許せないと思う限り、後悔はしないだろうなとぼんやり思った。
小さな都市国家、シェードラント。
人品賤しき王として、当代の王は知られていた。
それがこの、魔族との激突による一連の事件。
急遽駆けつけた、勇者による英雄譚。
それら全てが終わりと遂げた時、王の人格は一変していた。
これは何の奇跡か、神の恵みか。
それまで我欲の振る舞いが目立った王であった。
しかし勇者の立ち働きに感化されたのだろうか。
そうであったとしたら、なんと素晴らしきことだろう。
勇者は人々の安寧だけでなく、国家の品位まで救ったのか。
勇者は、自分は王や城の呪いを解いただけだと言った。
人々は呪いと一緒に、王の生まれ持った邪気も払われたのだろうと考えた。
いずれにせよ、全ての変化は勇者のお陰に違いないと。
他に理由付けできるような物もなく、人々はそれが正解に違いないと口々に唱える。
そして、勇者の行いを褒め称えた。
それまでの振る舞いを悔い改めるように、王は良識ある行いを見せるようになった。
我が儘贅沢三昧だった王女達までも、王に倣って品位ある態度を取るようになる。
それはシェードラントの奇跡として、勇者の偉業の1つと数えられる。
実際には、全員怪しい薬の餌食になっただけだったが。
行いを改めた王は、いつしか臣下からの忠義にも恵まれる。
やがて王は、かつてが嘘のように臣民に慕われる王になったという。
それは、勇者がシェードラントを後にして、そう遠くない先のことだった。
帰りは悠々自適。
まぁちゃんが召喚した鳥の背に乗り、揺られているだけ。
なんだか今回は空を飛ぶ機会が多かったなーと。
そんな風に数日間のバタバタを振り返りながら。
私達は、帰ってきた。
我らが人類最前線、ハテノ村。
私という人間を育んだ、魔境唯一の人間の村に。
先に帰還を果たしていた、まぁちゃんの部下達。
その中でも負傷の比較的少なく元気な人達が、お出迎えしてくれる。
ラーラお姉ちゃんも、犬耳の将校さんも。
牡鹿の魔族さんも、ハルバートの人も、例の暴走包丁人も。
………あれだけ暴走して、ほぼ無傷で済んだらしい。
ラーラお姉ちゃんも大暴れした割に無傷で、相対した相手の手加減具合が絶妙だったと分かる。
それでも慣れない武器の取り回しに無理が出たのか、手首に打ち身を示す湿布が貼られていた。
みんな、暴れた癖に溢れんばかりの明るい笑顔で、元気で。
遅れて帰ってきた私達を取り囲み、声を揃えていってくれた。
「「「おかえりなさい!」」」
ただいま、みんな。
こうしておかえりと声をかけてくれる人達がいて。
声をかけられる我の中に私やまぁちゃんだけじゃなく、勇者様もいて。
みんな、殴り合ったり何たりしたのに、わだかまりもなくって。
ああ、良いなあって、思った。
この空気、大好き。
のんびりしていてほのぼので、絶対にそれじゃ済まないあれやそれやがあるのに。
そんな物、全部宙に浮かせてしまって。
今はそんな物、関係ないってばかりの笑顔で。
区別も差別も何もなく、誰彼関係なく、声をかけて肩を叩く。
疲れをねぎらい、慰労を口にして。
それぞれの働きを讃えて。
勇者様がものすっごい微妙な顔をしていて。
まぁちゃんがそんな勇者様の肩を小突いて。
私はなんだか物凄く楽しくなってきて。
声を立てて笑ってしまった。
ああ、帰ってきたんだなって。
そんな感慨に全身を包まれながら。
………視線を感じた。
横を向くと、そこにいたのは…
「あれ、めぇちゃん?」
「おかえりなさい、リアンカ」
淑やかに微笑む、私の同僚がいるわけですが。
あれ、その手、なに?
「…めぇちゃん?」
「あらあら…リアンカ、薬草は?」
薬草?
……………
………………………
「………………………………………あ」
そもそも今回、どうして狩り祭に同行したのか。
私が出張の目的を思い出したのは、この時この瞬間でした。
バタバタしてたからってのは、言い訳になりませんよね…?
私はせめてとエルフの迷宮で採取した薬草諸々を献上。
困ったように眉を寄せるめぇちゃんに、精一杯ご寛恕願う羽目になりました。
――最後の最後で、散々な旅行でしたよっ!
それどころじゃなくなった私の代わりに、りっちゃんが薬草を集めていてくれたこと。
私がそれを知る、2日前のことでした。
ここは人類最前線の4はこれにて終いとなります。
長々、だらだらとお付き合いありがとうございました。
追々、後日談も書き上げようと思っています。
番外編として、別枠でページを作るかどうか、まだ決めていませんが。
また、年を越してからのこととなるでしょうが、続編の準備を考えています。
一応ネタはあるので、近いうちに「5」が始まるかも知れません。
もしも、このお話をお気に召して頂けたなら、その時はよろしくお願いします。




